第48話 銀の匙
今、俺は要塞城を出てアスガルタ広場に立っている。ゴブリン退治の報酬をもらい忘れたことを悔やんだが、今すぐ金に困るわけでもないので早々にあきらめることにした。もう一度要塞城に戻って「報酬頂戴。」とは言えないのだ。意外と俺は気が小さいのだ。
「そういや、今日は朝食べてから何も口にしてないぞ。」
それに気がついたら急に腹が減ってきた。グ〜〜〜。腹の虫が鳴る。ジェームズが美味い料理を出すって言ってた銀の匙ってとこにでも行ってみようかな。
俺はさっそく地図機能を使ってみる。『銀の匙の場所』ってイメージする。
「条件を満たした為
スキル『地図探索』を取得しました。」
「おー! 地図検索ゲット!」
すると、赤いピンが一カ所に立った。きっとここだな。目的地の表示だけではなく、そこまでの道順と移動に必要な時間も表記されている。
いやぁ。これめっちゃ便利じゃん。まさに、グルグルマップだな。
地図機能のお陰で俺は迷うことなく『銀の匙にたどり着くことができた。
『銀の匙はアガルテの中でも一般的な市民が暮らす区域にあった。
石造りの3階建ての建物は、赤い屋根がとても印象的だ。壁からつり出した小さな看板には銀の匙と書かれている。ベルグランデ語は読むのも問題ないみたいだ。
なかなか、良さそうな店だ。俺は扉を開けて店に入る。
「いらっしゃ〜い!」
元気な女の子の声が俺を迎え入れてくれた。店の奥には厨房があり、ほぼ真ん中には大きなテーブル席がある。その周りを6〜8人がけのテーブル席が6つほど囲んでいる。ちょうど夕食時なのもあってか、かなりの盛況である。俺は、空いていた端の方のテーブルに座る。
「いらっしゃい。お客さん余り見ない顔ね。旅の人?」
おー。テンプレな会話だ。と、独り感動していると、女の子が変なヤツを見る目でまじまじと俺を見てくる。あ、不審者判定されたら面倒だな。
「旅というか仕事で来てたんだけど、もう帰るんだよ。それで銀の匙がお勧めだって聞いたから寄ってみたんだ。」
「あら。そうなの! それはありがとう。うれしいわ。それにしても、誰かしら?」
「ん? 薦めてくれた人かい? ジェームズさんだよ。アルファー騎士団の。」
「え? あなた団長様の知り合いなの? じゃあ、サービスしないとね♡ で、何にする?」
「腹が減ってるんだ。こっちのことよく分からないからお任せするよ。おすすめ料理を持ってきて。」
「あら。結構遠いところからきたのかしら?」
「そうだね。結構遠いね。」
「まぁ、アガルテ自体大陸の端にあるからね。どこからでも遠いか。アハハハハハハ。」
そう言うと、女の子は笑いながら厨房の方へなにやらオーダーをかけに言った。
「お客さん! エールは飲むでしょ?」
少女が厨房前から大きな声で聞く。
「あぁ! お願いするよ!」
俺も結構大きな声で返事した。
俺はそれとなく周りを眺める。やっぱり冒険者風の人が多いな。要塞都市だもんな。それにしてもなんか、ここに来たのが随分前のような気がするな。実際一週間くらいしかたってないのにな。そんな、とりとめも無いことを考えながら待っていると、先程の店の娘が木の器に入った料理を持ってきてくれた。
彼女が持ってきたのは、【オーク肉のシチュー】【ラスタ豆の煮物】【地元野菜のサラダ】【イル麦パン】【エール】だそうだ。ここでもオーク肉か。それにしても良い匂いがする、美味そうだ。
俺は、早速シチューを口にする。
濃厚なコクがあるがそれが後を引かない。すっと喉を通って胃に収まる。一緒に煮込まれている根菜類もほどよい柔らかさだ。臭み消しに使っているのだろうか、仄かなハーブの香りが食欲をそそる。
「美味い!」
「でしょ? うちの自慢の料理なんだよ。」
配膳したあと暫く俺の様子をうかがっていた店の娘が言う。
「お父さんの料理はアガルテで一番なんだから。」
あぁ、ここの店の娘なんだな。
「そうだ。ここは宿もやってるって聞いたんだけどな。」
「えぇ。やってるわよ。お客さん泊まりたいの?」
「あぁ、出来ればお願いしたいんだけどな。」
「そう。確か今なら空きはあったはずだわ。ちょっと確認してくるわね。」
そう言いながら、店のカウンターに言ってなにやら帳簿を見ている。
「一番小さな1人部屋で良ければ空いているわ。」
「あぁ。それで良いよ。お願いする。」
「そう、本当は宿は前金なんだけど団長様のお知り合いだから、食事の後に一緒で良いわ。晩ご飯と朝ご飯が付いて1泊大銀貨1枚よ。その食事は料金の中に入れておくわね。」
「え? いいのか?」
「団長様のお知り合いなんですもの。サービスよ。」
そう言うと、にこっとした笑顔を俺に向ける。かわいい娘だな。年の頃は14.5才ってところかな。金髪のショートヘアが似合う活発そうな娘だ。看板娘なんだろうだな。
「じゃぁ。ごゆっくりね。」
そう言葉を残して、女の子は仕事へと戻っていった。
いやぁ。それにしてもこのシチューは美味いな。オーク肉も侮れないな。パンは相変わらず固いけど。
俺が独りで食事をしていると、1人の男が俺の向かいに座ってきた。
「兄さん、邪魔するよ。相席良いか?」
そう言ってきた彼は、ボガードと名乗った。冒険者のようだ。彼は、ワイルドボアの串焼きとエールを頼んでいた。出てきたのは、先日俺が食べたオーク肉の串焼きとよく似ている。俺が、まじまじと見ていたのが気になったのか、ボガードが「ん?」って感じで俺を見る。
「どうしたい。ワイルドボアの串焼きがそんなに珍しいか?」
「あ、すいません。気に障ったのなら謝ります。ただ、ワイルドボアは食べたことがなくって。」
「え? ワイルドボアを食べたことがないって? あんた一体どこの田舎から出てきたんだよ。てか田舎の方がワイルドボアはいるんじゃないのか? それよりもさ、見られているとちと気になって食いづれえよ。」
「あ、すいません。どうぞ、気にせず食べてください。」
「ったくよう。ほれ。」
そういって、ボガードは、串に刺さった肉の一片を俺の皿に入れてくれた。」
「食えよ。食ったことないんだろ? 良いから食ってみろよ。」
「ホントですか? ありがとうございます。じゃぁ遠慮無く。いやぁ嬉しいなぁ。」
俺はそう言うと、ワイルドボアの肉を口に入れた。
なるほど、オーク肉に比べると噛み応えがあるな。筋さえ気にしなければ、肉の味がこっちの方がしっかりと感じることが出来る。これも、臭み消しのハーブが良い感じに効いているし、塩加減が絶妙だな。
「美味いです!」
「だろ? ここの店のワイルドボアは絶品だぜ。噛み応えがあるけどな。それよりおまえが食っているのはなんだ?」
「えーっと。オーク肉のシチューです。」
「おいおい、マジかよ! 高級品じゃねえか。さては、おめえ、どこぞのボンボンだな。なんだよ。肉やって損した気分だよ。」
「そんなことはないですよ。お薦め料理くださいって言ったらこれが出てきたんですよ。」
「まあ、確かにお薦めっちゃ、お薦めだけどさ、そこそこ値が張るぜそれ。」
「え〜、そうなんですか? あ、よかったらどうぞ。食べかけですけど。」
「お? いいのか? 悪いな。じゃあ遠慮無く。」
そう言ってボガードは残っていたオーク肉のシチューをバクバクと食べ出した。その時だった。
「痛えじゃねえか! てめぇ! 何しやがるんだよ!」
入り口の方から男の怒声が聞こえた。俺がそちらを見やると、そこには少し小太りの冒険者風の男が1人と、この場所には場違いとも言える、露出度高めの軽量の鎧を身につけた可憐な少女が1人立っていた。
いやぁ。あの娘かなりの美少女じゃないか? 金髪サラサラロングヘアーに青い目、すらっとした長い足、キュッとくびれた腰のスレンダーボディーにFカップはあろうかという均整のとれた美乳。まさに可憐美少女だ。めちゃくちゃ好みのタイプなんだけど。
暫く俺は、その娘に見惚れながら事の行く末をなんとなしに眺めていたのだった。




