第60話 オルトゥスの導き
光が収まったそこには、一人の女が立っていた。オルトゥスが人化したのだろう。それにしても。
「人化してくれるのはいいんだけどさ。なんで全裸?」
ドスの効いた声だったから男かと思ってたんだけど、女の人だったのね。男の裸は見たくないから良いけど。
《全裸の何が悪い。普段から貴様らのように服など着ておらんからな》
「え〜? 女の人じゃないですか! 裸はだめですよ裸は! ヒデオ様! 見ちゃダメじゃないですか!」
シルビアが、慌てふためきながらまくし立てる。そして、なぜか俺が怒られる。
《人族とは細かいことにこだわるな》
オルトゥスが手を振り上げる。体の周りを光が纏ったかと思うと、気がつけば服を着ていた。鮮やかな藍色のチャイナドレス風の服だ。
《これで良いのか?》
俺はそのままでも良かったのだが、シルビアの手前そう言う訳にもいかないだろうな。
「魔法ですか? 凄いです。それで問題ないです。」
シルビアが目をキラキラさせながら答える。
オルトゥスが俺たちのそばに歩み寄ってくる。離れてたときは分からなかったが、近づいてきたオルトゥスをよく見てみると、めっちゃ美人なお姉さんだ。元が龍だと思うとあれだが、スタイルも抜群。チャイナドレスから覗く長い肢体は脚フェチの俺にはたまらん。
「それはそうと、ひとつ聞いて良いか?」
《なんだ》
「ここに来る前の案内板、あれは一体何だ?」
《あぁ、お前が召喚されてからなかなかここに来ないのでな。迷わないように出しておいた》
「そう言うもんか? 意外とせっかちなんだな。」
《 …… 》
オルトゥスは無言だった。
「で? どう戦えば良いんだ?」
俺の言葉を聞いたオルトゥスは、何もないところから2本の剣を取り出した。
《これを使え》
オルトゥスがそのうちの1本を俺に向かって投げる。投げられた剣は俺の目の前で地面に突き刺さる。
危ないなぁ。俺に当たったらどうするんだよ。
《そんなヘマはしない》
あれ? 聞こえた? 俺、声に出してないよ。
《我に向けられた思念ぐらいは感じられる。お前も念話のひとつくらいできるようにはなる》
「喋ったつもりもないのに、感じ取られるって言うのはあんまり気持ちの良いもんじゃないな。」
《そのうち慣れるであろう》
「条件を満たした為
スキル『以心伝心』を取得しました。」
あら、早速。このスキルって『念話』ができるようになるのかな。
俺は、地面に刺さっていた剣を抜き取る。
《好きなときに仕掛けてこい》
「どういうことだ?」
《お前の腕では、我に傷ひとつ付けることも叶わぬ》
よっぽど自信があるんだな。それだけ強いって理解で良いのか。
俺は剣を上段に構える。好きなときに仕掛けるって事は、こっちから行けば良いんだよな。
俺は、足下に力を込めると地面を蹴り飛ばし、一気に間合いを詰める。そして、上段の構えから袈裟懸けに斬りかかる。
キン! と鋭い音を奏でながら、オルトゥスはそれを難なく剣で受け流す。
「まぁ、そんなに簡単にいくわけないよな。」
俺はそう独りごちながら、今度は逆袈裟刈りに剣を振るう。これは、僅かに後ろに躯を反らして躱される。
斬りつけた刀を素早く翻し、横薙ぎに払う。が、これも空を切る。
俺は意識してスピードを上げる。八双の構えで袈裟に斬り下ろす。これは剣で受け流される。俺は、それからというもの無造作に剣を振るいまくるがすべて受け止められる。
「条件を満たした為
スキル『電光石火』が Lv.3になりました。」
《ただ剣を振るうだけでは我には届かぬぞ。もっと剣に気を込めるのだ》
オルトゥスは、俺の剣を受けながら余裕で助言をする。気を込めたところで、全く当たる気がしない。
幸いというかオルトゥスからは、攻撃をしてこない。ならば、それに甘んじてやるしかないのかも知れないな。俺はあえて足を止めて剣に気を込めるようイメージする。実戦ならこの時点で斬られてるかもしれないほどの無防備な状態だ。しかし、オルトゥスは俺に攻撃をかけてこない。余裕だねホント。
十分に気を込めた気がしたので、再び地面を蹴りあげて間合いを詰める。オルティスに近づく。ここで、今までよりも切りつけるタイミングを遅らせる。間に合うギリギリと思われる瞬間まで溜める。
「うぉりゃ!」
溜めた気を放つイメージで左下から右上に斬り上げる。今までよりも間違いなく早い斬撃だ。俺の持つ剣が淡く青い輝きを纏う。
シュパッ!!
俺の放つ剣は、風を纏い輝きを増す。何かを切り裂いた手応えがある。
「よし! どうだ!」
俺は、手応えを感じながら思わずそう口にしていた。
「条件を満たした為
スキル『疾風迅雷』が Lv.2になりました。」
《なにが、どうなのだ?》
背後から声がする。振り向くと相変わらず剣を片手にだらんと垂れ下げているオルトゥスがそこに立っていた。
「なんで? さっき当たったよね。手応えもあったよ。」
《擦ってもいないな》
「くそっ。何でそんなに早く動けるんだよ。」
まぁ、考えたら元々龍なんだし人外だからな。
「これならどうだ!」
地面を蹴り、オルトゥスめがけて一気に間合いを詰める。その勢いのまま剣を横薙ぎに振るう。俺の持つ剣は再び碧い閃光を放ちながらオルトゥスを襲う。
キンッ!
再び俺の剣は、いとも簡単に弾かれる。
「条件を満たした為
スキル『片手剣士』が Lv.7になりました。」
《まだまだだな。もっと気を込めるのだ》
「気を込めろといわれてもな。さっきからやってるつもりなんだよ!」
俺は、かがんだ状態からオルトゥスめがけて突きを放つ。すると、先程よりも俺の剣は碧い閃光を纏う。自分でも限界の速さを超えている気がする。
「条件を満たした為
スキル『疾風迅雷』が Lv.3になりました。」
《余分な力が入りすぎているな》
オルトゥスは僅かに身をよじりながら剣を躱すと、余裕の面持ちで俺に言う。
「くそっ! これでもダメなのか!」
これ以上早く動ける気がしない。
動ける気がしないから動けないのかも。動けると思えば動けるかも知れないな。魔法はイメージ。動きもイメージできれば何とかなるとか? 異世界だし……。
俺は、オルトゥスの目の前に瞬間移動できるイメージを脳裏に浮かべる。そして、地面を蹴る!
《ぬっ! いつの間に》
目の前にはオルトゥス。剣を上段から振り下ろす。
パシッ!
乾いた音がして、剣が砕け散る。
「条件を満たした為
スキル『瞬間移動』を取得しました。」
「条件を満たした為
スキル『片手剣士』が Lv.8になりました。」
「条件を満たした為
称号『片手剣の達人』を取得しました。」
《我に剣を使わせるとはな。今の縮地は見事であったぞ》
オルティスを見るが、彼女の剣は健在だった。そう。砕けたのは俺の剣だけだ。
《縮地は見事であったが、剣の使い方がまだよくない。もっと剣に気を纏わせることだな。今日のところはここまでとしておこう。もう暫くすると日が暮れる》
夢中になっていて気がつかなかったが、日は随分と西に傾いていた。
「まだまだ、俺はいけるが?」
《お前は大丈夫でも……》
オルトゥスの視線の先をたどると、そこにはシルビアがちょこんと座っていた。
「確かにな。」
このまま夜になれば、気温も下がる。流石にシルビアをそのまま放置しておく訳にはいかない。お腹もすくしな。
「わかった。続きは明日か?」
《そうだな。それまではここの下にあった横穴で過ごすがいい。我は泉に戻るが、入り口からは風が入らないように結界魔法をかけておいてやろう》
「結界魔法で、雨風がしのげるのか?」
《物理的なものも防げようにしておくから大丈夫だ》
「完全に遮断してしまうと、俺たちも出入りできなくなるし、何より火を使うと空気が汚れて危険だ。入り口はそのままで良いよ。」
《そうか?》
「あぁ。ここまであがってくる物好きもそうそういないだろう。それで? どうやって戻るんだ?」
《我が、送ってやる。準備は良いか?》
オルトゥスはそう言うと、右手を挙げた。すると、次の瞬間俺たちは、泉に来る前にいた横穴に戻っていた。
「転移魔法か。便利そうだな。これも覚えたいな。」
見ると、シルビアはキョロキョロ、オロオロしていた。
「シルビアは大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。ヒデオ様こそお疲れではありませんか?」
「あぁ、ちょっと疲れたが大丈夫だ。それじゃ、取りあえず、食事でもとってゆっくりするとしようか。」
「はい。」
俺は『収納倉庫』から薪を取り出すと、ファイヤーで火を付ける。その後、朝のスープの残りを出して、そこにオーク肉の串焼きから肉だけとって入れた。即席のオーク肉スープだ。
それにしても、どうやったらオルトゥスに剣を届かせることができるのかな。まずは今日取得した『瞬間移動』を何とか使い物になるようにしないとだな。食後、俺は独り考え込んでいた。
「ヒデオ様、どちらへ?」
「あぁ、ちょっと気分転換。外に出て明日どうやって戦うか考えてくるよ。」
そう言って横穴から出る。
先程まで、夕陽に赤く染まっていた空は、逢魔が時の薄暗闇にのまれ、次第にその色を無くしていこうとしていた。
明日、日曜日は9時にアップ予定です。




