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第76話 オーモンド公爵

 俺たちは、翌日の昼には交易都市アゴラが見えるところまで来ていた。夜通し馬車で走ってくれたおかげで、楽をしながら早く着くことができた。


 多分に漏れず、この街も防護壁に囲まれている。その防護壁はアガルテに負けず劣らず立派な物だ。

 防御壁には長蛇の列ができている。きっと、今から入市する人たちの列なのだろう。


「めちゃくちゃ沢山並んでるな。こりゃ街の中に入るのに相当時間がかかりそうだぞ。」

 誰に言うとはなしに俺が呟くと、サラが教えてくれる。


「王族の馬車を使っているんだ。あの列に並ぶことはないぞ。」


 そういうものなのか? 中に誰が乗っているのかも解っているのかな……。


 そう時間がかかる間もなく、俺たちの馬車は街の入り口に近づく。サラが言うとおり、馬車は列に並ぶことはなく、列ができている門とは別の方へ向かって行く。

 行き先を見ると、少し小さめだが豪華な装飾を設えられた門が見えた。

 馬車は、その門でも停まることなく、両脇に敬礼して居並んでいる衛兵たちに見守られながら通過していく。


「入市の検査とかはしないのか?」


「あらかじめ伝令が行っているはずだ。王族の馬車を止めるなど無粋なことはしないのさ。」

 

「なるほどなぁ。」


 王族仕様の馬車を使っている時点で、身分が保証されてるってことなんだろうか。それでも敵が王族を擬装して侵入することはないのだろうか。異世界では、そもそもそんな発想はないのかな。


 馬車はそのまま街の中に入る。

 馬車の窓から見えるだけだが、交易都市と言うだけあって、かなり栄えている街のように見える。


「ヒデオ様、見てください。すっごい綺麗な街並みですよ。それに人も沢山! ねぇヒデオ様。後で街にも出てみましょうよ。」

 嬉々として馬車の窓から外を眺めていたシルビアが言う。相変わらずお気楽さんだな。


「王国で2番目に大きな街だからな。ここは王国の経済の中心と言っても良い街だぞ。」

 シルビアやサラがそう言うように、街並みは整然としており、ひとつひとつの建物も大きい。そして、道行く人たちの表情も生き生きとしているように見える。


「それにしても広い道だな。」

 大勢の人や馬車が行き来する道を眺めながら俺が口にする。


「ここは、中心部まで通っている中央通りだな。このまま中心部まで行くのだろう。」


「中心部というと?」


「どの街もそうだが、中心部は貴族や豪商人が住む地域になっているからな。何処かの貴族の屋敷にでも行くのではないか?」


「貴族の屋敷か。なんだか面倒そうだな。その辺の宿に入ってくれれば良いのに。」


「流石にそう言う訳にもいかないのだろう。」


「こうして運んで貰っている身で文句を言うのはあれだが、こういう所は自分たちだけの方が気が楽だよな。」


「まぁ、そう言うな。」


 暫くそんな会話をしていると、馬車が減速していく。暫くゆっくり動いていたかと思うと、とある建物の前で停まった。シルビアと一緒に窓から覗くと、随分大きな屋敷が見える。入り口の門の前では、護衛兵の1人が門番と何らや話をしているようだ。

 護衛兵が手を挙げると、それを合図に馬車は再び動き出し、その立派な屋敷に入っていった。


「オーモンド公爵の屋敷だな。」

 サラが呟く。


 オーモンド公爵……ってことは、領主様のお屋敷か。挨拶とかしないといけないんだろうな。


「なんだか面倒くさいことになる気がしないでもないな。」


「大丈夫だろう。」

 サラは何ともない表情をして言う。


 サラの言葉を信じたいところだが、サラって結構こういう所に頓着がないというか、ハッキリ言って鈍いからな。少し心配だ。


 暫くすると、馬車が止まり扉が開けられる。


「オーモンド公爵様のお屋敷でございます。公爵様が皆様に一度お目通りしたいとご所望とのことでしたので、こちらにお連れいたしました。どうぞ、お降りください。」

 扉を開けた護衛兵がそう告げる。


 俺とシルビアは顔を見合わせる。シルビアは何やら緊張した面持ちだ。俺はと言うと、緊張はしないが何か面倒くさい事が起こりそうで気が重い。

 躊躇する俺とシルビアに構うことなく、サラが馬車から降りる。俺とシルビアもしぶしぶながらサラに続いて馬車から降りた。


 屋敷の入り口を見ると、そこへの続く通路の両脇にはメイドや使用人らしき風体の人たちが、10人ほど並んで待っていた。その一番手前にいた老紳士が歩いて近づいてくる。


「ようこそオーモンド公爵の屋敷へ。勇者様お待ち申しておりました。私は執事のロナルドと申します。」

 そう言いながら、老紳士が恭しく礼をする。


「出迎え大儀である。私は碧薔薇の騎士団(ブルウ・ローゼ)のサラ・クルースだ。こちらはタダノ ヒデオ殿とシルビア・ソリス殿だ。」


「承知しております。さ、こちらへどうぞ。長旅でお疲れのことでしょう。部屋をご用意しております。まずはゆっくりとお体をお休めくださいませ。」

 そう言って、執事を名乗るロナルドが俺たちを中へと案内してくれた。

 

 屋敷の一室に通された俺たちは、ソファーに座りながらくつろいでいた。

 豪華な調度品が備わった立派な部屋だ。この屋敷の貴賓室なのだろう。このことを考えても、我々の待遇は良いと思って大丈夫だろうな。


「ヒデオ様! この焼き菓子すっごく美味しいですよ。」


 シルビアは、出された焼き菓子を美味しそうに食べている。確かにこの焼き菓子は上品な甘さで、さくさくしていてなかなか美味しかった。それよりも俺が驚いたのは紅茶だ。この味は俺が知っている紅茶の味そのものだった。今まで飲んだお茶とかエールとか、地球(むこう)と似たような物は沢山あったがどれも少し物足りないというか、大味な感じがしていて正直地球(むこう)の物の方が断然美味いと思っていた。


 しかし、この紅茶は違う。地球(むこう)の紅茶と遜色ない味と香りがするのだ。正に俺が()()()()()紅茶の味だった。


「いや。俺はこの紅茶の方が驚きなんだが。味といい、香りといい凄いぞこれは。」


「流石ですな。その紅茶の良さが解るとは、なかなかお目が高い。」


 不意に聞こえた声に驚き、後ろを振り返ると、そこには立派な服を着た恰幅の良い男が立っていた。

 俺は慌てて、右手を剣の柄にかけながら立ち上がる。


「あぁ、これは驚かせてしまったようで申し訳ない。私はこの屋敷の主オーモンドだ。よろしく頼むよ。」

 そう言いながら、右手を俺に差し出してきた。


 いきなりのことで動けずにいた俺を見て、オーモンド公爵は不思議そうな顔をしながら小首をかしげる。


「おや? これは、ヒデオ殿の国の挨拶だと聞いていたのだが、間違っておったのかな? 確かアクシュとか言っておったような気がするが。」


「あ、あぁ……失礼いたしましたオーモンド公爵閣下。私タダノ(但野) ヒデオ(英雄)と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

 俺はそう言いながら、慌てて剣から手を離し、差し出された公爵の右手を握り握手を交わす。


「おぉ! やはり合っておったか。よかったよかった。ハハハハハハ!」

 ご機嫌な様子で大きな声を出して笑いながら、公爵は握手した手を大きく上下に振る。とても喜んでいる様子だった。

 それにしてもいつの間に入ってきたんだ? 全く気付かなかったぞ。俺の気配察知も全く反応しなかった。見た感じ戦闘向きの体型には見えないけど、ちょっとこの公爵には注意しておいた方が良いかも知れないな。そう考えながら、俺は公爵と握手していた手を離す。


「うむ。突然の呼び立てにも拘わらず応じていただき感謝する。で? そちらのお嬢さんがソリスの姫君かな?」

 公爵はシルビアの方を嬉しそうな笑顔で見る。


「あ、はい! 申し告れました。私はソリスの里族長が娘、シルビア・ソリスと申します。」

 緊張した面持ちで席を立ったシルビアが自己紹介をする。箱入り娘ならぬ里入り娘だった割にはしっかりとした挨拶ができているぞシルビア。


「そうかそうか。良い良い。ささ、お二人とも座りなさい。」

 公爵にそう促されて、俺たちはソファーに座る。


「オーモンド公爵閣下。今回は如何様な御用向きで私たちをお呼びになられたのですか? 私たちは王城へと急ぎ向かわなければならないのですが。」

 サラが、オーモンド公爵に対して詰問するような口調で言う。とは言っても、物腰は柔らかいので不快な感じは受けない。サラ、こういった話し方もできるんだな。流石は王都の聖騎士団団長さんって事なんだろうか。


「いやいや、先を急いでいるのは知っていたのだがな。一目召喚勇者殿にお目にかかりたくて、無理を承知で陛下に言って、ここに寄ってもらうようにお願いしたのだよ。」


「そうですか。陛下もご存じのことでしたか……。解りました。失礼な物言いを致しました。ご容赦願います。」


「なに、構わぬ。こうして召喚勇者殿にも逢えたことであるしな。儂こそ礼を失するようなことをして申し訳なかったな。」


「勿体ないお言葉です。お招きいただきありがとうございます。しかし、どうして公爵閣下は私に逢いたかったのですか?」


「オーモンドで良いぞ。召喚勇者殿。」


 そう突然言われても困るなぁ。そう思いながらサラの方を見るとサラが小さく頷いた。ここは、流れに乗っておいた方が得策かな。


「では、オーモンド様。そうですね……私もヒデオと呼んで頂いて結構です。」


「うむ。では、ヒデオ殿と呼ばせて貰おうか。儂はな、地球、特に日本に興味があるのだよ。然るに日本から来た召喚勇者が顕れたと聞けば、逢いたいと願うのは至極当然のことであるだろう?」


 なるほど、先程の紅茶といい、握手といいそう言う事か。しかし、それらの情報源はどこなんだろう。しかも、地球の紅茶なんて、どうやったら手に入れることができるんだ?


 話している限りでは明確な敵意は感じられない。が、やはり十分注意していて損はなさそうだな。

 そんなことを考えながら、俺は話を続ける。


「では、この紅茶や先程の握手もそれが理由と言うことですか?」


「そうだな。私の部下に日本からの転生者がおってな。奴から聞いた情報だ。とはいえ、1人から聞いただけの情報だからの。握手の方法が間違っているのかと冷や冷やしたぞ。」


「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。異世界(こちら)で握手を求められるとは思っていなかったもので……」


「それにしても、ソリスの姫君にもお目にかかれるとはまさに僥倖であるな。」


「そんな……姫君なんて……私そんな立派な者ではないです。」


「そんなことはないぞ。其方はれっきとした姫君だ。」

 サラがシルビアを見ながら真顔で言う。


「そうだぞ。姫君♡」

 俺がイタズラっぽくそう言うと、シルビアは顔を真っ赤にして頬を膨らませていた。


「ハハハハハ! 其方たちは仲が良いのだな。いやぁ、良きこと良きこと。」


「で、オーモンド様。うっ……私たちは、これから、どのようなことを?」

 シルビアに肘討ちを喰らいながらも俺が尋ねる。喋っている途中で肘討ちは無しだよシルビアちゃん……。


「いや。其方たちも先を急いでいることだし、このまま王城へ向かわれるがよい。」


「え? それでよいのですか?」


「こうして話ができただけでも喜ばしいことだ。また機会があったら逢ってくれるかの?」


「はい。喜んで。」


「うむ。疲れているところ悪かった。儂は、これで失礼する。後は、ロナルドに任せてあるので何でも希望を言いたまえ。」

 そう言って、オーモンド公爵は席を立ち俺と再び握手を交わすと部屋を出て行った。

 すると、公爵と入れ替わりに先ほどの執事ロナルドが部屋に入ってきた。


「皆様がお休みになる部屋をご用意いたしましたので、どうぞこちらへ。」

 ロナルドは、そう言って俺たちを部屋へと案内してくれた。


 こうして、俺たちはオーモンド公爵の館でつかの間の休息を得ることとなった。気になることが沢山あるけど、一先ず休むことが先決だ。たぶん……。

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