第58話 魔法はイメージ
周りに影響があると困るからな。まずは、たき火の周りを囲むようにドーム状の膜をイメージして、それから、その中の空気がなくなるように……。
「ハッ!」
俺はイメージを保ったまま、自分の中にある『気』を一気に放出する。と言っても、あくまでもイメージだけどね。
しかし結果は良好。たき火の炎が一瞬で消えた。
「条件を満たした為
「風」属性を取得しました。」
ん? 「風」属性? これって魔法の属性かな。属性って後付けありなんだ。
「あ! 火が消えちゃいましたよ。失敗ですか?」
シルビアが残念そうに俺に尋ねてくる。
「いや。成功だよ。どうやら俺の考えは当たってたみたいだ。これならファイヤーもできるかもしれないな。」
「本当ですか? すごい! ヒデオ様、じゃぁ、今度はファイヤーやってみてください!」
嬉しそうに興奮した面持ちでシルビアが言う。属性のことは気になるけど、無くても大丈夫だろう。さっきもできたんだし。
俺は、手をかざしながらたき木の周りが高温になるようイメージする。もう既に一部が炭化してるから400℃くらいで良いかな。具体的にイメージできるよう頭の中にメーターを浮かべてみた。温度がだんだん上がるようなイメージ。
「あ! 凄いです。今度は火が付きました。ファイヤー成功ですね!」
今度は、気を打ち込むイメージをする前に炎がついた。
「条件を満たした為
「火」属性を取得しました。」
う〜ん。後付けされる属性って必要なのかな?
「それにしても、何か結構疲れるねこれ。」
「多分、初めてだからだと思いますよ。慣れれば楽にできるようになると思います。それにしてもヒデオ様?」
「ん? なんだ?」
「ヒデオ様は、魔法をかけるのに呪文は詠唱しないんですね。」
「あぁ、そういやシルビアは呪文を唱えてたな。唱えた方が良いのかな。」
「いいえぇ、逆ですよ。無詠唱の方が難しいです。て言うか、無詠唱で魔法をかけられる人って、ほとんどいませんよ。」
「そうなのか。俺の感覚だと呪文なんていらないんだけどな。呪文は何のために必要なんだ?」
「呪文を唱えることで、精霊に力を借りることができるんですよ。」
「精霊がいるのか。」
「はい。私には見えませんけど。」
精霊のことも気になるけど、まずはドライだな。
「さてと、それじゃあいよいよ試してみますか。」
俺はそう言いながら、『収納倉庫』から濡れたままの俺の服を取り出す。入れた時の状況をキープするだけあって、まだ濡れたままだ。流石にこのままだと時間がかかるかも知れないので、軽く絞っておく。
俺は濡れた服を毛布の上に置いて手をかざす。
「イメージだよな。」
そう呟きながら、まずは、周りに薄い膜をつくるイメージ、それから中の空気を抜く……。
すると、ほぼ一瞬で濡れていた服が乾いた。成功だ! このままだときっと冷たくなっているはずなので、温度を上げるイメージ。70℃くらいでいいかな? ついでに風もイメージしておく。ドライヤーだな。風と火の属性を得られたことだし、たぶん大丈夫だろう。
「さ、どうだ? 上手くいったと思うけど。」
俺は、服を手に取ってみる。お! 良いじゃないか。ちゃんと乾いてるし、ちょっとふかふかしてる気がするぞ。俺は乾いた服をシルビアに手渡してみる。
「すご〜い!! ただ乾いただけじゃなくって、すっごくふかふかです。流石ヒデオ様です。こんなドライ見たことないです!」
はち切れんばかりの笑顔で、シルビアがはしゃぐように言う。シルビアに褒められて俺も嬉しくなる。
「これならシルビアの服でやっても大丈夫そうだな。」
そう言って、今度はシルビアの服にオレ流ドライをかける。
「はい。どうぞ。」
「ありがとうございます! 完璧です!」
服を渡されたシルビアは、とっても喜んでくれた。喜びの余り、勢いよく立ち上がったのでシルビアの肩にかけていた毛布がはらりと落ちる。
「きゃっ。」
服を抱えたままシルビアが思わずしゃがむ。
「もう! 見ましたね。ヒデオ様!」
「かわいいから大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃありません! それに、なにが可愛いんですか! 失礼しちゃいます! 着替えるからあっち向いててください。」
「はいはい。」
俺が反対の方を見ている間にシルビアが服を着る。いやぁ、期せずして魔法ができるようになったな。しかも、取得したかった生活魔法。これから色々便利に使えそうで嬉しいな。ハッキリ言って俺的にはもうこれで満足なんだけど。
「ねぇ、シルビア。俺的にはもう満足なんだけどやっぱり上まで行かないといけないのかな。」
「何言ってるんですか。当たり前です。オルトゥスに逢って、ちゃんと聖剣を手に入れないとダメですよ。」
「そっか。仕方がないなぁ。」
そう言いながら俺は外を見てみる。雨は少しずつ弱くなってきているようだ。もう暫くすると止むかも知れないな。
「じゃぁ。雨が止むまで、もう少しここで休憩しておこうか。」
「はい!」
シルビアが元気よく返事する。なんだか上機嫌みたいだ。服も乾いたし、俺も魔法を使えるようになったし。なかなか充実した休憩時間だったな。
俺は満足した気分で『収納倉庫』から、朝、シルビアが煎れてくれた麦湯を出して振る舞う。
これから上に登っていって、いつ着くかも、何があるかもわかんないよな。今のうちに何か食べておいた方が良いかもしれないな。
「シルビア。いっそのこと何か食べておこうか。」
「いいですね。その中には何が入っているんですか?」
「今朝のご飯とか、あと、こっちに来る前に買っておいた串焼きとかもあるよ。」
「串焼き良いですね。私、串焼き食べたいです。」
「了解。ちょっと待っててね。」
俺は『収納倉庫』からアスガルタ広場で買ったオーク肉の串焼きを2本取り出した。
「はい。どうぞ。」
「ありがとうございます! これ、何の肉なんですか?」
「ん? オークだよ。」
俺は肉をほおばりながら答える。
「オークなんですか。私、あんまり食べたことがないんですけど、ちゃんと浄化してるんですか?」
「浄化?」
「はい。魔物の肉はそのまま食べるとお腹を壊しちゃうので、浄化してから食べるんですよ。」
「へぇ〜。俺、結構食べたけどおなかは痛くならなかったから、浄化されてるんじゃないかな。アガルテの市場で買ったヤツだし、大丈夫だと思うよ。で、それさ、やっぱり浄化も魔法なの?」
「はい。浄化魔法って言います。」
「へ〜、それって覚えられるのかな。」
「う〜ん。覚えるのは結構難しいかもです。」
「それはどうして?」
「『浄化魔法』は教会が管理していて、誰でも使えるわけじゃないんです。なので、一般には余り使える人がいないんですよ。」
「そうなのか。確かに、汚れとか取り除くのがいかにも教会っぽいよね。教会かぁ。あ、でも俺も一応女神の加護があるからさ、まんざら無関係じゃないかもしれないよ。」
「あ〜なるほど〜。そうかもしれませんね。」
こうしてシルビアと魔法談議に花を咲かせながら、しばらく時間を過ごした。雨が止んだのはそれから小一時間程経ったころであろうか。
「シルビア。雨が止んだみたいだよ。」
「本当ですね。あ! 見てください。虹ですよ。」
「お、本当だ。何か良いことあるかな。」
「聖なる山に登って晴れることなんて、今までなかったことですから、既に良いことが起こってるのかも知れませんよ。」
雨後の空には虹が綺麗に架かっていた。俺とシルビアはその景色をゆっくりと楽しむこともなく、先を急いで歩き出すのであった。




