第73話 微睡みの中で
気がつくと俺は見知らぬ場所にいた。そこは白い靄がかかったような、それでいてほんのりと明るい。なんとも不思議な感じの場所だった。
周りは白い靄でほとんど視界が効かない。ステイタス・ウインドウを開いて地図を確認しようと試みてみたが、ステイタス・ウインドウが開かない。なんだか怪しいな。
「これは動かない方が得策かな。」
そうは思ったのだが、結局、不安と好奇心からじっとして居られず、一歩一歩と足を進める。山だと遭難真っしぐらだな。
しばらく歩くと、白い靄の中に人影のようなものが見える。
敵か? とも 思ったが、危険察知は警鐘を鳴らしていない。いずれにしても隠れる手段も場所もない。注意しながら進んでみることにする。
俺は万が一に備えて剣を取ろうと腰に手をやる。が、青龍の剣はそこにはなかった。
あれ? しまったっけ? そう思って念のため『収納倉庫』から取り出そうとしたが、『収納倉庫』が開かない。何かに阻害されているのかな。青龍の剣といい何か良からぬ状況に陥っているのかも知れないな。
俺は、周りを警戒しながらも少しずつ歩みを進めてみた。
暫く進むと次第にその人影ははっきりとし始めた。
よく見るとそれは少女の後ろ姿のようだ。紫色をしたロングヘアーの少女である。
声をかけようかどうしようか考えていると、少女がこちらを振り向いた。しかし、その顔が何故だかよく見えない。認識障害か? なぜだか可愛いということは解る。
「あなたはどうして戦うの?」
少女は、唐突に俺に質問してきた。顔は見えないが、表情は穏やかな気がする。
「え? 何?」
「あなたは何のために戦うの?」
「何のために? 何のためにって深く考えたことないな。頼まれたから。かな?」
「頼まれたら戦うの?」
「そう言う訳じゃないけど……敢えて言うなら、人のためじゃないかな?」
「人のため? どうして人のために戦うの?」
「それは俺が人だからじゃないか?」
「人ってなぁに?」
「人は人だろ? 人間だよ。」
「戦っている相手は人じゃないの?」
「何言ってるんだよ。魔物だろ?」
「魔族は?」
「魔族は魔族だろ? よく分からないよ。」
「よく分からないのに戦うの?」
「だって奴らは攻撃してくるぞ。」
「どうして攻撃してくるの?」
「そんなこと知らないよ。奴らに聞いてくれよ。」
「解らないのに戦っているの? どうして?」
「なぁ。一体なんなんだ? 何が言いたいんだ?」
「私はあなたが戦っている理由を知りたいだけ。」
「そんなの俺にだってわからないよ。」
「よくわからないのね。」
「何なんだよ。」
「どうして戦っているのか、一度よく考えてごらんなさい?」
《ヒデオ!》
どこからか、俺を呼ぶ声が聞こえる。
「なぁ。あんたは一体誰なんだ? ここはどこなんだ?」
「……」
少女は俺の問いには答えずに、ただ黙っている
《ヒデオ!》
また俺を呼ぶ声が聞こえる。当たりを見渡して声の主を捜すが、周りには誰もいない。
ふと見ると、少女は霞の中に歩いて行く。
「あ。 ちょっと待てよ。」
呼び止めるが、少女はそのまま霞の中に消えていった。
《また逢いましょう……。》
どこからか、少女の声だけが聞こえてきた。
一体何なんだろう。そもそも本当にここはどこだ?
そう考えているとまた声が聞こえる。
《ヒデオ様!》
どうやら聞こえる声は、サラとシルビアっぽいな。一体どこにいるんだろう?
そう思ってもう一度周りを見渡そうとした途端、目の前が真っ暗になった。……また気絶したのかな。
☆
「ヒデオ!」
「ヒデオ様!」
目を開けると、サラとシルビアが俺の顔を覗き込むようにしてそこにいた。
「あぁ、サラ。シルビア。ここは?」
「ここは、宿の部屋だ。やっと気がついたみたいだな。」
目の前にいたサラが安堵の表情で言う。なんだか心配かけてしまっていたみたいだな。
「よかったです。ヒデオ様。」
「俺はずっとここにいたのか?」
俺は横になったまま、シルビアの方を見て尋ねた。
「倒れたヒデオ様を、サラ様が運んできてくださったんです。それからはずっとここで寝ていました。」
「そうなのか。で? どれくらい俺は寝ていたんだ?」
「もう昼だから、大体半日って所かな。」
サラが答える。
「そうか……。」
てことは、あれは夢なのかな? それにしても現実感が半端なかったけどな。しばらくはみんなに話すのはちょっとやめておこう。変に心配かけるのも良くないだろうしな。
「ヒデオ様? 随分とうなされてましたけど、大丈夫ですか?」
「あぁ、変な夢を見てた。」
「夢? ですか?」
キョトンとしたような顔でシルビアが聞く。
「そうだ! ゴブリンは?」
俺は、そう叫ぶと躰を起こそうとする。
「いてててて……、なんだ? 体中が痛い……それに、なんだかクラクラするぞ?」
「まだ、無理をしないでください。ヒデオ様。」
オロオロしながらシルビアが言う。
「ゴブリンは全て倒したぞ。ヒデオも大活躍だったな。」
サラは、なんともないように笑顔でそう言った。
「そうか。それは良かった。ゴブリンロードは倒してくれたのか?」
「あぁ。倒した。ヒデオがゴブリンシャーマンを倒してくれたおかげで楽に叩けたぞ。」
「そうか。それは良かった……で? 俺は一体どうしたんだ?」
「魔力切れだな。」
サラが呆れたような表情をしながら言う。
「魔力切れ?」
「あぁそうだ。魔力切れだ。まぁ、あんな広範囲にあれ程大きな魔法を打ち込めば無理もないがな。シルビアに聞けばMP40だそうじゃないか。無謀にも程があるぞ。魔力切れが起きるのも当然だ。むしろMP40であれだけの魔法が撃てたことの方が不思議だ。」
「そうか。魔力切れか。魔力が切れると意識が飛ぶんだな。でも、あれはただのファイアーボールとただのファイアーアローだぞ?」
「なんだ技に自分の名前を付けたのか? ヒデオもなかなかやるな。」
「は? 何のことだ?」
「だって、タダノファイヤーボールとタダノファイヤーアローなんだろ? あの魔法。」
「いや。そうじゃなくてさ。……もういいや。」
変な誤解を解こうかと思ったが相手はサラだ。俺は、早々にあきらめることにした。
「まぁ、普通はその前に自覚症状があるんだけどな。どうせ初めての魔力切れだったんだろ? 仕方がない。」
「でも、戦っている途中でレベルが上がったからきっとMPも上がっていると思うぞ?」
そう言いながら俺は、ステータスウインドウを開く。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
タダノ ヒデオ
♂ 17才
種族:人族
職業:勇者(武道家)
ランク:D
______________
レベル:10
HP 118/118
MP 70/ 70
______________
加護:超美少女女神アストレア
守護獣オルトゥス
称号:異世界人・召喚勇者
片手剣の達人
格闘体術の達人
属性:火属性・風属性・水属性
_____________
【スキル】【アイテム】
【設定】
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
「どうやら、レベルも上がって魔力も増えているみたいだぞ。」
俺は、ステイタスで確認した後、サラにそう言う。
「そうか。それならいいのだが。魔力切れは自分の躰を無防備に晒す。仲間がいるときはまだしも、1人だと危険だから気をつけるんだな。」
真剣な顔でサラに言われると、しっかりしないといけないなと思える。
バタン!!!
その時である。大きな音を鳴らしながら、へやの扉が開かれた。
「うん? なんだ?」
サラが声を上げて扉を見る。シルビアはサラの後ろに隠れるようにして身構えた。
「サラ様! サラ様! サラさま〜!」
サラの名前を喚きちらしながら1人の騎士風の男が部屋に入ってきた。
「サラさま~!」
男がサラに抱きつこうと飛びかかる。
サラがそれを右手でいなすと、男は勢い余ってそのまま床に顔をしこたま打ちつけた。
「やれやれ……。」
俯きながらサラがため息をつく。
どうやら敵ではないようだが、やっかいそうなヤツが顕れたな。
床に倒れた男をベッドの上からのぞき見ながらそう思うのであった。




