第98話 勇者として
そこにいたのはもうクレイニアスではなかった。
試合の時よりも更に筋肉が隆起して躰も大きくなっている。
見た目はまるでオーガのようだ。
もう別の生き物と言った方が良い。
「なんだ? あれは?」
「魔物じゃないのか?」
「おい! 魔物がいるぞー!」
観客もこの騒ぎに気付き始めた。まずい、このままだとパニックになる。
《ソフィア! クレイニアスが異形の生物に変化した! 観客がパニックにならないように何とか避難誘導を手伝ってくれ。》
《わかりました。主様。》
そう言うと、ソフィアは観客席の方へ跳んでいく。
警備の兵士たちも避難誘導に動き出す。
「くそっ! 何がどうなっている!」
「ヒデオ!」
振り向くとそこにはサラがいた。
「どうなっている?」
「俺にも分からん。さっきまでは普通にマイクと話していたんだが……。」
そう言いながら俺は周りを見渡す。
「マイク! そうだ! マイクはどこに行った!」
「マイク? 誰だそれは。」
「クレイニアスの見習い騎士だよ!」
「何を言っているんだ。クレイニアスに見習い騎士など付いていないぞ。あやつはそもそもそんな立場ではないはずだ。」
「なに! それじゃぁ一体アイツは……!」
嫌な予感しかしない俺は、ステータスウインドウを開き地図を表示させる。
マイクに付けていたマーカーは、既に地図の表示範囲から出たのか見当たらない。
「クソッ! あいつだ! マイクだ!」
俺は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら吐き捨てるように言う。
マイクが何らかの策略に関わっていることは明白だった。それを、1,2度見ただけでマイクを人の良い奴と勝手に判断して、無理矢理関わらされているものだと思い込んでいた。俺は、普段から横暴な振る舞いをしているクレイニアスを黒幕だと思っていた。
クレイニアスを除するのは試合が終わってからで良いと考えたのも、俺の傲慢さの表れだ。
「これは、この今の状態は俺のせいだ……。」
「何があった?」
珍しくサラが心配そうに俺の顔を覗き込むように言う。
「マイクがクレイニアスに何かを飲ませていた。ポーションと言っていたが……。」
「そうか。どうやらただのポーションではなさそうだな。」
「そうだな。そのポーションが原因でああなってんだろうからな。」
「ヒデオ。兎に角クレイニアスを何とかしよう。」
「わかった。」
俺とサラは、クレイニアスの所へ向かう。
「グギュワギューウジャガ」
もう既に、何を話しているのさえ分からないような状態だ。
俺は、持っていた剣を収納倉庫に仕舞い、青龍の剣を取り出す。
「後ろに避難を!」
そう言って出てきたのは警備兵たちだ。
「無理だ! やられるぞ!」
俺は叫ぶが、警備兵たちは次々にクレイニアスの周りに集まってくる。包囲する作戦のようだ。
30人程の警備兵がクレイニアスを囲む。
「かかれ!」
隊長らしき兵士の掛け声で、一斉に警備兵たちがクレイニアスに飛びかかる。
「ズゲツガァ!」
クレイニアスが両腕を大きく振り回すと、周りにいた警備兵たちを蹴散らす。
「うわぁっ!」
「ぎゃぁ!」
悲鳴を上げながら、警備兵たちが次々に吹き飛ばされていく。
いわんこっちゃない! 俺は青龍の剣を構える。
警備兵をあらかた蹴散らしたクレイニアスは、俺とサラを見やる。
「グザルグゥァ−」
何か言いながら、クレイニアスが右手を振るう。
すると手から火球が放たれた。
「な!」
俺は、飛んできた火の玉をよける。
ズカァァーン!
火球が直撃して、試合場は半壊してしまった。
「なんだこいつ魔法も使えるのか?」
避けた俺を目掛けて再び火球が飛んでくる。
早い! こいつには詠唱が必要ないのか?
飛んできた火球を再び避ける。
直径30cm程の火球が、俺の躰すれすれを通っていく。
ドガーーン!
大きな音に振り向くと、俺が避けたせいで火球が観客席に直撃したようだ。幸い、観客は避難していたので人的被害はないようだが、観客席がボロボロに壊れている。
すると、クレイニアスが大きく上に跳び上がる。
「くそっ! ファイアーボール!」
俺は、瞬間的にファイアーボールを撃ち込む。
ズガガガーーン!!
しかし、クレイニアスはそれをいとも簡単に避ける。
そして、あろうことか、クレイニアスに避けられた俺のファイアーボールは、そのまま後ろの観客席に直撃してしまった。
「くそっ!」
俺は、縮地を使ってクレイニアスの直ぐ傍まで跳び上がると、横なぎに斬る。
ズシャッ!
一撃でクレイニアスが両断される。
「瞬殺だな。」
呆れ半分でサラがそう呟いたが、次の瞬間、俺は目を疑った。
切り離されたはずのクレイニアスの傷が、見る見るふさがっていったのだ。
そう言えば、試合中もHPが復活してたよな。自動的に復活するのかよ。
ありかこんなスキル! 俺も欲しいじゃないか。
『条件を満たした為
スキル『自動回復』を取得しました。』
……時々、欲しいと思っただけでスキルが手に入るよな……。
ドガッ!!
「ぐはっ!」
ちょっとした隙を突かれて上空から突進してきたクレイニアスに吹き飛ばされてしまった。
「ヒデオ! 大丈夫か!」
サラが俺の所まで縮地で移動してくる。
「すまないサラ。油断してた……。」
「ヒデオは少し休んでいろ。私が行く。」
そう言うと、サラが縮地でクレイニアスの直ぐ下まで移動する。
「クレイニアス!」
サラは叫びながら、地面を斬り上げクレイニアスまでの間合いを一気に詰める。
「ハァーーーーッ!!」
掛け声一閃。サラは、剣を大きく横なぎに振るう。
ズシャッ!!!
「グギュウシャァッッッx!」
クレイニアスが俺の時と同じように両断される。しかし、このままでは……。
「セイッッッッア!!」
更にサラは、目にも留まらぬ速さで2度クレイニアスに斬り付けた。
グジャッッ。
ドサ……、ドサ……。
微塵になったクレイニアスの屍骸が地面に落ちる。
……暫く様子を窺っていたが、今度は復活する気配がない。
「やったなサラ。」
俺はそう言いながら立ち上がる。
警備兵たちが、クレイニアスの屍骸に向けて駆けてくる。
「まだ動くかもしれんぞ! 周りを囲めろ!」
「はっ!」
警備兵たちが、クレイニアスのなれの果てを取り囲む。
その中から2,3人がクレイニアスの屍骸のもとに行く。
なにやら、作業をしていたかと思うと、そのうちの1人が手を挙げた。
「討伐完了!」
警備兵の1人がそう叫ぶ。どうやら死亡が確認できたようだ。
「もう大丈夫だ。」
そう言いながら、サラが戻ってきた。
「ウオーッ!」
「倒したぞ!」
「魔物を倒したぞ!」
「サラ様だ!」
「サラ様が退治してくれたぞー!」
「勇者様だ!」
「勇者サラ様!」
「サラ様ー!!」
「「「サーラ!」」」
「「「サーラ!」」」
「「「サーラ!」」」
「「「サーラ!」」」
「「「勇者!」」」
「「「勇者!」」」
「「「勇者!」」」
「「「勇者!」」」
避難をしていたはずの観客たちが、勇者サラによる魔物討伐に気付いて足を踏みならしながらシュプレヒコールを起こす。
「すげーな。サラ人気は……。」
会場に響き渡るサラコールの中、俺はサラを迎える。
「やっぱサラは強いな。俺なんかまだまだだ。」
「そんなことはない。ヒデオの攻撃で奴のスキルが分かったからやれたんだ。」
「そう言って貰えると、救われるな。」
「ふっ……。」
「それにしても、会場が凄いことになったな。まぁ、半分は俺のせいだけどな。」
「これでは、武術大会も中止だな。」
「残念だけどそうだろうな。」
そう言いながら、俺は会場をゆっくりと見渡す。
試合場は半壊、会場も2カ所、大きく崩壊している。1つは俺のせいだけどな……。
その後、警備上の問題や会場が壊れてしまったこともあり、武術大会は延期されることが正式に発表された。再開日は未定だ。
ただ、あれだけ会場が崩壊したにも関わらず死者がいなかったこと、大きな怪我をした観客もほとんどいなかったことは、まさに不幸中の幸いであった。
また、他の出場者であるが、彼らも魔物化したクレイニアスの討伐に参加しようとしたのだが、各騎士団や関係者たちに強く止められたそうだ。万が一のことがあっては、王国の威厳に関わるからと言うのが理由だそうだ。
そりゃそうかもしれないな。ここに出場している選手たちはベルグランデ王国の中でも最強の部類に入る人物たちだ。各騎士団の副団長もいる。彼らが万が一にも実戦で敗れるようなことがあれば、国の威信に関わる。そう言った処置にも理解できなくはない。
それでも敵に向かう気持ちの方が勝って欲しかった。って思うのはダメなのかな……。
かく言う俺は、王都警備隊の詰め所で事情聴取を受けていた。と言っても当時の状況説明や、クレイニアスが魔物に変化した経緯を分かる範囲で話したくらいだが……。この場にサラがいないのは、やはり勇者だからだろうか?
俺も一応勇者だとは思うのだが、あまり自覚がないから特に気にはしない。
事情聴取が終わると、シルビアとソフィア、それにネビルさんが出迎えてくれた。
「ヒデオ様! 大丈夫ですか?」
「大丈夫だよシルビア。そんなに心配そうな顔しなくても。」
シルビアは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「ヒデオ様。お疲れ様でした。また、魔物を退治していただきありがとうございます。」
「やめてよネビルさん。ネビルさんに頭を下げて貰うことはないよ。」
「それにしても、ネビルさん。バニラちゃんは強かったね。」
「はい。おかげさまで……ですが、大会の方は延期になってしまいましたね。」
「まぁ、仕方がないかな。それよりも、機会があれは今度バニラちゃん紹介してくださいね。」
「はい! 勿論でございます。」
「あ〜! ヒデオ様! バニラさんに逢ってどうするつもりなんですか〜?」
「なに怒ってるんだよシルビア。ちょっとよくわかんないぞ?」
ほっぺたを膨らませてプンスカしているシルビアをよそ目にソフィアに声をかける。
「ソフィアもご苦労様。避難誘導ありがとうね。」
「とんでもございません。主様のお役に立てて光栄です。」
「さぁ、それでは我々も帰るとしますか。」
ネビルさんがそう言うと、俺たちは用意してくれていた馬車に乗り込み帰路に就いた。
俺は迎賓館へ向かう馬車の中で、独り考え事をしていた。
《主様。何か気になることでもありましたか?》
《クレイニアスの見習い騎士を名乗っていたマイクの行方がな……》
《私で良ければ調べてみましょうか?》
《いいのか?》
《もちろんです。》
《じゃあ、頼むよ。無理はしないでね。》
《畏まりました。》
ソフィアと念話をしながら、馬車の外を眺めていた。
武闘技場であんな事件があった割には、街は平穏そのものだ。
今回の事件で、俺ができたことはほとんど無かった。討伐はサラがしてくれたようなもんだ。取り逃がしたマイクもソフィアが捜してくれるという。俺は勇者として何をすべきなんだろう。
異世界に来てから勇者と言われて、何かを成さなければいけないと考えたことは一度も無かった。しかし、今回のような事件があると考えさせられてしまう。勇者として……。
その後、馬車が停まるまでずっと考えていたが、何も答えは出なかった。