第57話 聖なる山にて
俺とシルビアは聖なる山を登っていた。山を登ると言っても本格的な登山ではない。なだらかな登山路のような道があり、どちらかというと、ピクニック的な雰囲気さえ感じられる。途中からは険しくなるそうだが、しばらくはこんな感じの道が続くらしい。それにしても……。
「ヒデオさま〜。ちょっと休みましょうよ〜。」
「またか? これで何回目なんだ? シルビアはちゃんと鍛えてたのか?」
シルビアに請われてしかたなく休憩する。出発してだいたい2時間余りだろうか。これまでに既に3回休憩している。30分ごとに休憩している計算になる。そして、今、4回目の休憩中だ。
俺は、『収納倉庫』からよく冷えた水をだしてシルビアに渡す。
「ヒデオ様のこれすっごい便利ですよね。いつでもこんなに冷たくて美味しいお水が飲めるなんて夢みたいです。」
「あのな、シルビアちゃんよ。こんな調子で一体いつになったら目的の場所に着くんだ?」
「さぁ、わからないです。」
「分からないですじゃないでしょうに。」
「だって、目的地が分からないんだから、いつ着くのなんて分かるわけないじゃないですか。だから、のんびりと行けば良いんですよ。」
「そうかぁ? そう言う訳にもいかないんじゃないかな。」
「え? なんでですか?」
「だって……。」
俺は両手の平を上に向けながら空を見上げる。
今にも泣き出しそうな空模様だ。雲もだんだんと厚く黒くなってきている。山の天気は変わりやすい。ちょっと急いだ方が良いだろうな。
「ほんとうだ。いつものが始まった。」
「いつもの?」
「聖なる山は、誰かが頂上目指して登り始めると、いつも嵐のように天候が荒れるんです。」
「だったら、先を急ごうか。」
「はい。」
シルビアは、コップに残っていた果実水を一気に飲み干すと、俺に手渡した。
俺とシルビアは、再び上を目指して山を登り始める。道もだんだんと険しくなってくる。周りの景色もだんだんと木々が減っていき、岩肌の露出が多くなってきている。暫くすると、雨がパラパラと音を立て始めた。
「シルビア。急ぐぞ。」
俺とシルビアは、岩場の影を目指して駆け出す。それを待ってたかのように、雨音は叩きつけるような激しい音になる。
「きゃー。凄い雨ですよー。」
「シルビア、あそこに横穴がある。あそこまで走るぞ。」
俺とシルビアは、岩場の横穴に入り、暫しの間雨を凌ぐことにした。
「いやぁ、びっしょびしょだな。このままだと風邪引いちゃうな、着替えなきゃ。」
「ヒデオ様、例の倉庫に薪とかは入ってませんか?」
「あるよ。今朝、念のために入れといたんだ。他にも色々入れといたから、食料とか毛布もあるよ。」
俺は、『収納倉庫』から薪を取り出して地面に置く。
「ちょっと待っててくださいね。」
シルビアは、薪に向かって手を掲げて何やら呪文を唱える。ボッと言う音と共に薪に火が付く。
「おぉ、凄いな魔法か?」
「はい。ファイヤーですよ。」
火がついた薪は、パチパチと音を立てて炎を上げている。手をかざすととても温かい。炎を見ていると安心できる。人の本能に訴えるものがあるんだろうな。
「くしゅん。」
シルビアがくしゃみをする。よく見るとシルビアの着ていた服はびしょびしょのままだ。俺は持ってきた新しい服に着替えられるが、流石にシルビアの着替えまでは持ってないからな。
「シルビア。これをかぶっとけ。」
俺は、『収納倉庫』から毛布を取り出してシルビアに渡す。異世界では、毛布も高級品みたいだったけど、買っといて良かったよ。
雨は激しくなる一方で、一向に止む気配もない。それにしても、これからどうするかな。いかんせん目的地が分からないって言うのがきついよなぁ。シルビアも何か心当たりはないのかな。取りあえず山頂を目指すって事で良いのかな。服を着替え終えた俺は、シルビアに聞いてみようと振り返る。
「シルビアあのさ……って、おい! 何で服着てないんだよ。」
見るとシルビアは服を脱いでたき火に当たっていた。もちろん毛布は掛けているが、俺から見るとほぼ丸見えだ。
「だって、服濡れているから乾かさないといけないし。」
そう言いながら、シルビアは毛布をしっかりとかぶり直す。
「そりゃそうだけど……。服を乾かす魔法とかってないのか?」
「ありますよ。ドライって魔法がそうです。」
「じゃあ、それ使えば良いんじゃないのか?」
「私、ドライの魔法は苦手なんですよ。」
「そうなのか。ところで、魔法ってどうやったら身につけられるんだ? 魔法学校みたいなのがあるのか?」
「魔法学校なら王都にありますよ。学校や魔法教室に行って覚える人もいますが、それは貴族や裕福な商家の出の人たちで、一般的には見て覚えるって感じですかね。」
「見て覚える? そんなんで覚えられるのか?」
「私も長老様や里の人たちの魔法を見て覚えましたよ。呪文も聞いて覚えました。」
「何かコツでもあるのか?」
「魔法で起こそうとしている現象の過程や結果をイメージする力が鍵になるって教わりました。」
「う〜ん。いまいちピンと来ないなぁ。まぁ俺は未だにMPが0だから……。」
あれ? そういやゴブリン退治の時にレベルが上がってたよな。俺、その後ステータス確認してないぞ? ちょっと、確認してみよ。
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タダノ ヒデオ
♂ 17才
種族:人族
職業:勇者(武道家)
ランク:E
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レベル:7
HP 64/64
MP 40/40
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加護:超美少女女神アストレア
称号:異世界人・召喚勇者
属性:なし
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【スキル】【アイテム】
【設定】
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おぉ−!! なんだよ。MPあがってるじゃん。しかも40だって。これなら魔法覚えられるんじゃないのか?
「なぁ、シルビア。俺でも魔法は使えるかな。」
「え? ヒデオ様はMPはいくつなんですか?」
「確認したら40あった。」
「へぇ〜。流石は勇者様ですね。ご自分で確認できるんですね。」
「あんまり人には言わないでね。」
「はい。もちろんです。40もあるなら、練習すれば使えるようになると思いますよ。私でもできるようになったんですから、ヒデオ様もきっかけさえあれば使えるようになりますよ。でも、まだ何も覚えてないんですよね。」
「あぁ。今の今までMPが0だと思い込んでたからな。」
「折角だから何か練習してみますか?」
「そうだな。折角だからドライを試してみたいな。」
「ドライですか? ドライって意外と難しいんですよ。調整間違えるとファイヤーになって燃えちゃうんです。最初に覚えるのはファイヤーが良いって言われてますけど?」
「なるほど、それでシルビアはドライを身につけられてないのか。燃やしちゃうんだな。」
「へへへへ……。」
シルビアは、頭を掻きながらテヘペロする。
ん? ちょっと待てよ。さっきシルビアは魔法の過程と結果をイメージする力が鍵だっていってたな。で、シルビアはドライをかけようとすると燃やしてしまう。それって、『ドライ』つまり『蒸発』のメカニズムを理解してないからなんじゃないか? 熱くして蒸発させようとして温度調整が上手くいかないから燃える。ファイヤーを覚えているからどうしてもそっちのイメージに引っ張られてるんじゃ……。
「なんか、ちょっと分かったかも知れない。」
「え〜? 本当ですか? ドライができるんですか?」
「あぁ、その前にちょっと試してみたいことがあるんだけどいいかな。」
そう言うと、俺はたき火の前に立って両手をたき火に向ける。
「ヒデオ様、寒かったんですか?」
「いやいや。そうじゃないよ。ちょっと試してみたいことがあるんだ。これが成功するようだったら多分ドライもできる気がするんだよな。」
「本当ですか? じゃあ、私の服も乾かせますね。」
「シルビアちゃんの服で試して失敗したら最悪だから、できそうでもまず、俺のでやってみるよ。でもその前に。」
そう言って、俺はたき火に向き直りイメージを高める。
俺の考えが合ってたら、これで魔法が使えるかも知れないな。




