第70話 襲撃
「いやぁ。美味しかったな。」
「はい! とっても美味しかったです。魚も良いですね。私、食べ過ぎちゃいました。」
お腹をさすりながら、シルビアが苦しそうに言う。
俺たちは、食事の後部屋に入り、ひと休みしているところだ。生憎大きめの部屋がひとつしか空いていないと言われて、どうしようか悩んでいたのだが、結局3人で同じ部屋を使うことになった。
俺は、少し気が引けたのだが、シルビアもサラも全く頓着しないようだった。流石に寝床はそれぞれ別ではあるが……。
今は、窓際に椅子を持ってきて、独り外の様子を何となく眺めている。
日が暮れ始めてから2時間ほど経ったくらいだが、街はまだまだ人通りがあり活気に満ちている。
「異世界には電気もないだろうから、夜はもっと早く寝るのかと思っていたんだが、そうでもないんだな。」
俺は、剣の手入れをしていたサラに向かって話しかける。
「そうだな。夜中になると流石に静かにはなるが、松明の明かりもあるし、魔法でライトを使って店に灯りを入れているところもあるしな。」
「へぇ〜。そんな魔法もあるんだ。」
俺が感心しながら目を外にやると、少し離れた建物の上を一筋の赤い光が昇って行くのが見えた。
パァーーーン!!
昇っていた赤い光が花火のように四方八方に四散したかと思うと、何かが破裂するような音がした。
「おー! 凄いな。あれは花火か? 今日は何かの祭りでもあるのか?」
「ハナビ?」
シルビアが不思議そうな顔をして、窓から外を見る。
「ヒデオ。異世界には、花火はないぞ。」
サラが呆れ顔で言う。
「え〜? でも、今さっき外で花火みたいなのがパーってあがったぞ。」
「なに?! 本当か? で、それは何色だった?」
珍しく、サラが真剣な面持ちで俺に聞く。
「色か? 赤だったが?」
いまいち状況が飲み込めないでいる俺は、サラの剣幕に戸惑いながらもそう答える。
「何! 赤だと! ヒデオ。それは花火じゃないぞ。発光魔法だ。しかも、赤色の発光魔法は、敵の襲撃を知らせる信号だ! で、どのあたりに上がった?」
「あっちの方かな。」
俺は、あまりのサラの勢いに気圧されながら、先程の花火……もとい、発光魔法があがった方角を指さす。
「西門の方だな。ちょっと様子を見てくる。」
そう言うとサラは立ち上がり、剣を腰に下げて部屋を出て行こうとする。
珍しくサラがキビキビ動いている。これは只事ではないのだろう。
「それなら俺も一緒に行こう。シルビアはここで待ってるんだ。」
「私も一緒に行きます!」
胸の前で、両手に拳を固めたシルビアがやる気満々の顔で言う。
「いや。ダメだ。シルビアがどれくらい戦えるのかは分からないが、様子が分からない限り連れて行くわけには行かないよ。」
何となくだが、シルビアは連れて行かない方がいい気がしたので、俺はキツめの口調でそう言う。
シルビアはシュンと悄気ながらも何とか納得してくれた。
「わかりました……。ヒデオ様。気をつけてくださいね。」
シルビアは、目を潤ませながら言う。シルビアなりに心配してくれているんだな。
「大丈夫だよ。サラだっているんだ。」
心配そうに俺を見上げるシルビアの頭を撫でながら言う。シルビアの髪の毛は短髪だがふわふわしている。撫でると気持ちが良い。
「よし。サラ、それじゃあ行こうか。」
俺とサラは宿から出て信号の上がった方角を見る。まだ、街の中には敵は入ってきてはいないようだ。街の人たちも各々家路へと急いではいるが、パニックになっている様子は見られない。
《主様。私も同行を。》
俺たちが西門の方へ走って行こうとすると、ソフィアが念話で話しかけてきた。
ソフィアがいると何かと便利かも知れないな。しかし、シルビアを1人にするのも心配だ。
《いや、ソフィアはここにいてくれ。シルビアを頼む。》
《畏まりました。何かあればお知らせします。》
「ビデオ。先にに行くぞ!」
待ちきれない様子でそう叫んだサラは、大きく飛び上がると家の屋根伝いに走って行った。
凄いな。あれなら、人混みが邪魔にならなくて早く着きそうだ。
「じゃあ、ソフィア。シルビアを頼んだぞ。」
そう言うと、俺も街の中を西門に向かって駆けだした。
それにしても、西門ってどこだろ?
☆
ここはクルセの街の西門である。クルセの街もアガルテほどではないが、街の周りを防御壁で囲んでいる。防御壁の上には既に兵士たちが配置に就き、戦闘の準備をしている。防御壁に設けられた側防塔では、数人の兵士が街の外を監視していた。
「様子はどうだ。」
「アルベルト隊長。やはり魔物の群れのようです。」
「魔物の群れか。いきなりクルセに来るなんて今までなかったことだぞ。アガルテは一体何をしていたんだ?」
「ひょっとすると、ディアボロスの森を抜けて来たのかも知れません。」
「それにしても、アガルテが見つけても良さそうなものじゃないか。それに、森には監視塔があるだろう。監視塔からの連絡はあったか。」
「いえ。ありません。どこか、我々が知らないルートでもあるのでしょうか?」
「分からないな。それよりも、今はこの状況を何とかしないとだな。」
「隊長、いっそのことこちらから打って出ますか?」
「ダメだ! この暗闇の中、魔物たち相手に戦い抜くだけの兵力は今の俺たちにはない。ここは、守りに徹する。で? 部隊の展開はどうなっている。」
「第1分隊と第2分隊は既に配置に就いています。」
「よし。兎に角、門は決して開けるな。ここを死守するんだ。張り出陣には、アーチャーを配置。魔法士もできるだけ集めるんだ。冒険者ギルドにも応援を依頼しておけ。」
「は! 了解致しました!」
兵士は、そのまま踵を返すと駆けだして行った。
その場に残ったアルベルトは、側防塔の上から森の方に目をやる。そこには300匹はくだらない数の魔物たちがこちらに向かってくる姿があった。もう数分もすれば、斥候がここまでやってくることだろう。
「こんな街の僅かな兵だけで、あの魔物たちを押さえることなどできるのか……。」
アルベルトはそう呟きながら拳を握り、歯噛みするのであった。
その時である。不意に何かの気配を感じた。アルベルトが振り返ると、黒い影が目の前を飛び越えていく。
「何?!」
アルベルトが影を視線で追いかけると、その影は頭上ばかりか側防塔も飛び越えて街の外に出る。
側防塔から身を乗り出して見てみると、その影は門から少し離れたところに立っていた。
アルベルトはよく目をこらしてその影を見てみる。どうやら人のようだ。そこには1人の軽装鎧を着用した騎士が立っていた。
「おい! 騎士殿! 何をしている! 魔物の大軍が来ているんだぞ! 下がれ! 危険だぞ!」
大きな声で必死に呼びかけるが、騎士にはその声が届かないのか、はたまた聞こえていて応えないのか。
騎士は只、魔物たちがいる方角を見据えて仁王立ちしているばかりである。
「一体何を考えているんだ!」
「大丈夫ですよ。」
不意に聞こえた声にアルベルトは、背筋が凍る思いがした。なぜならば、声が聞こえるまで、そこに人がいることなど微塵も感じなかったからだ。
言い知れぬ恐怖を感じながら恐る恐る横を見ると、そこには1人の青年が立っていた。この辺りでは珍しい、黒髪に黒い瞳の青年だ。いや、少年と言っても良いかもしれない。
「お前は何者だ。いつからそこにいる。」
「彼女は王都アクアの聖騎士サラ・クルース。」
黒髪の青年は、アルベルトの問いには答えず騎士の名を告げた。
「聖騎士? サラ・クルース? ……はっ! まさか、勇者か! あそこにいるのは、我が王国の勇者殿なのか!」
アルベルトは驚きと歓喜が入り交じった表情で思わず叫ぶ。
「そうだ。彼女は勇者だ。だから、大丈夫。何とかしてくれるはずだ。」
「それにしても、相手は魔物の大群だぞ。例え勇者殿であったとしても、1人でどうにかなるものではないだろう!」
「1人じゃないさ。あなたたちもいるだろう?」
「お前は一体何者だ?」
「俺か? 俺はヒデオ。タダノ ヒデオさ。」
「見たところ大層立派な剣を持っているようだが、お主は戦わないのか?」
「俺か? 俺は……」
「ヒデオ! そこにいるんだろ! 早く下りてこい!」
「俺は、今から行くよ……。」
暫くサラが戦う様子を見てからと思っていたんだが、俺に気づいたサラは、そんなことは許してくれないみたいだ。まぁ、当然と言えば当然だな……。
「隊長さん。俺たちは前面に出るから援護はよろしくね。」
俺は兵士にそう告げると側防塔から飛び降り、サラの横に着く。
「待たせたな。」
「遅いぞ! しかも、高みの見物をしようとしてたヤツが格好つけるな。」
「あ、バレてた?」
「バレバレだ。で、馬はどうした?」
「宿にに置いてきたよ。シルビアを1人にする訳にはいかないからな。」
「そうか、馬がいた方が良かったのにな。お主も案外気付かないのだな。」
「なにそれ。そういうのお前にだけは言われたくないわ。」
「ふん。……ヒデオ。軽口もここまでだ。来るぞ!」
サラがそう言った時、目の前には斥候と思われるゴブリンが10匹ほど剣を手に馬に乗って駆けて来る。
あ……、まさか魔物が馬に乗ってくるなんて、サラが言っていたのはこういうことか。今更ながらソフィアがいた方が良かったかもしれないなと少し後悔する。今から呼びに行くのは遅いかな……。
「仕方がないなぁ。」
そう呟き、俺は壁の向こう側に意識を残しながらも、『収納倉庫』から青龍の剣を取り出し構えるのであった。




