第55話 聖騎士の想い
「私は、もっと強くなりたいのだ。そのためには強者と戦うのが一番だと思っている。」
サラが真剣な面持ちで言う。その表情は、あの残念美少女のものとは思えない。
「しかし、あなたより強い者など、そうそういないでしょう。」
マールスがサラに尋ねる。
「あぁ、ここベルグランデ王国には皆無と言ってもいいかもしれんな。隣国のアルデスにも勇者がいるが、私は国外に出ることが難しい。なかなか、仕合う機会を得ることはできん。」
「なるほど、それでヒデオ殿との仕合を所望するのか。しかし、クルース殿は強すぎるのではないかな。悪いがヒデオ殿では相手にならんと思うのだが。」
なに? サラってそんなに強いのか。王都の聖騎士がどれくらいの実力なのかは分からないけど、ベルグランデ王国で一番強いって事か? それにしても、マーカスさん、多分事実なんだろうけど、ちょっとはオブラートに包んでくれないと傷ついちゃうよ俺。
「それは、やってみなければ分からないのではないか? 召喚勇者殿もそう思うだろ?」
サラはそう言うと、俺の顔を鋭い眼差しで視る。
「強者にしか感じられない何かがあると言うことかな。と、言うことだが、ヒデオ殿はどうだ?」
「へ? どうだと言われてもな。俺は戦う気はさらさらないぞ。だって危ないじゃないか。そんな強いヤツとやるなんて。だって、この国で一番強いって事なんだろ?」
「大丈夫だ。殺すようなことはしない。」
「いや、当たり前だわ。殺されてはたまらん。てか、そこのところが一番信用できないし。」
「なに! 私を疑うのか?」
今までの行動を見てたら、疑問だらけなんですけど……。
「武器は刃を潰した刃引きの剣を使えば良い。まずは其方の力を見てみたい。決して傷つけるようなまねはしないと約束する。」
その約束が信用できないんだけどなぁ。何せ、残念可憐美少女だからな。しかし、この娘のことだ、俺が手合わせに応じるまでしつこく付き纏うんだろうなぁ。面倒だけど、仕方がないのかなぁ。
「しょうがないな。じゃぁちょっとだけだぞ。」
「そうか。有りがたい。恩に着るぞ。」
それにしてもこの娘、『残念可憐美少女』だと思ってたけど『残念熱血可憐美少女』だったのね。俺の中の君への称号が長すぎるよ。
結局、俺はベルグランデ王国の聖騎士サラと、仕合をすることになった。安全面に考慮して使用する武器は、サラの提案した刃引きの剣を使用することになった。といっても、当たるとそれなりに痛いし怪我もする。怪我しないと良いな。
☆
マールスがどこからか、2本の刃引きの剣を持ってきた。聞くと、マールスがシルビアに稽古を付けるために用意している物だと言う。その剣が、俺とサラに渡される。俺はその剣を片手で振ってみる。片手で振るのにちょうど良い重さだな。シルビアも使っているって事だから、軽めに造られているのかも知れないな。
俺とサラが対峙する。流石は王国一の聖騎士である。その構えには隙が無い。そればかりか、こちらから踏み出す気になれないほどの気を発しているのを感じる。そもそも俺は剣ではなく、体術を得意とするからな。実力差は明らかだし、こちらから仕掛けるのは悪手だろう。サラが攻めてきたところを何とかするのが最善手だろうな。そんなことを考えていると、マーカスが合図をする。
「始め!」
刹那、サラが踏み込んでくる。速い! 速すぎる。一瞬で間合いを詰めてきたサラが剣を振り下ろす。見えない! 体術で対処するつもりだった俺は、そんな余裕もなくその剣を感覚だけで何とかはじいて受け流す。
なんだこの速さは! 全く躯に触れられる気がしないぞ。打ち込まれた剣を流しただけなのに、剣を持つ手がしびれている。なんて重い太刀なんだ。
「ほほう。我が初太刀を防ぐとはな。流石は、召喚勇者といったところだな。」
サラが、不敵な笑みを浮かべてそう言う。ギリギリの俺と違って、サラは余裕綽々のようだ。
俺は、ひとつ大きく呼吸するとサラを見やり、左足を踏み出し八相の構えをとる。
長引かせても勝ち目はない。ここは、一発勝負で行くことにした。
俺は間合いをとりながら、サラを凝視する。俺にとっては十分な間合いのつもりだが、サラにとっては一瞬で詰めることが出来る距離だろう。俺は、サラが撃ってくるタイミングを計るため、彼女の呼吸を感じ取る。
サラが息を吸う……吐く……吸う、クッと呼吸が途切れたその瞬間、サラが一瞬で間合いを詰めるほどに踏み込み、斬檄を放つ。俺は、それを受ける形で袈裟斬りを放つ。が、間に合わない。そう思ったその時、サラが一瞬止まったように感じた。訳がわからないがこの機会を逃す手はない。俺は、渾身の力で剣を振り抜く。
ガキッ!! 鈍い音と共にサラの剣と俺の剣がぶつかる。俺は、勢いそのままに剣を振り抜く。
俺の持つ剣が淡く碧い輝きを纏ったと思うと、まるで氷で造られた剣のように木っ端微塵に砕け散った。俺の剣もサラの剣も、既にその刃は跡形もない。
「条件を満たした為
スキル『電光石火』が Lv.2になりました。」
「条件を満たした為
スキル『武器破壊』を取得しました。」
相変わらず、この天声ってやつは空気を読まないな。
「そこまで!」
マールスが終わりの合図を告げる。
ふぅっと、サラが大きく息を吐き出す。
「流石は召喚勇者だな。いつもの武器ではないとはいえ、私の剣をこうも見事に砕くとはな。」
「まぐれだよ。」
「謙遜を。それにしても、最後の動きは何だ? 私の感覚ではあの一撃は入っていたはずなんだがな。」
「さぁ、俺にも分からないな。なんせ、まだ勇者初めて十日くらいだからな。」
サラが疑いの眼差しで視てくる。いや、本当に分からないんだよな。一番驚いているのは俺だと思うぞ。
「ふむ。今後が楽しみだな。次に機会があればまた仕合って貰えるだろうか。」
「気が向けばな。俺は剣がそんなに得意ではないからな。」
「私も強くありたいが、其方も強くあらねばならぬだろう?」
「そうかもしれないな。」
「ならば、私と仕合うことが一番の近道だぞ。」
「ん〜。まぁ、考えとくよ。」
「来たる時のためにも、其方には強くあってもらいたいのだ。」
「来たる時?」
「いずれ分かる。」
「なんだそれ。意味深だな。」
サラは俺の言葉に返答することなく、ただ笑みを浮かべていた。
「2人とも疲れたろう。取りあえず中に入って一休みしないか?」
「そうだな。」
サラはそう返事をすると、マールスと家の中へと向かっていった。俺もそれに続こうと足を出そうとした時
「グヘッ!」
背中に予想だにしなかった衝撃を受けて、思わずうめき声を出してしまった。
「ヒデオ様! 凄いです!! かっこよかったです!」
いやいやシルビアちゃん、今の一撃の方が効いたから。
俺は、きゃぴきゃぴと纏わり付いてくるシルビアをいなしながら、マールスとサラの後を追って家の中へと向かうのであった。




