第71話 火炎魔法
「ビデオ。斥候は任してもいいか?」
馬に乗ったゴブリンたちが迫り来る中、サラが突然そんなことを俺に言った。
「サラはどうするんだ?」
「私は、本隊を叩く。少しでも数を減らしておきたいからな。」
サラはそう言うと、俺の返事を待たずに本隊に向かって走り出した。
「ちょっ! 俺、騎乗の敵と戦ったことなんてないんだぞ!」
どうしようかと少し狼狽えるが、目の前には敵が迫ってくる。俺は、仕方なく剣を構え直す。それにしても、騎乗してるって事は、ちょっと問題があるな。
こちらの都合などお構いなしに、馬に乗ったゴブリンが突っ込んでくる。
俺は剣を横薙ぎに払うが、馬はそれを飛び越えていく。
「くそっ。やっぱり届かないか。」
予想の範疇ではあったが、馬上のゴブリンまで俺の剣が届かない。逆にゴブリンは槍を持っていて俺への攻撃には問題がないようだ。
顔を上げて、サラを見やるがすでにサラは本隊の魔物たちと対峙している。今更援護を頼むこともできない。
後ろを振り返って街の防御壁の方を見る。壁の上には、弓を構えた兵士たちがいるが、動き回るゴブリンに狙いを付けるのが難しいのか、俺がいるからなのか、まだ誰もその弓を引く者はいない。
俺がいるから狙い辛いのかもしれないな。ここは、兵士たちにまかせて俺はサラの所にいくか?
しかし、それでここの守りは大丈夫か? 万が一、突破でもされようものなら目も当てられないしな。
飛び道具でもあればな。そう思い、『収納倉庫』の中に何か使える武器がないか考えるがそれらしいモノは思い浮かばない……。
「飛び道具……。そうだ! 道具じゃないけどあるじゃないか。それなら、わざわざここで戦う必要も無いな。」
俺はそう独り言ちると、防御壁を一瞥しそこに向かって一気に駆け出す。壁の近くまで来ると勢いを殺さないまま地面を蹴り上げ、大きく上に飛び上がると防御壁の上に乗った。
「今だ! 矢を放て~!」
俺が防御壁に戻ったタイミングで隊長が合図を送ると、クルセの弓兵たちは一斉にゴブリンめがけて矢を放った。放たれた矢は、大きく弧を描きゴブリンたちめがけて豪雨の如く降り注ぐ。流石のゴブリンたちもそれらを全てよけることはできない。何本かが馬に当たる。矢が刺さった馬たちは悲鳴を上げながら跳ね回っている。
……やっぱり俺が邪魔だったんだな。こういった集団戦はほとんど経験が無いから、よく考えて行動しないといけないな。暫し自責の念に駆られたが、今自分のできることをやろうと気を取り直す。
俺は、防御壁の上からゴブリンたちを見下ろすと、手のひらに集中して魔素を集める。
俺の周りの空間から、草木から、至る所から魔素が集まってくるイメージを持つ。すると、以前やった時のように、魔素が渦を巻きながら手に集まりだす……気がするだけだけどね。そして、更に集めるようイメージする。だんだんと手が熱くなってくる気がする。
「そろそろ良いかな。」
俺は腕を伸ばして手をゴブリンたちに向けると闘気を込めながら叫ぶ。
「ファイアーボール!」
俺は、先日練習したファイアーボールをゴブリンたちに打ち込んだ。
手のひらから生まれた火球はゴブリンたちめがけて飛んでいく。
ズドグワァーーン!!!
直径1m程の火球が地面に打ち付けられると、その爆発は周囲を巻き込み土塊が飛散し猛煙が立ちのぼる。
『経験値を70pt獲得しました。』
「思ったよりも威力があるな……。」
練習の時よりも大きい火球に少しばかり驚きながらそう呟く。
「なんだ今のは! 爆炎魔法か!」
防御壁の上にいた魔法士の1人が叫んだ。
「エクスプロージョン? いや、ファイヤーボールなんだが?」
確かに練習したときよりも気合いを入れたせいか、火球は大きかったが俺的にはあくまでもファイヤーボールを打っただけ……。そもそも、エクスプロージョンなんて魔法知らないしな。
それにしても、威力が大きいばかりでまともに当たったのはゴブリン2匹だけか……。馬の速さに比べて、火球が飛んでいくスピードが遅いせいだろうか。もっと速い火球を撃たないとダメだな。
「総員構え! 撃てぇい!」
隊長の命令で、弓兵たちが一斉に矢を射る。雨のように降り落ちる矢が次々にゴブリンが乗る馬を射る。
矢か。これならスピードもあるし当たりそうだな。そういやサラがファイヤーアローとかって魔法があるみたいなこと言ってたな。炎の矢……ぶっつけ本番だけど試してみるか。
俺は、早速炎の矢をイメージする。1本や2本なら外れるかも知れない。できるだけ多くの矢をイメージしよう。そして、それが頭上に無数に顕れて、鋭く速く飛んでいくイメージ。
そろそろ大丈夫かな。右手を上に上げ叫んでみる。
「ファイヤーアロー!」
すると、頭上に無数の炎の矢が顕れる。一斉に放つイメージで手を振り下ろす。それと同時に炎の矢は高速でゴブリンたちめがけて放たれる。
スガン! スガン! ズガガガーン!!!!
炎の矢は、次々にゴブリンめがけて打ち付けられる。無数の炎の矢は地面を穿ち、ファイヤーボールの時よりも更に激しく爆発する。一つ一つの威力はさっきのファイヤーボールの方が大きいが、やはり数が物を言うみたいだ。これは使えるな。それにしても、沢山出たな。想像以上だ。
『経験値を280pt獲得しました。』
「なんだ! 今度は爆炎槍か!」
「なんて魔法だ!」
「一体アイツは何者なんだ!」
「どこの大魔術師なんだ!」
「まさか、賢者か!」
俺の攻撃を見ていた兵士たちが口々にいろんな事を叫んでいる。
スピア? いや、俺は普通にファイヤーアロー撃っただけなんだが……。槍じゃなくて矢なんだけど……。それに、大魔術師でもないし。あぁ、一応勇者って事にはなってるけどさ。
それでも、俺の攻撃で残りの8匹も倒せたようだ。これで、斥候に出てきていたゴブリンたちは全て消し炭になった。いつもよりポイントが多いのは馬もいたからかな。
「やはり! 只者ではないとは思っていましたが、貴方は勇者パーティーの1人、大魔術師殿だったのですね。」
隊長がそばに駆け寄り勘違いな事をのたまう。
「いや、違うんだけ……」
「申し遅れました。私に西門の分隊を任されております分隊長のアルベルト・ロンドゲルです。大魔術師殿、ご助力感謝します!」
俺の話を聞かずに、アルベルトと名乗る隊長はそう続けた。
「そうか、ロンドゲルさんよろしく頼む。」
説明するのも面倒なので、このままの流れで会話することにした。
「ところで、ロンドゲルさん……」
「アルベルトとお呼びください。大魔術師殿。」
「あぁ、わかった。じゃあアルベルトさん。」
「アルベルトで!」
なんか似たようなやりとりをどっかでやったな。この国の兵士ってなんだかめんどくさい。
「はぁ……アルベルト。ここは君たちに任しても大丈夫かな?」
「は! しばらくは大丈夫だと思われます。大魔術師殿はいかがなされるので?」
「ヒデオだ。……向こうの本隊と対峙している勇者の援護に回ろうと思う。」
大魔術師ではないと否定しようと思ったが、一筋縄ではいかなそうな予感がしたのでやめておく。
「わかりました。こちらは大丈夫ですので、大魔術師殿はどうぞ勇者殿の所へ!」
そう言うと、アルベルトは隊の方へ戻り体勢を立て直すよう指示を出していた。
「さてと、それじゃあサラの所に行きますか。」
少し先に目をやり防御壁から飛び降りる。地面を踏みつけるようにして力を溜めると、一気にそれを放出して地面を蹴る。俺は、魔物の本隊と戦っているサラを援護すべく、走り出した。




