第66話 野営にて
今回から第2章開始です。
「ゴブリンロード率いるゴブリンが50とはな、予想を上回る規模だったな。」
「魔族の準備も着々と進んでいると言うことでしょう。」
ここはアガルテの要塞城。ベルナドッテ公爵の執務室である。
「うむ。それにしても、あの召喚勇者は想像以上の働きをしたものだな。」
「はい。魔力はまだまだおぼつかないようですが、潜在的な通力は、歴代の勇者と比べてもかなりの物かと推察いたします。」
「だろうな。碌に勇者の力も顕現しておらんだろうに、この結果だからな。」
「ところで公爵様。よろしかったのですか?」
「ん? あやつを王都へ向かわせたことか?」
「はい。折角の機会でしたのに。むざむざ手放すようなことをなされなくともよかったのではありませんか?」
「クレッグ。其方の考えも分からんでもないがな。事はそう単純ではないのだ。」
「公爵様のお考えは、私のような者では推し量ることも叶いません。」
「して、向こうの動きは?」
「やはり、召喚勇者に接触しているようです。」
「予想通りだな。あとは、魔族どもがどう動くかだな。」
「魔族も準備は進めておるでしょう。」
「ヤツが王都の状況を見てどう動くか見物だな。勇者のお手並み拝見といこうではないか。」
ベルナドッテ公爵は、不敵な笑みを浮かべながらそう呟くのであった。
☆
「ヒデオ。そろそろ野営の場所を捜した方が良さそうだぞ。」
「クルセの街までは、まだかかるのか?」
「このペースなら、後2日はかかるな。」
「そうか。なら暗くなる前に準備した方がよさそうだな。」
俺たちはソリスの里を離れてから、ひたすら街道を走り続けていた。
街道沿には、一定の距離ごとに開けた場所があり、そこでは休憩したり、野営したりすることができる。しかし、サラに声をかけられた時、生憎近くにそういった場所がなかった。暫く走っていると、少し森に入った所に、野営できそうな開けた場所を見つけたので、今夜はそこで野営をすることにした。
俺は、ソリスの里から持ってきたテントを張り、野営の準備をする。日が沈むまでには何とかしようと頑張っているのだがなかなか上手くいかない。なんせ、地球では、アウトドアな生活とは無縁だったからな。
テント張りに手間取っていると、念話が聞こえてきた。
《主様。賢者の石に尋ねると、答えてくれるかも知れませんよ?》
《賢者の石? あぁ、確か『太古から未来までの全ての思念や事象が記録がされている、アカシャと繋がる事ができる』んだったな。でも、どうやったらいいんだ?》
《話しかけてみてはどうですか?》
《賢者の石にか?》
俺は、ソフィアの言葉に半信半疑ながらも、念話で賢者の石に向かって話しかけてみる。と言っても、できるかどうかは分からないので、あくまでもそんなイメージでって感じなのだが……。
《賢者の石。テントの張り方のコツを教えてくれ。》
「条件を満たした為
ユニークスキル『虚空記憶』を取得しました。」
おぉ! 話しかけてみただけだが、どうやらユニークスキルをゲットしたようだ。『虚空記憶』はアカシャの記憶ってことだろう。それにしても、待てど暮らせど賢者の石からの返事がない。
《ソフィア。ユニークスキルは手に入ったようだが、肝心の賢者の石からの返事がないぞ?》
業を煮やしてソフィアに聞いてみる。
《主様。どうやら賢者の石からの思念は出ているのですが、まだ、主様がそれを捉えることができてないようです。》
《そうなのか? スキルは取得したんだがな。》
《ある程度のレベルが必要なのかも知れませんね。それでも、思念は出ていますよ。何か感じませんか?》
《う〜ん。何となくできるような気がしなくも無いでは無い。》
《なんだかそれでは、できなさそうな感じですね。》
悩んでても仕方がないので、俺はテント張りを続行した。すると不思議なことに、さっきまでは悪戦苦闘していたはずなのに、何となくどうすれば良いのかが分かる気がする。実際、作業も先程よりは上手くいき、何とかテントを準備することができた。やはり、これは賢者の石効果なのだろう。
さて、次はたき火だな。俺は、『収納倉庫』から、薪を取り出してファイヤーを使って火を付けた。
「ヒデオはファイヤーが使えるのか?」
その様子を見ていたサラが、少し驚いた様子で話しかけてくる。
「あぁ、ファイヤーを使っているつもりはないのだが、結果として火をつけることはできるぞ。」
「しかも無詠唱とは凄いな。」
サラが感心したように言う。
「使えるのはファイヤーだけか? ファイヤーボールとかファイヤーアローは使えないのか?」
「なんだそれは?」
「知らないのか? 火属性の攻撃魔法だ。レベルが低くても使えるので多用されているぞ。ファイヤーが使えるのなら、ファイヤーボールくらいは使えると思うがな。」
「サラはできるのか?」
「当然だ。だが、むやみに使うなとキツく言われている。」
「なぜだ?」
「どうも、火力調整が上手くいかないようでな、私がファイヤーボールのつもりで撃っているのにフレアボールだと言われてしまうんだ。まぁ、火力が強すぎるらしいな。」
「フレアボール?」
「ファイヤーボールが拳くらいの大きさで、フレアボールになるとこれくらいの大きさになります。」
そう言ってシルビアが50cmくらいを両手で示す。
「いやいや。それって随分大きいな。ファイヤーボールの直径が10cmとして、フレアボールはそれの5倍程度か。体積だと125倍か、確かにそれだと強すぎるだろうな。見本を見せて貰おうと思ったんだがやめといた方がいいな。」
「ヒデオならできるのではないのか?」
「そうかな。」
「試してみてはどうだ?」
「う〜ん。あんまし自信が無いんだよなぁ。」
俺の場合、魔法って言うか化学現象をイメージで引き起こしているだけだからな。物を燃やすのと、何もないところに火の玉を作るのとではかなり違う気がして、どうもイメージが湧かない。
そもそも、燃焼を起こすには条件が必要だ。「酸素」「発火点以上の温度」「燃える物」この3つの要素だ。俺のイメージを阻害しているのは、そのうちの「燃える物」だ。薪に火を付けるときは、薪が燃える物。しかし、空中に火の玉を作るときは何が燃えているんだ? てか、異世界では、そう言った常識が邪魔になるって事なのか?
「なぁ。ファイヤーボールって何が燃えているんだ?」
「え? そんなの考えたことないですよ。」
そう答えるのはシルビアだ。シルビアはファイヤーを使うときに、呪文を詠唱する。多分魔法を発動させるメカニズムが俺と違うんだ。
「シルビアは魔法を使うときに詠唱するよね。あれって精霊に力を借りるって前に言ってたけど、具体的には何をしてくれるの?」
「呪文を詠唱することで精霊の力を借りて、魔素を集めているんだ。」
珍しく、まともなことをサラが言う。
「魔素?」
「あぁ、この世界の自然の中には、僅かずつだが至る所に魔素が存在する。術者がもつ属性の精霊が魔素を集めて、呪文を唱えた魔法に適切なモノに変化するんだ。ヒデオは火属性を持つんだろう?」
「あぁ。確かあったはずだよ。」
そう言いながら、俺はステータスを見る。
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タダノ ヒデオ
♂ 17才
種族:人族
職業:勇者(武道家)
ランク:E
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レベル:7
HP 64/64
MP 40/40
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加護:超美少女女神アストレア
守護獣オルトゥス
称号:異世界人・召喚勇者
片手剣の達人
属性:火属性・風属性・水属性
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【スキル】【アイテム】
【設定】
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うん。火と風と水の属性があるな。よく見ると、ソフィアが言ったように、オルトゥスの加護が加わっている。それに、俺って『片手剣の達人』なんだな。剣術より体術の方が得意だと思っているんだけど、なんだか変な気分だ。これがスキル補正ってやつなのかな。
「ちゃんと火と風と水の属性があるな。」
「それなら大丈夫だ。呪文は唱えるか?」
「そうだな……、そもそも呪文なんて知らないしな。折角だから呪文無しでやってみようかな。」
「そうか。それなら火を付けたいと念じながら、魔素……ん~と、空気中に漂う粒を手の中に集めるイメージを持てば大丈夫な気がするぞ。」
「わかった。やってみよう。」
そう言いながら、俺は手のひらを上に向けて、空気中の魔素を集めるイメージをする。
ハッキリと目に見えているわけではないが、何か流れのようなモノが、俺の手のひらに集まっているように感じる。それに、心なしか手のひらが温かく熱を帯びてきている気がする。
「たぶん。もう大丈夫だ。」
サラがそう言うので、俺は手のひらを見ながらそこにあるらしき魔素にむけて高温になるイメージを放つ。
『ボゥ!!』
結構な音と共に、直径30cmくらいの大きさの火球が出現した。
「わ! 大っきい!」
「うむ。さすがだな。できたな。」
「これがファイヤーボールか。やってみるとできるもんだな。」
「誰もがそんなに簡単にはできないぞ。」
サラが半ばあきれ顔で俺に言う。
「あの。ヒデオ様。」
シルビアが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「ん? どうしたんだ、シルビア。」
「申し訳ありませんが、それはファイヤーボールと言うよりもフレアボールに近いと思います。」
「なに? そうなのか?」
「ふふふ。ヒデオも私と同じだな。」
サラが嬉しそうに俺を見ている。
同じ魔法を使っても、規模が大きくなるのは勇者特有のスキルなのかも知れないな。けれども、大は小を兼ねるって言うもんね。微調節は追々練習しながらできるようになれば良いさ。兎に角、魔法については一歩前進したって事で、いいんじゃない?
その後、俺たちは夕食を取った後、テントに入って寝ることにした。夕食は勿論『収納倉庫』から取り出した出来合いの物だ。
交代で見張りが必要だと考えていたのだが、サラが簡単な結界を張ってくれたので必要ないそうだ。流石は本物の勇者だな。それに、みんなには言ってないけどソフィアもいるしね。
こうして、この旅初めての野営の夜は更けていったのであった。




