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腹ぺこドラゴンと生け贄の少女

作者: 鮒武士丸


王国の中では北の端の方にある村。

 若い者も大きな都市に出稼ぎに出ていて、住人は老人や子供が多く、合わせても約30人しかいない。

 そんなどこにでもある村だが、いま危機に貧している。

 それは長い間、雨が降らないことによる不作。

 大地は干上がり食べるもの、飲み水にも困っていた。

 

 「村長、もうだめだ。水神様にお願いしよう。」

 

 50代くらいの男がそう言った。

 水神様とは、この村の隣にある山に住むと言われる神様である。

 遥か昔に、この地に舞い降りた水神様は、村人の願いを聞き雨を降らせたという言い伝えが残っている。

 

 「生け贄……か。それしかないのか……。」

 

 村長と呼ばれた老いた男は、うなだれ落胆する。水神様に生け贄を差し出せば、願いを聞いて雨を降らせてくれるかもしれない。しかし、この村は若い女が少なく、いたとしても十歳に満たない幼子ばかりだ。親が納得するはずがない。

 

 「なら、狩人のとこの少女はどうだ?」

 

 他の40代程の男が発言すると、それならばと村長は顔を上げる。

 

 少女は、村の狩人の一人娘で、栗色の髪をした心優しい少女である。

 しかし、彼女は天涯孤独の身となってしまった。

 ある日狩人が山に狩りをしに出掛けたとき、巨大な猪にやられて命を落としてしまったのだ。

 悲しむ家族がいないので、本人の了承を得られれば、生け贄として差し出せる。悲しいことに、一番村に被害の少ない選択肢であった。

 

 「彼女には心苦しいが……、村のためじゃ。」

 

 その夜、少女が生け贄に差し出されることになった。

 

 ◇◆

 

 少女は懐かしい夢で目を覚ます。

 それは昔、父親に聞いた大好きな昔話。

 ドラゴンがお姫様を拐い、勇者が助ける話。

 

 そんな少女の朝は早い。

 村で出る洗濯物は、すべて彼女の仕事だ。

 朝日が昇ると同時に家を出て、村人の家の軒先に置いてある洗濯物をとると、それを洗い干す。

 重労働だが、それが彼女の日課。

 年のころは12で、肩までのボブカットに揃えられた栗色の髪は光に照らされて、だがまともに食べていないのか、くすんでしまっている。

 そんな彼女の元に二人の子供がかけ寄ってきた。男の子と女の子、顔がよく似た双子である。

 

 「おねーちゃん、おはよー。」

 「おはよー。」

 

 少女は洗濯物を干す手を止め、双子の目線まで腰を落として手をふって答える。

 

 「うん、おはよー。今日も早いね。」

 「かーちゃんの手伝いするの。」

 「するの。」

 「そっか。偉いね。」

 

 少女は優しく微笑むと、男の子の頭にそっと触れ優しく撫でた。

 

 「んふふ、えらいんだぞ。」

 「えー、にいちゃずるい!わたしもわたしも!」

 

 気持ち良さそうに撫でられる兄と、自分もと要求する妹。

 少女は空いてる手を可愛く要求する妹に乗せると、こちらもいとしそうに撫でる。

 

 「うん。じゃあ、二人ともお手伝い頑張ってね。」

 

 双子は揃って大きく返事をすると、母親のもとへ駆けていった。

 双子を目で追うと、一人の老人がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。この村の長である。

 村長に目が会うと、少女は小走りに村長の元へ駆けていった。

 

 「おはようごさいます、村長。今日はどうされたんですか?」

 「おお、おはよう。えと、その……じゃな。」

 

 村長の煮え切らない態度に、少女は悪い予感がする。先日、親である父親を狩りに送り出した時と同じ胸騒ぎがしたのだ。

 彼女はどんなことを言われても動揺しないよう覚悟を決め村長に先を促した。

 

 「村長、大丈夫です。言ってください。」

 「すまんな……。」

 

 村長は一呼吸おいたのち、少女の運命を告げた。

 

 「すまんが水神様に会ってきてくれ。」

 

 村長の震えながらも発した言葉を、少女はしっかりと受け止めた。

 水神様に会う。

 言葉は村長が精一杯濁して伝えてくれたが、要は贄として死んでくれ、という意味だ。

 少女は気づいていた。

 最近の干ばつにより作物が育たず、飲む水にも苦労していることを。

 そして、過去に山に住む水神様にお願いして、雨を降らせてもらった事があることを。

 父親により様々な事を教えてもらっていた少女は、同年代の子供より考え方が大人びていた。

 村に若い女の人が少ないのは、この村の領主様に売られたからである。彼女たちは、親も兄弟もいる身で、身売りという方法で村を助けた。

 ならば、親も兄弟もいない自分にできることは、村のためにこの身をなげうつことである。

 覚悟を決めた少女は、その水色の瞳にしっかりと意思を乗せて、村長に伝えた。

 

 「わかりました。覚悟はできてます。いつでも大丈夫です。」

 「すまん……。」


 少女の強い瞳に感極まった村長は、涙を堪えながら、生け贄の儀式の時間を伝えた。

 

 ◇◆

 

 夜。侘しい村は、いつもと違う陽気に溢れていた。生け贄の儀式という名のお祭りである。

 主役は少女である。

 朝方みた小汚ない服装ではなく、白い純白の絹のドレスを身にまとい、綺麗な花の冠を頭につけた、さながら結婚式に出向くお嫁さんのようだ。

 そんな花嫁の元に双子が駆け寄ってくる。

 

 「おねーちゃん、神様に会いに行くんだろ?」

 「だろ?」

 

 天真爛漫な笑顔を向け質問してくる双子に、少女は朝のように優しく、だが儚げに答えた。

 

 「そうだよ。ちょっと遅くなるけど心配しないでね。」

 

 嘘つき。少女はそう思いながらも、双子が悲しむよりましだと、自分を納得させる。

 そんな少女の内心を知らず、双子はもじもじと、恥ずかしそうに言った。

 

 「はい、これおなかすいたらたべて。」

 「べて。」

 

 おにぎりである。

 現在、食糧難の村にとって大変貴重な米である。

 少女は双子からおにぎりを貰うと、母親のように二人を抱きしめた。

 

 「ありがとう、大切に食べるね。」

 「うん、おなかへったらたべるぞ。」

 「おなかすいたぞ?」

 

 少女は涙をこらえながらいった。

 双子に気取られないために、明るい笑顔を消さないために。

 程なくして、双子はバイバイと手をふりながら親の元へ向かった。少女も笑顔で手をふった。

 ちょうどその時、双子と入れ違いで村長が現れた。

 村長はなにも言わず頷き訪ねた。それに少女は同意し首肯した。

 

 「ではみなさん、いって参ります。」

 

 ◇ ◆

 

 水神様の住むという湖の穴蔵までの道は、決して楽な道ではなかった。

 深い森の道なき道を行き、草木で擦り傷を作りながらも、少女は夜通し歩き続けた。

 幸いモンスターや野盗などに会うことなく、朝日が昇る前に件の穴蔵までたどり着いた。

 穴蔵の湖は見たこともないくらいに広く、水も綺麗に澄んでいて光を淡く照らし、すごく幻想的である。

 

 「綺麗……。」

 

 少女はいつとはなしに言葉をこぼしていた。彼女の心からの言葉である。

 死ぬ前にこの様な景色を見れたことを嬉しく思う反面、いつまでも眺めていたかった。

 しかし、彼女は気づいてしまった。

 森に入ってから聞こえていた鳥の鳴き声や虫の囁き、その全てが聞こえないことに。

 

 「何者だ?」

 

 突然の誰何の声。

 少女はゾクリとして、声の聞こえた方、穴蔵を見た。

 穴蔵は奥まで見通すことのできない深淵で閉ざされていて、なにも見えない。

 いや、赤く煌々と輝く一対の光を見た。

 その光が薄桃色のように明るく見える頃には、光の正体が瞳だいうとこがわかった。

 父親から聞かされた昔話、伝説のドラゴン。

 瑠璃色の鎧のような鱗を身にまとい、万という軍勢を一瞬にして滅ぼすという、破壊の化身。

 少女は身震いした。水神様と呼ばれていたのは、恐ろしいドラゴンだったのだ。

 

 「もう一度問おう、人間。何者だ?」

 

 再び誰何の声。

 少女は恐怖で喉を潰されながら、なんとか声を発した。

 

 「水神様、今日はお願いをしたく参じました。」

 「ほう、我に願い、とな?」

 「はい。連日の干ばつにより、食べる物も飲める水も無くなってきています。どうか、雨を降らせて村をお救いください。」

 

 少女は頭を下げ必死に懇願した。

 

 「ふむ、我に雨を降らせろと。して、対価はいかに?」

 

 ケイティは一呼吸おき、意を決して答えた。

 

 「我が清き身を持って、対価とします。」

 

 ―――静寂が支配した。

 ひととき後にドラゴンは、グルルと喉を鳴らし、少女に顔を近づけた。

 少女は視線を逸らさず、薄桃色の瞳を見た。

 

 「生娘か。しかし、よい目をしておる。この目は確かに対価足り得る。」

 「ありがとうごさいます。」

 「肝も座っている。亡くすのは惜しいな。」

 

 ドラゴンが誉めたと同時に、少女の腹の虫がなる。

 村では生け贄にやる飯はなく、少女の食料は全て村の男衆が持っていったため、今日は一口も口にしていなかった。

 

 「腹がへったのか。……良いだろう、最後の食事をとれ。その腹を満たし、我が腹を満たせ。」

 「ありがとうごさいます。」

 

 少女は許しを貰うと懐からおにぎりを出した。双子にもらったやつである。

 手のひらサイズと小さくひどく不格好であるが、双子の手作りだろうそれは、どんなものより腹を満たせる大きな食事に見えた。

 少女が味わって食べるために、端の方を細かく取り、口の中にいれようとした時。

 

 「おいまて、なんだその食べ物は。」

 

 ドラゴンが食すのを制した。

 見ると、ドラゴンの輝く瞳におにぎりが写し出されている。

 少女は優しく微笑むと言った。

 

 「これは、今この世で一番美味しい食べ物です。」

 「なんと、この世で一番とな。」

 

 ドラゴンは驚き目を見開いた。

 ドラゴンは長く生きていたが、米を、おにぎりを食べたことがなかったのだ。

 そのお陰か、ドラゴンはおにぎりに興味津々で目が離せない。その上この世で一番という。

 いつしかドラゴンは辛抱堪らなくなり問いかけた。

 

 「娘よ、取引だ。お前の命は取らない代わりに、その食べ物を分けてくれないか?」

 「え……?」

 

 少女は驚き、少し嬉しくなった。死ななくてすむと。しかし、自分の身には村の存亡がかかっているため、考えを直すと再び覚悟を決めた。今度は揺るがぬように。

 

 「水神様、申し訳ありません。それでは、村が助からないのでお断りします。」

 

 ドラゴンは狼狽えた。

 絶対成功すると思った取引が失敗したのだ。

 改めて少女の目を見ると、なるほど絶対に成功すると踏んだ自分が愚か、ということに気づいた。

 

 「強い眼の少女よ、我が悪かった。それでは村の願いの対価に、その食べ物を分けてくれないか?」

 

 巨大なドラゴンがおにぎりで村を救ってくれるはずはない。しかし、自分の身とおにぎりなら対等になり得るかもしれない。

 自分はどうなろうとも、村だけは助かる事を少女は心のそこから安心した。

 少女は笑顔を見せるとおにぎりの大きい方をドラゴンに渡した。

 

 「水神様、これは『おにぎり』と言うんです。」

 「おぉ……。おにぎり、か……。」

 

 手のひらに乗ったおにぎりを、ドラゴンは器用に舌ですくい食べた。

 瞬間、言われようのない幸福感がドラゴンを襲った。

 全身の鱗が逆立つ様な、しかし不快感ではない不思議な感覚。そんな感覚にドラゴンの頭は支配されてゆく。

 だが、そんな体験は長くは続かない。

 ドラゴンの大きさゆえ、あまりにもおにぎりが小さすぎたのだ。

 長い間刺激に飢えていたドラゴンは、さらなる欲を渇望した。

 

 モットタベタイ……。

 

 そんな思考がドラゴンの頭に溢れていることを知るよしもなく、おにぎりの最後の欠片が、少女の口に入っていく。

 そんな光景をみてドラゴンは、ふと少女に訪ねた。

 

 「……強い眼の少女よ。この『おにぎり』とやらは、汝が村で飼っている家畜か?肉の臭みもなく、軽く咀嚼するだけでほどける身、極めつけはこの優しい甘さだ。この獣は猪か?鳥か?」

 

 そんな質問に少女はおかしくなり、静かにクスクスと笑ってしまったが、失礼と思い直し、すぐさま身ぶりを直し質問に答えた。

 

 「……すみません。水神様、これは獣ではなく植物の種子です。」

 

 その答えにドラゴンは、なるほどと驚き納得した。

 今まで出された贄は、山の恵みである動物の肉や果実が多かったのだ。植物の種子などは食べたことがない。

 しかしそれとは別の所に関心を持ち、ドラゴンは考える。


 ドラゴンは世の理から外れた高次元の存在である。

 ドラゴンの『食べる』という行為は、人間の『食事』とは違い、魂の価値を確かめる儀式に似た行為である。その上、食べ物による栄養補給を必要としていない。

 なのでドラゴンは、食事を取らなくても生きて行ける。

 生け贄に出された食べ物は、あくまで魂の価値を確かめるために食べる。味など気にしなかった。

 しかし、少女の出した『おにぎり』は、今まで見たことなく、価値を確認するまでもなく高かった。こういった物は宝石に多い。

 その宝石同等の価値を見い出した食べ物に、ドラゴンは興味を引かれていた。

 

 「……汝が村では、そのような種子が採れるのか。」

 「はい。『お米』と呼ばれる種子をお湯で炊いて調理したものです。」

 「調理だと……。」

 

 ドラゴンは再び驚いた。

 ドラゴンにとって調理とは、体の弱い人間が食べ物の毒を抜く行為であると認識していたのだ。いわば生物の生き様を否定するとして、ドラゴンは調理という行為を見下していた。

 しかし今食べた『おにぎり』は、調理をしてなおも魂の価値を高めていた。その上―――。

 

 (なんだ、この何とも言えない感情は……。)

 

 ドラゴンを包んだ抗いがたい幸福感。永く生きてきたドラゴンを初めて襲った満足感。

 ドラゴンはこの感情を知らない。

 言葉に詰まり、言いあぐねていたドラゴンを見て、少女は微笑んで言った。

 

 「そんなに美味しかったですか?」

 「おいしい……?」

 

 ドラゴンの目の前の少女はそう言った。

 その瞬間、ドラゴンは纏まらなかった考えが、まるで霧が晴れたかのようにスッキリしていた。

 

 「そうだ、美味しかったのだ。おいしい、おいしい。」

 

 ドラゴンは、初めてのおもちゃを大事にする子供のように、初めての言葉を何度も呟いた。

 大事にする言葉を噛み締めると、ドラゴンふと思い少女に問いかけた。

 

 「強い眼の少女よ、この植物が育たないから雨を欲する、ということか?」

 「そうです。どうかおにぎりと私の身で雨を降らせてください。」

 

 少女は嘆願する。

 しかし、ドラゴンはもうすでに少女の願いはどうでも良くなっていた。

 

 ―――雨が降らなければおにぎりが食べれない。

 

 ドラゴンを瞬時に考える。

 仮に、ここで雨を降らせてもおにぎりは食べれないかもしれない。村人が再度助けを請うことがわからないからだ。

 それに、もし贄を必要とする助けがあったとしても、おにぎりではなく、今まで通り森の恵みで贄とされるかもしれない。

 ドラゴンがおにぎりを気に入っていると知っているのは、自身と目の前の少女だけなのだから。

 ならばと、ドラゴンは口にする。

 

 「強い眼の少女よ、取引だ。我は『おにぎり』を強く欲する。定期的に我に贄としておにぎりを与えよ。対価として、汝が村には竜の加護を授け、永く飢えなく繁栄させてやろう。」

 

 少女は驚く。

 言っている意味が解らなかったのだ。

 しかもその条件は、思いもしないほど良い。

 しかしドラゴンが、高次元の存在が、人間を謀る必要はない。

 少女はその言葉を信じ、首肯した。

 

 「ならば我が水脈を、汝が村に引かせよう。案内せよ。」

 

 そういうとドラゴンは、大きな体に見合った大きな翼を広げ咆哮した。

 

 ◇ ◆

 

 「村長!た、大変だ!ドラゴンがこっちにやってくる!」

 

 村の若い衆が、明け方のおぞましい獣の様な咆哮を聞いた。

確かめるために山へ向かうと、そこには山と見間違うほど巨大なドラゴンが、村の方へ向かっていた。

 すぐさま村に戻り村長に伝えた若い衆は、村長に指示を乞いたが、彼は顔色が悪くなりおののいていた。

 彼は直感的に気づいてしまったのだ。

 

 「まさか、水神様は伝説のドラゴンだったなんて……。我々の我儘に愛想を尽かして、滅ぼしにきたのじゃ……。」

 

 気に入らない国を滅ぼし、意に沿わない者を亡き者にする破壊の化身。

 そんな生態系の頂点の逆鱗に触れた……。

 村長は慌てながらも、努めて冷静に村の衆へと指示を出した。

 

 「村の者をみんな外に出すのだ。こうなったらドラゴンの気持ちが済むまで許しを乞うしかない。」

 

 村の衆は仕方がないと言った面持ちで、村に住むすべての人を中央に集めた。

 

 村の人々が集まると同時に、ドラゴンは村に舞い降りた。

 ドラゴンの突風にも似た羽ばたきに耐えながら、村長は一歩前へ出てドラゴンに言った。

 

 「水神様!どうか気をお静めください!我々が非礼を働いたことを、平に、ご容赦を!」

 

 村長がそう叫ぶと、ドラゴンの一番近くに行き、手を固く組み地面につくほど頭を下げ必死に許しを乞いた。

 しかし、その言葉に答えたのはドラゴンではなく――。

 

 「まって、村長!水神様は私たちの願いを聞き届けてくれました!」

 「その声は!?ああぁ……まさか……。」

 

 村長は声のした方へ視線を向ける。

 ドラゴンの首もとから現れたのは栗色の髪をした少女、村のために犠牲になったはずの少女であった。

 村長は少女が何かしでかしてしまったのかと考えたが、ドラゴンの言葉によりその考えは破棄される。

 

 「長よ、この娘の言うとおりだ。我は汝らに村を救うための取引をしにきた。」

 「取……引……。」

 「勘違いするなよ?この村の者の贄は要らぬ。我が望はただひとつ―――。」

 

 ドラゴンは間をおき答えた。

 

 「この村に竜の加護を与え永く飢えから解放し繁栄させる。対価として我は『おにぎり』を所望する。」

 「……………………は?」

 

 村長の頭は真っ白になった。

 凶悪狂暴として恐れられ、破壊の化身といわれるドラゴンの願いが『おにぎり』なのである。

 何かの冗談なのかと考えもするが、ドラゴンが嘶き答えを急がせる。

 

 「長よ、我はあまり気が長くないのだ。早く決断せねば、この村を滅ぼすことも厭わないぞ?」

 「――!?も、もちろんです。今後贄としておにぎりを持っていきましょう!だから何卒なにとぞ!」

 

 村長がひれ伏し、それに感化され村人全員がひれ伏す。

 気を良くしたドラゴンは喉をならし、村の中心で足を深く落とすと、そこには大きな足跡ができていた。

 

その直後、村長は己の目を疑う光景を目の当たりにする。

 ドラゴンの足跡の中央から水が湧き出てきたのだ。

 水は朝日で照らされて幻想的に輝き、なおも地面からあふれでている。

 さらに、草木も生えてない渇れた大地だったはずの村の土地にも、うっすらと緑がかってきている。それはまさに生命の奇跡だった。

 

 「おお……おぉ!」

 

村長は歓喜した。

これで飢えから解放されると、身を削るような辛い思いをする者がいなくなると。

 村長が喜びに震えていると、ドラゴンが戒めるため嘶いた。

 

 「長よ、約束を違えるでないぞ?違えたれば、この地は死が支配することになる。」

 

 そういうとドラゴンは高く咆哮し、山の中へと飛び去った。

 

 数ヵ月後、その地は緑溢れる豊かな大地となり、世界にしれわたることとなる。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 あの水神様の騒動の後、私は村長から『龍神の巫女』を任命され、水神様へのお供え物を運ぶ係りを任されました。

 水神様の作った池は『竜の池』と呼ばれ、時々村を訪れる行商人や冒険者に恵みの水とされ、なぜか観光地みたいになってしまいました。

 でも、実際あの水で傷を洗うと治りが早いそうです、不思議です。


 そんな私ですが今、初収穫となったお米を岩のようなおにぎりにして、水神様のもとへ向かっています。

 今日は、山でとれた山菜をつかった、簡単な佃煮も用意しています。水神様に喜んで貰えたら嬉しいです。

 そんなこんなで水神様の住みかに着きました。

 ここに来るのも慣れたもので5回目です。

 竜の池の水も澄んでいてとても綺麗ですが、こっちの水も幻想的で素敵です。

 しかし、村の皆さんは水神様を恐れてここまで来ません。もったいないです。

 

 「水神様、おにぎりをお持ちしました。」

 

 私が声をかけると穴の奥の方からペタペタと足音が聞こえてきます。足音の正体は少女です。

 髪は美しい瑠璃色で肩よりちょっと長め、透き通る薄い桃色の瞳を持つ彼女は、なんと水神様です。

 3回目に訪れたとき、水神様がおにぎりの小ささに頭を抱え、悩みが晴れたような顔をしたとたん、急に霧が濃くなりました。

 霧は直ぐに晴れたのですが、そこには水神様の特徴に良く似た少女が立っていたんです。

 その少女がおにぎりに飛び付いたときに水神様だと理解したのですが、少しは伝えてほしかったです。びっくりしました。

 水神様曰く、「体が小さい方がお腹いっぱい食べれる。」とのことです。さすが水神様です、賢い。

 

 「待っておったぞ、巫女殿。さぁ、おにぎりを食わせるのだ!」

 

 少女の姿の水神様はとても愛らしく、恐ろしいドラゴンとは思えません。それに態度も姿相応となり、とても馴染みやすいです。

 

 「遅れて申し訳ありません。今日はおにぎりのほかに別の物も持ってきましたよ。」

 「べつのぉ?……わしは別におにぎりだけでもいいんじゃが……。」

 「そう言わずに食べてくださいよ。おにぎりにぴったりの付け合わせなんですから。」

 

 決して私が水神様に馴れ馴れしくしている訳ではないのです。……ただ、凄く馴染みやすいのでつい友達と話す感じになっちゃうのです。

 私は岩の様な、運んでくるのに苦労したおにぎりの横に『センマイの佃煮』を置きました。

 

 「ん~、巫女殿が言うなら吝かではないのう。」

 

 水神様がおずおずと佃煮を一摘まみして口に持っていき食べました。

 …………苦虫を噛み潰したような顔をされました。

 

 「~~っ!!辛いではないかっ、巫女殿!わしを謀ったな!やはり、おにぎりが一番なのだ!」

 

 苦い表情のまま私を一睨みした水神様は、そのままおにぎりをかぶりつきました。その瞬間、水神様が驚いた表情になりました。

 

 「なんじゃ……、おにぎりの甘味が増している……。」

 

 私はなにも言わず、スッと佃煮を差し出すと、水神様は合点のいった顔でにんまり笑いました。

 

 「なるほど!この辛い奴がおにぎりの甘さを更に引き出しているのだなっ!」

 

 その後も苦い表情、花が咲いた笑顔、苦い表情、花が咲いた笑顔と、コロコロ表情を変えて、あっという間におにぎりを食べてしまいました。

 

 「巫女殿!今日も、うまかったぞ!」

 

 水神様は笑顔でそう言ってきましたが、私はなにも言わず、ただ手を会わせました。

 すると、水神様はあわてて体を直し――。

 

 「すまなかった。ご馳走さまでした。」

 

 と、お行儀よくされました。

 村長からは破壊神とか、暴虐の化身とか言われてましたが、実際は命のあり方を誰よりも大事にするされる、心優しい方なのです。

 ……今回はちょっと忘れてたみたいですが。

 

 「それにしても巫女殿。このつく……なんといったかのっ?」

 「佃煮です、水神様。冬に向けて塩などで作られる保存食ですよ。」

 

 水神様は、食に対して非常に貪欲です。

 礼節は守られるが、どんなものでも味を確かめようとします。

 この前、ジャイアントポイズントードを食べようとされたのは、流石にひやひやしました。

 あの蛙は毒袋を持っていて、毒をもらった場合、手足の自由が聞かなくなるほどの猛毒です。

 でも水神様は、舌がピリピリする程度で美味しくない、といってました。流石水神様です。

 

 「そうか、もう冬になるのか……。」

 

 私と水神様が出会ったのは緑の生命の月です。今が赤の実りの月なので約4ヶ月になります。月1回のお供えだったのですが、私がはやる気持ちが抑えられず今月2回目です。

 最初は水神様が荘厳な存在だったのですが、今では愛らしい友達のような存在です。失礼でしょうか?

 

 「のう、巫女殿。」

 

 ふと水神様が身なりを直しこちらに姿勢を正しました。

 

 「取引がある――。」

 

 水神様のお願いです。私も姿勢を直し水神様を伺います。

 

 「汝には報いることのできない深い恩義がある。」

 

 一体私がなにをしたのでしょう?

 私はただ、水神様とお話しして、ご飯をたべて、ちょっとご無礼を働くくらいなのですが。

 

 「その対価として、…わ、わしと……、と、と、友になっては…くれぬ…か?」

 

 水神様が顔を真っ赤にして俯かれました。

 私に何になってほしいと申されたのでしょう?

 声がか細く聞き取りずらかったのですが……、まさか友達になってと言った訳ではないですよね?

 

 「は、ほらっ!わし、これでも生態系の頂点に君臨し、ほとんど神みたいな存在じゃぞ?そんな存在と、……と、友とか、村の衆に自慢できるぞ?!」

 

 ……本当に、この方、水神様はなんということを申されたのでしょう。

 私はあまりに可笑しくてクスクス笑ってしまいました。非常に失礼です。

 私の反応に困惑している水神様に私は告げました。

 

 「――水神様、その取引には応じれません。」

 「―――っ!?」

 

 絶望したようなお顔の水神様。

 そんな顔しないでください、ちょっとしたいたずらです。ごめんなさい。

 私は、愛しい子を見るような、そして信頼している友を見るような気持ちで微笑みかけました。

 

 「だって、もう友達じゃないですか。」

 

 今にも泣きそうな顔で言葉を聞いた水神様は、驚いたような、困惑したような複雑な表情で固まってました。コロコロ表情の変わる水神様がいとしい。

 私は優しく幼子に言うように伝えました。

 

 「私は水神様のことを、すでにかけがえのない友のようにお慕いしていましたが、水神様は違ったのですか?」

 

 直後に止めどなく溢れる水神様の涙。

 顔を先程より真っ赤にして、泣きじゃくってしまいました。

 こんなつもりは無かったのですが、想定外です。オロオロ。

 そんなオロオロしていた私に水神様は、涙と鼻水といろんなものでぐちゃぐちゃになった顔で告げられました。

 

 「そうだった……な、既に、友、では、取引材料に……は、ならないなっ!すまなかったっ!」

 

 いろんなものでぐちゃぐちゃな顔ですが、満開の花よりも鮮やかにパァッと咲いた笑顔の花がそこにはありました。

 

 「で、ではこういったものはどうじゃ?対価として、巫女殿はずっとわしと共におるのじゃ!友じゃからな!お前はわしのものだ!」

 

 ニカッと笑う水神様。

 そこには先程の哀しみの顔はありません。


 「はい、勿論ですよ。水神様。」

 

 ふと、昔お父さんに聞いた昔話を思い出しました。

 ドラゴンがお姫様をさらって勇者に撃退されてしまう話。

 あれは、ドラゴンがお姫様を拐ったのではなく、寂しがりやなドラゴンがお姫様と一緒に遊びに行ったのではないでしょうか。

 この水神様を見ていると、そう思えてなりません。

 ねぇ、わたしの水神様……。

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