第50話 交通手段
コンコン
俺は、部屋のドアをノックする音で目が覚めた。
痛っ……頭がズキズキする。昨日は調子に乗って飲み過ぎたな。それにしても異世界にきて大勢の人と楽しく食事したのは初めてだな。ああいうのも良いよね。なんだか、非日常って感じで、それこそ異世界にきた雰囲気を感じることができるよね。
「条件を満たした為
スキル『解毒作用』を取得しました。」
あ〜、アルコール分解したからな。
まだ頭がボーッとした状態で、ベッドからなかなか起き上がれないでいると、ガチャッと音がしてドアが開いた。
あ、そういや誰か来てたんだ。そう思って入り口を見ると、店の娘、もといエマちゃんだった。
「エマちゃん。おはよう。どうしたの?」
「おはようございます。ヒデオさん。あの、お客さんが来られてますよ。」
「客? だれだろ。てかエマちゃんよく俺の名前分かったね。」
「え〜。昨日ご自分で言ってましたよ。『俺は、ただのヒデオだ〜!』って。だから、名字が無いただのヒデオさんなんだなって思ってましたけど、違うんですか?」
「いや。だいたいあってるからそれでいいや。そういや、お客さんだったよね。着替えたら下に行くからちょっと待ってもらってて。」
「はい。」
そう言うと、エマちゃんはドアを閉めてパタパタと1階へと降りていった。
☆
俺が着替えて、1階の食堂に降りていくとそこにはリナがいた。
「あ、リナ。おはよう。どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ。それはこっちの台詞よ。」
「あぁ、それにしてもよくここが分かったな。とりあえず、立ち話も何だからさ。座ろうか。」
俺は、リナに食堂の端の方のテーブルを指さして座るよう促す。テーブルに着くと、エマちゃんを呼んでなにか適当な飲み物を持ってくるように頼む。注文を終えて、エマちゃんが立ち去るのを見計らってリサが口を開く。
「ビックリしたわよ。要塞城に行ったら、もうあなたはいないって言うじゃない? そんなこと聞いてなかったし。それで、ジェームズさんに聞きに行ったらここじゃないかって教えてくれたのよ。」
「良くジェームズに聞きに行ったな。」
「だって、あそこであなたの行き先が分かりそうな人って、彼くらいしかいないでしょ。」
「確かにね。流石リナ。頭良いね。」
「そんなことより急にどうしたの?」
「別に、俺が急に出て行くって言ったわけじゃないよ。公爵にアガルテに残れって言われてね。断ったら今すぐ出て行けって言われたのさ。」
「あぁ、そう言う事、公爵らしいやり方ね。それにしても、連絡位してくれたって良いのに。」
「ごめんごめん。思わなかったわけじゃないけど、夜も遅かったしね。今日にでも、リナの所に行こうと思ってたんだよ。本当だよ。」
疑いのまなざしで見るリナに、俺は少し焦りを感じながらそう言った。
そこへエマちゃんが、マグカップのような木の容器に入った飲み物を持て来てくれた。手に持つととてもよく冷えている。
「エマちゃんありがとう。これはなぁに?」
「これは、果実水です。数種類の果実やハーブを水につけておいた物を生活魔法で冷やしたんです。」
「へぇ。」
と、良いながら一口飲んでみる。
「美味い! これは美味いなぁ。爽やかな香りがとても良いよ。ありがとうエマちゃん。」
そう言うと、エマちゃんはにっこりと微笑見ながら軽く会釈してテーブルを離れた。
「ヒデオは、女の子に優しいのね。部屋付きのメイドもヒデオ様によろしくって言ってたわよ? メイドがわざわざ私に声をかけるなんて、何かあったのかな?」
「え? な、なにかな、それ……。」
「まぁいいわ。で? これからどうするの?」
「あぁ、今日の昼にでもここを立って、ソリスの里に行こうと思っている。あそこを急に出てから何の連絡もしてないからね。一度は挨拶に行こうと思って。」
「そう。でも、ソリスの里までそこそこ距離があるわよ。移動はどうするの?」
「馬で行けば大丈夫だろ。スキルがあるから結構早く着くと思うぞ。」
「そう。で、馬のあてはあるの?」
「ん?」
「ん? じゃなくて、馬は用意してるの?」
「あぁ、そういや俺、馬持ってないな。今まで普通に使わせてもらってたから忘れてたよ。」
「もう。ヒデオらしいわね。どうするの?」
「どうしようかな。」
「ソリスの里には定期便の馬車も出てないし、馬なしで行くとしたら歩くしかないわよ。」
「え? マジか。確かここから120kmくらいだっけ。歩いたんでは1日じゃ無理っぽいな。」
「そうね。まぁ、あなたなら何とかしてしまうかも知れないけど……。あぁ、城郭の正門あたりに行くと街道が近いからいろいろキャラバンの馬車とかあるわ。その中にはひょっとしたらソリス行きの馬車も見つかるかもしれないわよ。」
「ほんとか?」
「う〜ん。でも、やっぱ無いかもね。」
「どっちなんだよ。」
「だって、ソリスの里に行こうなんて人、ほとんどいないんだもん。」
「そういう所なのか?」
「そういう所なの。だって聖なるレア・シルウィアの森の守人一族の里でしょ? しかも、森には結界が貼られていて普通の人では入れないし、わざわざそんなところに行く人はほとんどいないわよね。」
「そうか。となると自前で馬を用意する方が早いって事なんだな。」
「え〜? でもあなた、そんなお金持ってないでしょ?」
「馬って高いのか?」
「そうね。安くても100万アウルムからってとこかしら?」
「マジか! そりゃ高いな。」
「地球の車やバイクだと思えばそんなもんでしょ。」
「まぁ、確かにそう言われればそうだなぁ。どうしたもんかなぁ。」
「私の馬車を貸してあげたいところだけど、実は私もこれから王都へ行かないと行けないのよね。」
「え? もう王都に発つのか?」
「違うわよ。まぁ、王都に行くのはそうなんだけど、事前の準備には現地に行かないといけないことだってあるのよ。」
「そりゃそうだな。」
「だから、入れ違いになったら嫌だと思ってヒデオの所に来たのよ。」
「あぁ、そっか。それはありがとう。てことは、暫く会えなくなるんだな。」
「仕方がないわね。王都ではまた会えるわよ。」
「そうだな。でも、ちょっと寂しくなるな。」
「もう、しょうがないわね。甘えん坊の勇者様♡」
そう言いながら、リサが頬にキスをしてきた。
「さて、私はもうそろそろ行かないと。」
「もう? そっか。手間とらせて悪かったな。逢いに来てくれて嬉しかったよ。」
「ふふふ。私も逢えて良かったわ。で、取りあえずどうすることにするの?」
「あぁ、取りあえず城郭の正門の方へ行ってみるよ。ひょっとすると何かあるかもしれないし。無かったら無かったでその時考えれば良いからな。」
「わかったわ。それじゃあ気をつけてね。」
「あぁ。リナもな。」
そう言って、ハグをした後リナは店を出て行った。俺は暫くどうしようかと果実水をちびちびと飲みながら考えていた。
「とても可愛らしい女ですね。」
不意にかけられた声にびくっとなりながら振り返ると、お盆らしき物を持ったエマちゃんが立っていた。
「あ、あぁそうだね。」
「恋人さんですか?」
「あぁ、恋人というかそうでないというか……。」
「随分仲よさそうでしたよね。」
「そうかな。不快な思いさせちゃったかな?」
「いいえ。別に。」
そう言うと、エマちゃんはリナの飲みかけの果実水をお盆にのせて下げるのであった。なぜかプンスカしながら。
「何か機嫌悪そうだな。女の子の日なのかな?」
そんな見当違いなことを考えるヒデオであった。




