第97話 驕れる者
今になっても未だ、先程の第3試合の興奮が収まらない様子で、会場は異様な雰囲気に包まれたままだ。
そんな中いよいよ俺の番だ。相手は、アーサー・ロバート・クレイニアス。俺が選ばれる前の国王推薦枠出場選手だ。
奴とは少し話しただけだが、いけ好かない傲慢な酔っ払い野郎だ。どうやら、俺に対しては良からぬ感情を抱いているようだが、そんなことは気にはしていない。俺だけを狙っているうちはな。
『只今より、第4試合を開始致します。選手! 入場ーー!』
「「「ウオォォーーーー!!!」」」
未だ興奮冷めやらぬ会場は、大いに盛り上がる。
これは、早々に試合を終わらると怒られそうだな。そんな不遜な考えが頭をよぎる。
前回の反省を踏まえて青龍の剣ではなく、オルティスに貰ったもうひとつの剣を持っている。青龍の剣だと斬れ過ぎちゃうからね。
試合場に上がり、クレイニアスと対峙する。
「クレイニアスさん。昨日はお世話になりました。」
「平民。何のことだ?」
「とぼけなくても良いですよ。ネタは挙がってますから。」
「ふん。難癖を付けて心を乱そうとは、小賢しいな。」
「まぁ、良いです。今は試合ですからね。」
俺はクレイニアスに疑念を持っていた。昨日の襲撃犯の黒幕はこのアーサー・ロバート・クレイニアスではないかと。
理由は簡単だ。昨日襲撃があった際、こそこそと監視していた奴にマーカーを付けていたが、そのマーカーを付けた人物が今日控え室にいた。クレイニアスの見習い騎士マイクだ。ここに上がる前に地図機能で確認したから間違いない。
マイクがクレイニアスの見習い騎士であるからには、このクレイニアスが黒幕である可能性が高い。俺のこと逆恨みしているしな。クレイニアスに命令されてマイクが実行犯との連絡役兼監視役っていう線が濃厚だろう。
そう思って、鎌をかけてみたのだがすっとぼけられたな。まぁ、ハイそうですと簡単に言うとも思ってはないけどね。
それにしても、クレイニアス。前に見たときよりも一回り大きくなってないか? 何か筋骨隆々に見えるぞ。
審判が手を挙げると会場が更に盛り上がる。
「始め!」
開始の合図がかかった。
クレイニアスが剣を構えて、走ってくる。上段から袈裟斬りに剣を振るう。
「そんな見え見えの攻撃があたるはずないだろう。」
そう呟きながら剣で攻撃を受け止める。
ガキンッ!!
金属音を響かせながら剣を受け止める。が、俺はそのまま後ろに吹き飛ばされた。
「なっ!? 重い!!」
油断してたこともあるが、俺はクレイニアスの剣戟を受け止めると後方に飛ばされてしまった。
「何だ。国王の推薦も大したことないんだな。」
クレイニアスが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「くっ!」
俺はクレイニアスを見やると、剣を上段に構える。
今度は少し気合いを入れて慎重に間合いを取る。思った以上にやるな。前国王推薦は伊達じゃないって訳だ。
俺は間合いをはかりながら様子を窺う。しかし、クレイニアスは様子見という言葉を持ち合わせてはいないのか、そんなことはお構いなしに一気に間合いを詰めてくる。
ガッ!!
振り下ろされる剣を受け止めるが、その勢いに押されて後にずり下がる。やはり重い。クレイニアスの見た目からは想像つかないほどの重い剣だ。
俺は力任せに剣を払いのけ、袈裟斬りに剣を振るう。
ガキン!
クレイニアスが俺の剣戟を受け止める。俺は素早く剣を引くと再び上段から振り下ろす。
「もう1回!」
2度目はクレイニアスの剣を砕くつもりで気を込めて振り込んだ。
キィーーーーン!!
甲高い金属音が会場に響き渡る。
「なっ!」
俺は思わず息をのんだ。かなりの気を入れて打ち込んだはずの俺の剣戟をクレイニアスは剣で受け止めたのだ。
マジか。いくら青龍の剣ではないとは言っても、これを受け止めるのか!
それにしてもなんて丈夫な剣なんだ。
俺は再び後方へ跳び退くと間合いを取る、
ひょっとするとマナー違反なのかも知れないが、俺はクレイニアスの剣を『鑑定識眼』で観る。好奇心は大切にしないとね。
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【騎士の剣・怪】
騎士が使う剣。癖がなく使い
やすい。魔力付与により怪造さ
れている。
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「ん?」
騎士の剣・怪? 魔力付与がされていたのか。確かに魔力付与はOKだと聞いていた気がするが、こんなにも強くすることができるのだろうか。それにしても怪造? 改造じゃなくて? 鑑定識眼に誤字報告が必要かな……。
「なにをブツブツと言っているのだ。もう、諦めたのか?」
クレイニアスが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「ならば、引導を渡してやろう!」
そう言うと、クレイニアスが一気に間合いを詰めてくる。
速い! 俺はクレイニアスの一撃を剣で横に流す。すると、クレイニアスは反転しながら横なぎに剣を払う。それを紙一重で躱した俺は、クレイニアスの手首を掴んで回転させながら地面に叩きつけようと投げを打つ。
しかし、クレイニアスは空中で躰を捻りながら、膝を突きながらも地面に着地する。
刹那、瞬時に間合いを詰めて横なぎに剣を振るってくる。
ガキッ!
俺は剣でそれを受け止める。が、勢いに押されて後ろに跳び退く。
マジか。どんだけの格闘センスなんだこいつ。異世界に来てから戦った中でも最強クラスだぞ?
「「「ウォーーーーー!!」」」
観客が大歓声を上げる。やぱり緊迫した試合は盛り上がるな。
それにしても、ここまでやるとはちょっと、いや、かなり予想外だ。
そんなことを考える間もなく、クレイニアスは更に突っ込んでくる。
クレイニアスの凄まじい攻撃。幾度も幾度も力任せに剣を振るってくる。それを俺は、何とか受け止めるので精一杯だ。
「どうだ〜! これが俺の力だ〜!」
何かに酔いしれたように、そう口にしながら剣戟を振るうクレイニアス。
どこからこんな力が出てくるんだ?
それに、この目、何だかヤバい気がするぞ。俺を見ているようで何か違う物を見ているような……常軌を逸している目だ。
俺は、クレイニアスの剣を躱すと一気に間を詰め袈裟懸けに斬り付ける。
ズシャッ!! 俺の剣はクレイニアスを捉える。流石にこれはかなりのダメージを与えたはずだ。
そう思い、円筒を見るとクレイニアスの円筒が黄色く点いていた。
「おのれ〜! 平民の分際で私に傷を付けるとは!! 斯くなる上は!」
そう言いながら、剣を持ったまま両手を広げるクレイニアス。
「グゥアァァァァァァーーーー!!!!」
クレイニアスが、人の声とは思えないような咆哮を上げる。
見ると、筋肉が盛り上がっていく。更に一周り大きくなったように感じる。
なんなんだこいつは! 本当にクレイニアスなのか?
「オォーーー−!!」
「なんだあれは!」
「どういうことだ!」
会場がざわめき出す。
観客が指さす方向、クレイニアスの円筒を見ると、なんと先程まで黄色であったはずの円筒がだんだんと白く戻っているではないか!
「なんでだ? HPが復活したって事か? 魔法もポーションも使ってないのに?」
そういった薬があるかどうかは知らないが、勝手にHPが復活するなんて……勇者でもあるまいし、なんなんだこいつは。
「死ネ〜! 平民!」
ズガッッッッッ!
クレイニアスが横なぎに振るった剣を、受け止めたがそのまま後ろに吹き飛ばされた。更に剣が速く、重くなっている。
「クソッ! 何故だ! なんなんだこいつは!」
俺は吐き捨てるように呟く。
「ヒデオ様ーーー!!」
どこからかシルビアの声が聞こえた。シルビアにしても俺がここまで苦戦するとは思ってなかっただろうな。心配してるかな。
「ヒデオ! 何無様な戦いをしているのだ!」
俺を叱咤する声が聞こえる。声のする方を見やるとサラが立っていた。
あぁ、サラも見に来てくれてたのか。そうだよね。サラとやり合った事を考えるとこんな奴に後れを取ってる場合じゃないよな。
2人の声を聞いて、少し平静を取り戻すことができた。
考えてみると俺は、この武術大会に対して真剣に取り組んでいないところがあったのかも知れない。所詮騎士団の団長は出てこない、勿論勇者もだ。そこへ召喚勇者の俺が出て行っては、相手にはならないじゃないかと。
決勝でソフィアと当たるまでは、上手く盛り上げないといけないなんて思ってたもんな。しかし、それは俺の傲慢さの現れじゃなかっただろうか。そんな気持ちでは、この大会に出てくる他の選手たちに対しても失礼だ。
驕れる者久しからずって言うじゃないか。俺の傲慢な気持ちが、クレイニアスに苦戦している最大の原因かも知れないな。
「よし!」
俺は気持ちを入れ直し、クレイニアスに対峙する。
「平民ガ!」
クレイニアスが野獣のように叫ぶ。
俺は、そんなクレイニアスには見向きもせず、只、剣に気を纏わせることにのみ集中する。余計なことを考えず、剣に気を集めることを感じながら。
暫くすると、俺の持つ剣が仄かに碧く輝き出す。ここで『勇者聖剣』を使うのは大人げないかも知れないが、どうも今のクレイニアスは尋常ではない。
今からの一撃は、俺の持てる力を全て発揮して全力で当たる。加護で守られている場だ。死なせてしまうこともないだろう。クレイニアスには俺がきちんと引導を渡してやる義務がある。
「小賢シイゾ! 平民!!」
そう叫びながらクレイニアスが一気に間合いを詰める。
俺は、それを感じると、クレイニアスの直ぐ目の前に移動することをイメージしながら地面を蹴りあげる。
次の瞬間、目の前にはクレイニアス。縮地により、俺はクレイニアスの目の前に出る。
「ナニ!」
俺がいきなり目の前に現れたことで、不意を突かれたクレイニアスに為す術はない。
俺は剣を横なぎに振るう。
俺が振るった剣は淡く碧い光を纏いながら、クレイニアスを両断する。
勇者の力を使って大人げないかも知れないが、これで良い。
そう思いながら、俺は円筒を確認する。
「ドォーン!」
大きな音が鳴って試合終了を告げる。ちょっと大人げなかったかも知れないが、俺の勝利だ。
「「「ウォーーーー!!!!」」」
「すげーぞー!」
「なんだあれは!」
「見えなかったぞ!」
「「ウワァーーーー!!」」
観客席が一斉に湧き上がる。
何とかクレイニアスを倒すことができたな。どうやら観客も満足してくれたようで何よりだ。
それにしても、クレイニアス。只強いって感じじゃなかったぞ? あの狂気に満ちたような目。一体何だったんだ?
そう思いながら、救護班に運び出されるクレイニアスを見ながら俺は剣を納めた。
「クレイニアス様!」
叫びながらマイクがクレイニアスに駆け寄る。
「クレイニアス様! 大丈夫ですか? これを! ポーションです。」
そう言いながら、マイクはクレイニアスの口に小瓶に入った液体を流し込む。
「……あぁ、マ、イクか……。すまない。」
「何を仰いますか。クレイニアス様はよく頑張りましたよ。」
「それでも、お前の期待に応えられなかった……。色々……」
「そんなこと、気にしていません。クレイニアス様はこれからです。これから更に活躍されるのですから。」
「すまない……。」
端から見ていると美しき師弟愛だな。だが、奴らは昨日俺たちを襲撃しているはずだ。歪んだ師弟愛と言ったところか。
「クレイニアス卿! まだ、お立ちにならない方が!」
どうやら、クレイニアスが立ち上がったみたいだ。意外と回復が早いな。
そう考えていると、
「う、うわっ! な、なんだこれは!」
「あぁ、やめろ! はなせ!」
なにやら、救護班が騒がしい。見ると、クレイニアスが暴れているようだ。
負けた腹いせなら余所でやれば良いのに……。
「ぎゃーー!」
悲鳴が上がる。
「や、やめてくれ! うわっー!」
どうやらクレイニアスが剣を抜いて斬りかかっているようだ。
「クレイニアス! 往生際が悪いぞ! 試合に負けたのなら潔く……」
そう叫びながらクレイニアスに駆け寄ろうとした俺が見たのは……。
「な、なんだあれは!」
「グギュグワーーーーッ!!」
怪しい咆哮が会場に響き渡る。
そこにはもう、クレイニアスとは言えない異形の生物がいた。