第65話 旅立ち
翌朝、俺たちはソリスの里を出る準備をしていた。俺は、用意できる限りの物資を『収納倉庫』に入れまくった。今度は王都までの道のりに加え3人分だ。水にしても食料にしても結構な量になる。正直、ここで用意してもらった量だけでは足りそうにない。現地調達が必須となってくるだろう。
ところで、肝心の馬車なのだが、ソリスの里にはひとつしか馬車がなかった。流石にそれを借りていくのは悪いので、どうしたものかと思案していたところ、マールスから馬を一頭貸し出すとの申し出を受けた。
馬なら何頭かいるし、シルビアにもなついているのでこの申し出を受けることにした。
さて、どう乗ろうかな。ソフィアはそのままでも結構早いから借りた馬に俺が乗って、サラとシルビアにソフィアに乗って貰おうかな。俺は独り考えていた。
《主様以外に手綱をまかせるのは嫌だな。》
「ん? サラ。何か言ったか?」
「いや。私は何も言ってないぞ。」
え? じゃあ誰だ? 俺がキョロキョロ辺りを見回していると、また頭の中に声が聞こえた。
《主様! 聞こえているんですか?》
念話か? 俺は、何気にソフィアを見る。ソフィアがまっすぐ俺を見つめている。
「え? まさかお前か?」
《あ! やっぱり聞こえているんですね。よかった!》
「え!!」
「どうしましたか? ヒデオ様。」
あまりの驚きに、思わず大きな声を出しいてしまった。みんなが俺を見ている。
「いや。大丈夫。大丈夫。何でもないよ。」
シルビアがキョトンとした顔で俺を見ているが、ここは何とか適当にごまかした。
《ずっと話しかけていたんですよ! やっと通じましたね。》
「どういうことだ?」
《主様も私となら念話ができますよ。試してみてください。》
ソフィア? にそう言われたので、試しに頭の中で話しかけてみる。
《ん〜、こうかな? 聞こえるか?》
《はい。聞こえています。大丈夫ですね。改めまして、主様。ソフィアでございます。それにしても、やっと通じました。》
ソフィアが、顔をなすりつけながら俺にそう言った。
《これは、一体どういうことなんだ? っていうか、ソフィアって言う名は俺が付けたんじゃ?》
《あれは、私が思念を送りました。》
《そうか。道理でふっと頭に浮かんだはずだ。で?》
《はい。私は主様にお仕えするために参りました。》
《仕えるため?》
《私は、女神アストレア様から、主様のお供を仰せつかって参りました。》
《アストレアが?》
《はい。》
そう言えば、連絡手段を何とかするって言ってたよな。それが、ソフィアを送るって事だったのかな。そう考えているとソフィアからまた、念話が届いた。
《出会ってから幾度か念話を試みたのですが、主様には伝わりませんでした。なので、なかなか事情をお話することができなかったのです。》
《それじゃあ、なんで今は話せているんだ?》
《私もよく分かりませんが、考えられるのはオルトゥス様のご加護が加わったことと、『青龍生魂剣』の賢者の石が媒体となっているからかもしれません。》
《賢者の石?》
《はい。青龍生魂剣の持ち手に付いている碧い石です。》
俺は、青龍生魂剣を見る。確かに碧い石が柄頭にはめ込まれている。
《これが賢者の石なのか?》
《はい。》
《どういった物なんだ?》
《賢者の石は、太古から未来までの全ての思念や事象が記録がされている、アカシャと繋がる事ができる唯一の物です。とても貴重な物ですよ。》
《そんな貴重なものをオルトゥスはくれたのか。》
《オルトゥス様は主様をたいそう気に入られたようですね。これまでの召喚勇者にも剣をお与えになられましたが、青龍生魂剣を授けられたのは主様が初めてです。》
《そうなのか。それにしても、お前は馬なのか?》
《私はこの馬の身体を借りているだけです。本来はエネルギー体ですので物理的な身体はありません。主様のそばにいるのに良いかと思って躰を借りたのですが、イマイチ馴染みきれていません。》
《そうなのか。本来の姿では顕現できないのか?》
《まだ、こちらの世界に来たばかりなので、そこまでの力が使えないのです。十分に力を使うことができれば自らの力で顕現することも可能なのですが、今はまだ難しいようです。》
《そうか。それにしても、その主様って呼び方は何とかならないか?》
《主様は私の主様ですので、主様です。》
《何かややこしいな……。》
「ヒデオ様。ヒデオ様!」
シルビアに呼びかけられてハッとする。暫くソフィアと話し込んでしまっていた。
「どうしたんですか? さっきからずっと考え込んでるような顔してますよ。」
そうか。念話で離していたから、周りから見ると独りでボーッとしているように見えたんだな。
「いや。何でもないよ。もう出立の準備は整ったかな。」
「はい。私たちの準備はもう大丈夫です。」
「そうか。それじゃぁそろそろ出発しようか。」
《ソフィア。色々聞きたいこともあるから、走りながらでも話そう。》
《分かりました。主様。》
う〜ん。やっぱり主様は慣れないな。
とりあえず、このまま時間が経つのももったいないので、ソフィアとは走りながら念話をすることにして、出発することにした。となると、馬に乗る組合せだな。
「サラは、馬を速く走らせられるか?」
俺は、サラに『駿馬疾風』のスキルがあるか聞いてみる。
「大丈夫だ。その馬ほどには無理だがな。」
「よし。じゃぁ、シルビアは俺と一緒にソフィアで行こう。サラはそっちの馬に乗ってくれ。」
「承知した。」
こうして旅立ちのすべての用意は整い、俺たちはソリスの里を発つばかりとなった。
「マールスさん。色々お世話になりました。結局、馬まで用意して頂いてすみません。」
「気にするな。元はと言えば、シルビアが同行したいと言い始めたのが発端だからな。」
「そう言ってくださると、助かります。」
俺はシルビアを見る。
「お父様行って参ります。」
シルビアは笑顔だ。不安よりも期待の方が大きいようだ。
「うむ。気をつけてな。ヒデオ殿の迷惑にならないようにな。」
「分かってますよ。」
シルビアは少し突っ慳貪に答える。プチ反抗期なのだろうか?
王都までは、借りた馬もいるので少なくとも7日はかかりそうだ。
挨拶を済ませると、俺たちは馬を走らせて、一路王都に向かって出発した。
王都に向かう途中、大きな街が2つ程あるらしい。まずは、そのひとつクルセの街を目指す。
異世界に来てから今日まであっという間に過ぎていったが、まだまだ分からないことだらけだ。
今までは独りだったからできることも、考えられることも限られていた。
でも、これからはソフィアがいる。賢者の石もある。
今までとは違うアプローチができると良いな。とりあえず、焦らずのんびりとした旅にしよう。
そう考えながら俺は手綱を握る。ソフィアは俺の思いを受けて加速し走り続けた。
これで第1章終了です。次回から第2章に入ります。新たな出会いにご期待ください。




