第75話 夜行
12/15 数カ所訂正しました。校正不足でした。
暫く走っていくと、池が見えてきた。よく見ると、その池の傍にある大きな木の横には立派なテントが張られている。結構大きなテントだ。多分あそこが野営地なんだろうな。
それにしても、あらかじめ野営地が準備されているなんて凄いな。
テントの傍まで来ると馬車が止まった。俺たちは馬車を降りてテントまで歩いて行く。
「おっきいですね!」
シルビアが感嘆の声を上げる。
「いや、マジでかいな。」
遠くから見たときは少し大きめのテントだと思っていたが、近くまで来ると少しどころの話ではなかった。
「ちょっとした家くらいはあるんじゃないか?」
テントを見上げながら俺がそう言っていると、後ろからサラが近づいてきた。
「これは、王族用のテントだな。中も豪華な造りになっているぞ。」
サラにそう言われて、俺とシルビアは我先にとテントの中に入っていく。
テントの中も、それは豪華な造りになっていた。まず入ると少し小さめの空間があり、そこを抜けると大きな空間がある。ここに家臣たちが集まるのかな。先にはリビングダイニング、そして3つの個室があった。それぞれの部屋には寝心地の良さそうなベッドが設えられている。ちょっとしたホテルだな。とはいえ、風呂がないのは少し残念だ。
「ここにみんなで過ごすのか?」
「ここは3部屋分だから我々3人用だな。他の者は、向こう側のテントで過ごすことになると思うぞ。」
そう言いながら、サラが外の方を指さすので出て確認してみると、大きなテントの影に隠れて見えなかったが小さめのテントが3つ程立てられていた。
決して粗末な物ではないのだが、この豪華なテントを見た後だとちょっと寂しい感じがした。
「王族用のテントを用意してくれるなんて、かなり待遇が良いんじゃないのか?」
「そうかもな。さぁ、食事の準備はしてくれるようだから我々は部屋で少し休むことにしよう。」
そう言って、サラは再び俺をテントの中に連れて入った。
それから俺たちは、リビングダイニングの大きなテーブルにつき、出された果実水で喉を潤した。この果実水が実に美味かった。あまりにも美味いのでレシピを聞いたところ、特に変わったところはなかった。強いて言えば、鮮度の良い果実と名水と言われている泉の水を使っているとのことだった。蜂蜜の香りがしたのでそれも入っているのだろう。
単純な料理だけに、素材の良し悪しが顕著に出るのだろう。
この日の夜は、王城から連れてきたという料理人が作った食事を摂った。
王城から来た料理人が作るそれは、今までこちらに来てから食べたことがないような上品な味だった。流石は宮廷料理人といったところか。野営でこの食事が摂れるとは、何と贅沢なことだろうか。
改めて見てみると、ここまで同行してきた4名の兵士以外にもあと4人いる。彼らは、様々な雑用や俺たちの身の回りの細々とした世話をしてくれている。ここの準備も彼らが事前にしてくれていたようだ。ほんと至れり尽くせりだな。
「こんな感じで甘えていても良いのかな?」
なんだか申し訳ない気持ちも相まってサラに聞いてみた。
「気にすることはないぞ。向こうが勝手に連れて行きたいだけだからな。ヒデオは堂々としてれば良い。」
「そうか? アガルテとは随分と扱いが違うからなかなか慣れないよ。」
「勇者だからな。そう言った扱いにも慣れておいた方が良いぞ。」
「そんなもんかね。そういや、あのトモエとか言う女騎士はよく知っている人物なのか?」
「あぁ、彼女たちは私の部下だ。」
「部下……。お前そう言う立場だったんだな。」
「変か?」
「いや。変というかちょっと意外だったんでな。」
「そんなことはないだろう。こう見えても人望が厚いんだぞ。」
「それ、自分で言っちゃダメだろ。」
サラはどや顔でそう言うが、俺からするととても人望が厚いようには思えない。
「明日には次の街に着きますかね。」
相変わらず話の流れを無視したシルビアが発言する。
「そうだな。急げば何とか明日中に着けるかどうかと言ったところだな。」
「次の街はどんなところだ?」
「次はアゴラという交易都市だ。オーモンド公爵の領地だな。」
「交易都市? なんだか栄えてそうな感じだな。」
「そうだな。この国では王都に次いで大きな街だ。」
「そう言えば、クルセの街は誰の領地なんだ?」
「ん? クルセの街は、今は王領だから統治している貴族はいないぞ。」
「そうなのか?」
「あぁ、以前はライリー公爵の領地だったのだが色々あってな。王に返還されたのだ。」
「そう言う事もあるんだな。」
「まぁ、行政官は変わっていないようだし、住んでいる住民にとってはそれほど大きな変化ではないようだがな。ライリー公爵も良い人柄だったと聞くしな。」
「失礼いたします。サラ様よろしいでしょうか?」
俺たちが話しをしていると、外から声をかけられた。
「トモエか?」
「はい。」
「いいぞ。入ってこい。」
サラにそう言われて、トモエとブルーノがテントの中に入ってくる。
「サラ様〜。」
ブルーノがサラににじり寄っていくが、サラは我関せずで、軽くいなすと無視を決め込む。
この男はいつもこんな調子なのかな……。緊張感がないというか、調子が狂うな。
「そう言えば、お互いちゃんと紹介してなかったな。彼らは我が碧の薔薇騎士団所属のトモエとブルーノだ。」
「碧の薔薇騎士団のトモエ・スタンホープです。以後お見知りおきをヒデオ殿、シルビア殿。」
そう言いながら、トモエは騎士の礼をとる。俺とシルビアも慌ててあらたまった礼をする。
しかし、俺は先程のサラの言葉が引っかかる。
「我が?」
「そうだ。我が碧の薔薇騎士団の所属だ。」
「てことは?」
「サラ様は、我々碧の薔薇騎士団の団長でいらっしゃいます。」
トモエが答える。
「マジか! 部下とは聞いていたが、団長かよ。大丈夫なのか?」
「ヒデオ殿、それはあまりにも礼を失するのではありませんか?」
トモエが俺を睨みながら言う。右手は剣の柄を持っている。
いやいやいや、物騒だよあなた……。
「いや。これは申し訳なかった。誤るよ。悪かったなサラ。」
俺は平身低頭して詫びを入れた。
「いや。私は気にしてないぞ。」
「サラ様は、頓着なさ過ぎるのです。」
ご機嫌斜めの様子でトモエがサラに食って掛かっていた。
「まぁまぁまぁ、次は俺っすね。」
そう言って話に割って入ってきたのはブルーノなのだが、いかんせんノリが軽すぎる。そんなブルーノをトモエは睨み付けているのだが、ブルーノは我関せずで自己紹介を始める。
「俺はブルーノ。ブルーノ・クロムウェルっす。同じく碧の薔薇騎士団に所属してるっす。」
ほんとに軽いな。なんだかこいつの乗りについて行くのはちょっと至難の業だな。俺はそう考えていたが、サラはそのまま会話を続けた。
「で、どうした? こんな時間に。何かあったか?」
「いえ。そう言う訳ではないのですが。今から出立いたしますのでご準備をしていただきたく参りました。」
トモエが応える。
「え? 今から?」
唐突の事に思わず俺も声が出る。
「今日はここで野営の予定ではなかったのか?」
サラがトモエに厳しい口調で聞き返す。
「はい。我々もそのつもりでしたが、思いの外陛下がお急ぎのようで、連絡が入り直ぐにここを出ることになりました。」
「陛下か……。相変わらずなのだな。」
ため息交じりにサラが呟く。どうやら、国王が我が儘を言ってるみたいだが言うとおりにする方が良さそうだな。
「にしても、大丈夫なのか?」
「ここで人員交代をしますので、私たちは大丈夫です。サラ様たちは馬車の中でおやすみいただくことになりますが……。」
「サラ様〜。私はおそばにいたいです〜。」
ブルーノが猫なで声で何か言っているが、サラは気に留めようともしない。あまり気にしない方が良さそうだ。
「私たちは大丈夫だ。だな?」
そう言いながらサラが俺の方を見る。馬車の中で寝ながらに移動できると思えば、それはそれで効率的ではあるな。夜行列車ならぬ夜行馬車というところか。シルビアを見ると彼女も頷いている。大丈夫そうだな。
「俺たちも良いよ。」
「ありがとうございます。では、準備が整い次第出発いたしますのでよろしくお願いいたします。」
そう言って、トモエたちはテントから出て行こうとする。
「ここはどうするんだ?」
「後は私たちの仕事ですので、お気になさらなくとも大丈夫です。」
流石と言うべきか、なるほどと言うべきか……。権力と資金があるって言うことはこういうことなんだな。確かに馬車の速さでも、夜通し走れば随分と効率が良いいもんな。
テントから出た俺は空を見上げる。そこには煌めく満天の星と輝く2つの月があった。こうして夜にゆっくりと空を見上げるのも、なんだか久しぶりな気がするな。なんだかんだと良いながら、ここまでバタバタと毎日忙しなく過ごしてきてたもんな。
そんなことを考えながら、俺は夜空を見上げ大きく深呼吸する。夜の冷たい空気が心地よい。
「よし。それじゃあ行ってみようか。」
両の手で頬をたたき、自分に気合いを入れ振り返ってみると、シルビアとサラも笑顔で頷いていた。
こうして俺たちは、夜通し馬車を走らせながら次の街、交易都市アゴラを目指すこととなった。
と言っても俺たちは馬車で寝てるだけなんだけどね。




