第59話 聖なる泉の誘い
「シルビア。本当にどこまで行くのか、全く心当たりがないのか?」
俺とシルビアは相変わらず山を登り続けていた。なだらかな登山道だった道が終わってからも随分進んだ。今は結構急なガレ場を登っている。
「本当にどこまで行けば良いのかは知らないんです。でも、なんとなく心当たりがあると言えば、ひとつ……。」
「なに? あるのか?」
「伝承にはあるのですが、私たちが行ったことも見たこともない場所があります。」
「え? それって……。そこはどんなところ?」
「山頂付近に、聖なる泉があると伝承では言われていますが、私たち里の人間は誰ひとりそれを見たことがないんです。」
「なに!? そんなところがあるのか?」
「はい。山頂にはいつも近づくことも出来ないので、確証はないですけど。」
「そういや、そんなこと言ってたな。」
「はい。山頂に近づくと、いつもは凄い嵐が起こって進めなくなるんです。勇者と一緒じゃないと山頂には行けないって言われています。私もここまで登ってきたのは初めてです。」
「てことは?」
「ヒデオ様がいらっしゃるので、今回は行けるのではないかと。今は晴れてますし。」
「シルビア?」
「はい。」
「そう言う事はもっと早くに言ってね。絶対そこだよ。」
「はい。すみません。」
シルビアがちょっとしょげた顔で俯く。
「そこへの詳しい行き方とは分かるの?」
「取りあえず、山頂を目指していけば何とかなるかなと思ってるんですけど。」
「そっか、じゃあ、まずはここを登り切ろう。先に休憩できそうな場所が見えているからそこまで頑張ろう。浮き石に気をつけろよ。足場が崩れるからな。」
「はい。」
歯を食いしばりながらシルビアが答える。もうかれこれ上り始めてから6時間は経過している。時折休憩は入れているが、主に水分補給や塩分補給に当てている。大きな荷物を持っていないだけ楽な登山だとは思うが、さすがにシルビアにはちょっときついようだ。
☆
「やっとだな。しかし、これはどうするかな。」
俺たち2人はようやく山頂が間近に見えるところまで来た。今いる場所は、幅が1mほどの足場で、山をぐるっと一周している感じだ。
だが、ここに来てかなりの問題が発生している。今いるところから山頂まではほぼ垂直な断崖絶壁なのだ。流石にロッククライミング未経験の俺には、アンカーも無しにここを登るのは難しい。それこそ、超越した力を持つ勇者なら先に進めるのかも知れないけど……。
こういう時って必ずと言って良い程、何か仕掛けがあるんだよな。シルビアが勇者と一緒なら泉に行けるって言ってたのが気になる。勇者らしいモノといえば、今のところ俺が持っているのは勇者の証だけ。てことは、勇者の証が鍵になるはずだ。
「シルビア。この岩場の何処かに勇者の証が入りそうな窪みを捜してくれないか?」
「窪みですか?」
「あぁ、そうだ。何らかの仕掛けが施されていると考えるのが妥当だろうからな。」
「はい。分かりました。」
俺とシルビアは、勇者の証が入りそうな窪みを捜す。岩壁とか大きな岩の陰とか、散々捜したが俺には見つけられたかった。暫くしたら、俺とは反対方向を捜していたシルビアが声を上げる。
「ヒデオ様! ちょっと来てください!」
俺は、シルビアの声がする方へ小走りに向かう。するとそこにあった物を見て俺は目を疑った。
『ようこそ聖なる泉へ 入り口はこちら→』
「ヒデオ様。入り口はこちらって書いていますが行ってみますか?」
……マジか。矢印の先には横穴が続いている。
「こんな案内板が出てたら誰でも分かるんじゃないかな。何で今まで誰も行ったことがないんだ?」
「私もこんな案内板があるなんて知らなかったです。でも、この高さまで登って来るのが難しいんじゃないですか? いつもは、雷とか雨とか風が激しいですから。」
どうやらシルビアも知らないらしい。
「ヒデオ様。罠ですかね。」
「いや。ここまで来て、流石にそれはないだろう。じゃぁ、案内通りに行ってみようか。」
「はい。」
俺とシルビアは『聖なる泉』を目指して、案内板通りに進んだ。暫く進むと教会にあった石版のような物がこれ見よがしに鎮座しており、そこにはしっかりと勇者の証が入る窪みがある。
「ヒデオ様。おっしゃっていた窪みってこれじゃないんですか?」
「そうだね。俺のイメージとは随分違うけど。」
もっと分かりにくい場所か、何らかのギミックが施されていると思ったんだけどなぁ。まぁ、苦労しなくて良いから助かるけど。
俺は勇者の証を首から外して、その窪みにはめ込んでみる。すると、辺りが何も見えなくなるほどの目映い真っ白な光に包まれた。
光が収まり周りを見渡すと、そこはまさに山頂であった。俺たち2人は山頂に移動していたのだ。これが転移魔法ってやつなのかな。
山頂と行っても結構な広さがある。そして、目の前には、ちょっと大きめの池があった。ここが聖なる泉で間違いないだろう。
『ようこそ聖なる泉へ』
ちゃんと案内板もあるしな。
「ヒデオ様。やりましたね。私たちついに聖なる泉に着きましたよ!」
シルビアがかなり興奮気味に話しているが、俺は何となくそこまで喜べない。だって、なんだかね。
そんなことを思っていると、泉から凄まじい気配を感じた。慌てて泉を見る。すると、泉の水面が揺らめき、波打ち始めたかと思うと、ザバーッという効果音と共に泉から龍が出てきた。龍はどんどん上に登っていくが躯はまだ泉の中から出続けている。
「でかい!」
「オルトゥス!」
俺とシルビアは各々そう口にした後、龍が出てくるのを呆然と見上げながら立ち尽くしていた。
暫くすると、完全に泉から出てきた龍が空を舞う。
GYAOOOOOOOOOOOOON!!!!
オルトゥスが咆哮する。その咆哮が腹に重く響く。
「これ、どうしたらいいのかな。」
俺はシルビアを見やるが、シルビアも口をぽかんと開けて呆然と立ち尽くしているばかり。
すると、オルトゥスがこちらに向かって飛んでくる。俺の頭上近くまで来たオルトゥスは一体どうやっているのか分からないが、空中で制止した。
《お前が此度の勇者か》
ドスの利いた低い声が頭の中に響く。なんだこれ? 頭に直接話しかけているのか? ふと、シルビアを見ると、キョロキョロと周りを見回している。どうやら、シルビアにもこの声は聞こえているようだ。念話ってやつかな?
「そうだ。俺が召喚された勇者 タダノ ヒデオだ。」
念話でどう返事したら良いのか分からなかったので、とりあえず喋ってみた。
《ここに来るまで時間がかかったな。勇者としての力にはまだそれほど目覚めておらんのか?》
会話が成り立っているようだ。どうやらこの方法で良かったみたいだな。
「まだ、召喚されて日が浅いからな。で、俺に聖剣を与えてくれるのはあんたで良いのか?」
落ち着きを取り戻したシルビアが、オロオロしながら俺に小声で話しかける。
「ヒデオ様、相手はオルトゥスですよ。もうちょっと気をつけた方が良いんじゃないですか?」
「何に気をつけるの?」
「話し方とか、余り失礼の無いようにした方が良いんじゃないですか?」
「大丈夫だよ。」
《聖剣を手に入れられるかどうかはお前次第だ》
「なにか、試練があるのか? 岩に刺さった剣を抜くとか、どっかのダンジョンに飛ばされるとか……」
《我と戦え》
急に何を言うんだろ。こんなでかい龍と戦うなんて無理ゲーにも程があるだろ。
「そんなでかいの相手に、戦えるわけないだろ。」
《心配には及ばん》
そう声が聞こえると、目の前にいたオルトゥスが目映く白く輝き始める。一際激しく輝いたかを思うと光と共にオルトゥスの姿が消えた。
ふと、地上を見てみると、そこには、人影がひとつあったのである。




