第64話 転生勇者と
「それはそうと、なんで勇者だと言うことを黙っていたんだ?」
「聞かれなかったからな。」
と、素っ気なく答えるサラ。
くそっ。このやりとり何処かでやったな。ブーメランかよ。
「それで? 王国の勇者様は、本当のところ俺に何の用なんだ?」
「本当も何もお前に逢って、一度手合わせしたかったんだ。ダメか?」
「別にダメではないが、わざわざそんなことだけで来たのか?」
「クルース殿は、そうおいそれと王都を出ることは叶うまい。しかも単独で。別に何か所用があったのではないか?」
マールスが話を引き取ってサラに言う。
「所用か? そうだな。召喚勇者を王都に連れて来いとは言われていたな。」
「いやいやいや。本当の目的はそれじゃないのかよ。」
俺はあきれ顔で言う。
「私にとってはそれはついでだ。私の目的は、あくまでも召喚勇者に逢って手合わせをすることだ。」
相変わらずの天然ぶりだが、どうやらサラ自身は本当にそう思っているらしい。まぁ、どっちでも良いけどね。
「俺はどのみち王都には行くつもりだから、わざわざ迎えに来なくても良かったのに。」
「ベルナドッテ公爵が、召喚勇者を我が物にするのではないかと考える者もいてな。早急に王都へ召喚したかったようだぞ。」
おぉ。それ考えた人ビンゴだよ。
「そういったことは、なかったわけじゃないが、俺は端から王都には行くつもりだったよ。」
「そうか。それなら良かった。実は、ここを出たらまたアガルテに戻るのではないかと少し心配していたんだ。」
「それはないな。色々こっちの世界を見て回りたいしな。それに……。」
「それに?」
「まぁ、兎に角そう言う事だ。王都には行くから安心して、お前は先に帰ってろ。」
「は? 何を言っているんだ。お前は私と一緒に王都に行くんだ。私が先に行っては一緒に行けないではないか。それに、一緒に王都に行くと言ったから私はここで待っていたんだぞ? 約束は守るもんだぞ。」
相変わらず天然さんだな。一緒に行きたくないからそう言ってるのに。
俺は暫し熟考する。前にも考えたけど、サラはどうやっても付いてくるって譲らないだろうな。ひょっとすると陰に隠れて付いてくるかも知れない。それはそれで面倒だろうし。サラが勇者なら色々聞きたいこともあると言えばあるしな。
「仕方がないな。それじゃあ一緒に行ってやるよ。」
「本当か! 流石ヒデオだ! ありがとう!」
サラはそう言うと、俺に抱きついてきた。
「あ〜! なにドサクサに紛れて抱きついてるんですか!」
今度はシルビアが騒ぎ出す。お願いだからもう少し静かに過ごそうね。
その日は、シルビアの家で食事をとることになった。俺が聖剣を手に入れることができたので、そのお祝いと壮行会を兼ねてのことだ。祝いの席と言うことで、用意された食事はなかなか豪勢であった。
マールスが狩ったというイノシシやオーク肉の料理、なんだか分からないけどトリの丸焼きもある。野菜やキノコ類に木の実。色々あるが、こっちの料理は基本焼くか煮るかなんだな。蒸したり揚げたりしたのは今のところ見たことがない。あと、ご多分に漏れず、米らしきものにはまだお目にかかれていない。果たしてあるのだろうか。
「なぁ、サラ。異世界には米はあるのか?」
俺は、肉と格闘中のサラに聞いてみた。
「アステル共和国には……あると……聞いたことがある。モグモグ……。」
「あるのか!」
「なんでも、……昔の転生者が……米に似た植物を発見して……、それをエルフが……品種改良したという話を……聞いたことがあるな……。エルフの里の近くにある交易都市にでも行けばあるかも知れないな。」
「エルフか!」
「エルフは肉を食べないからな……。それにしても……、やはりお前もエルフに過剰反応するのだな。」
肉をほおばりながら、サラがいやらしい者を見るような目で俺を見る。
「っていうか、サラお前『米』が分かるんだな。」
俺は、何事もなかったかように話題を変える。
「当然だろう? 私は日本からの転生者だからな。」
「……。」
俺は余りにもあっさりとした重大な告白に、思わず言葉に詰まってしまった。
「日本? からの……。ん?」
「そうだ。私は日本人だ。」
「すると、何か? お前も召喚勇者なのか?」
「召喚ではない。う〜ん。元日本人が適当だな……。転生してこちらで生まれた。」
「転生者なのか……。それで、お前、米を知っているって事は、前世の記憶が残っているのか?」
「それがな、だんだんと記憶が薄れてきているのだ。以前はもっとハッキリと残っていたはずなんだがな……。んぐ。」
「そうなのか? それにしてもお前、それって、そんなに簡単に言って良いことなのか?」
「召喚勇者のお前に言うのはそれほど問題では無いと思うが? それにしても、この肉は美味いな。ヒデオも喋ってないで食え。」
口いっぱいにイノシシの肉をほおばりながら、あっけらかんとした表情でサラが言う。それにしても、さっきからよく食べるな。喋ってる間もサラは、終始食べている。
サラさん、食べながら喋べるのはお行儀が良くないんだよ。面倒だから、突っ込むのは心の中だけにしておく。
「いや、クルース殿。それは、一部の人間しか知らない事実であるから、無闇矢鱈に話さない方が良いと思うぞ。」
俺がサラの食欲に感心していると、マールスがサラに苦言を呈する。
「そうなのか? しかし、マールス殿は知っておったのであろう?」
サラは、麦湯をごくごくと飲み干しながらマールスに答える。
「まぁ、私は元々アルファー騎士団の団長だったからな。それなりの機密にも触れる機会があったというだけだ。」
「そうか。それでは以後気をつけるとしよう。」
「お前、それでよく今までやってこられたな。」
「これまで、困ったことはなかったがな。」
俺はサラに嫌みっぽく言ってみたが、サラには全く通じなかったようだ。きっと困ったことになってたとしても、本人が気づいてないだけなんだろうな。
「それで、王都まではどれくらいで行けるんだ?」
「私は5日で来たが?」
「いや、普通はもっとかかるだろうな。」
マールスが補足するように言う。
「しかし……ヒデオの馬は……やたらと……早いでは……ないか。アレならもっと早く着くと思うぞ。んぐっ。」
相変わらず、イノシシの肉をほおばりながらサラが言う。
「あの……私も一緒に行ってはダメですか?」
不意にかかった声に、その場にいた全員が声の主の方を振り向いた。
「私も一度、王都に行ってみたいと思っていたのでちょうど良いかなって……。」
「シルビアちゃん、そういうの勝手に決めちゃダメなんじゃない?」
俺は、マールスを窺うように見ながら言う。
「そうだぞ。シルビア。急にそんなこと言われると儂も驚くぞ。」
少し狼狽えながらマールスが言う。マールス動揺しすぎだぞ。
「私も、もう今年で15歳です。成人になるんだから良いじゃない!」
「まだ誕生日前だから、成人してはいないだろう。」
諭すようにマールスが言う。
う〜ん。なんだか雲行きが怪しいな。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。」
俺も何とか収めようと試みるが、なかなか上手くいかない。
「別に良いではないか。外の世界を知ることは大切だと思うぞ。」
サラにしてはまともなことを言うな。でも、それは、今、求められている答えじゃないぞ。
「そうですよね! やっぱり大切ですよね!」
我が意を得たりとばかりにシルビアが言う。
俺は、マールスを見る。やれやれという表情ながらマールスは小さく一回うなづく。
「マールスは良いのか?」
「こちらのことだけを言えば、勇者2人と共に旅をすることは良い経験になると思うし、何より安心だ。しかし、2人に迷惑をかけるのではないかと心配でな。」
「そう言う事か。俺は別に良いぞ。」
俺はサラを覗き込む。
「私は構わんぞ。」
「本当ですか! お父様! じゃあいいんですね!」
目をキラキラさせながら、シルビアはマールスを見る。
「しょうが無いな。迷惑になるようなことはするなよ。ヒデオ殿、クルース殿どうかよろしくお願いする。」
「よろしくお願いします!」
と言うことで、シルビアは俺たちと一緒に王都へ向かうこととなった。
「みんな食べないのか? 折角の料理が冷めてしまうぞ?」
目を向けると、サラは再び夢中で料理にパクついていた。お前は一体どれだけ食べれば気が済むんだ?
相変わらずの天然ぶりとその食欲に、俺は呆れを通り過ぎて尊敬の念さえ禁じ得なかった。




