第29話 見送り
「ラサキさん」
「ん? 何かな?」
いつになく、潤んだ瞳が美しい笑顔のルージュ。
「ボクを早く、お嫁さんにしてくださいね」
見当違いの言葉が聞こえた。
「え? は? また、ルージュもか? そう言う事はもう少し考えてだね」
「嫌です。ボクはラサキさんのお嫁さんになりたいです。その為に此処まで来たのですから」
「で、でもな……」
「あ、ボクみたいな体型は嫌いでしたか? ――こんな贅肉……では死ぬしかありません」
「あー、そうじゃない! ルージュは可愛いし、俺も好きだよ」
「本当ですか? こんな贅肉を持っているボクでも……」
まさか、そこまで言うとは思わなかったな。
ルージュの性格は一途すぎるんじゃないのか? まあ、言っても聞かなさそうだし、この場は流しておこう。
あ、ダメだ。そう思っている間も、たわわな胸を見下しながら両手で持って、ワッサワッサ、しているルージュ。参ったな。
「それはそれでいいんだよ、その体型は色っぽいし、とてもいいスタイルだよ、全く気にする事なんてないよ、俺は好きだよ、うん」
まだ、ワッサワッサ、タユンタユンさせながらも笑顔になったルージュ。
しかし、気にも留めない笑顔で、その動作を俺の目の前でやるのか。
そんなルージュを見て一つ疑問が出た。
――重くないのか?
「はい、了解です。早くお嫁さんにしてくださいね、ラサキさん。ボクは待っています」
「う、あ、ああ。た、鍛錬も頑張ってな」
サリアは何故か話に入ってこないで、向こうを向いたまま両手で自分の胸をずっと、ワシワシさせていた。
下を向いて、ワシワシさせていた。必死に、ワシワシさせていた。艶やかな長い白髪を、悲しそうに揺らしながら……。
表情は見えていないけど、涙眼になって無い事を祈ろう。
まだ鍛錬の途中なので、俺は静かにこの場を去った。二人共頑張れよ。
一人家に帰り、居間の椅子に座って、むいたばかりの妖精の果物を頬張りながら思考する。
鍛錬して強くなる事は、身の安全を確保するのに有効だろう。
だが、しかし、俺の予想の遥か斜め右上を行く厳しい鍛錬。あの三人は二人の師匠に、厳しいながらもしっかり食いついている。
過酷な鍛錬を毎日続けている。凄いけど、素晴らしいけど、さすがだけれど。
あいつらはこの先何を目指すのか? 聞いてみたいけど……藪をつついて蛇を出しても仕方がないし……止めておこう。
戦争に出向く二人の事もあるしね。
人それぞれ生き甲斐があるのだから、他の人がとやかく言う筋合いも無い。
俺とコーマは別だけど、ファルタリア、サリアを始め、フェーニ、ミケリ、ルージュを拘束し、束縛し、規律なんて事で縛る気もないし、自由にしてほしい。
俺の希望は三者三様、好き勝手にしていいよ、だ。
各自最強を目指し、近づいた事は良い事だと思うよ、何しろ安心だしね。
色々考えたけど答えは出なかった。結論――何でもいいや。
立ち上がり、キッチンに入る。鍛錬でお腹を空かせた奴らが帰って来るから、さっそく料理を作りはじめようか。
あー、楽しいな。みんなでテーブルを囲んで談笑し食べる夕食。そんな思いを抱きながら今日も夕食作りに精を出した。
戦争に参加するまで、まだ少し合間があるけど、刻々と迫って来る事は事実だ。
ヴェルデル王国に出向く約束はしたけど、シャルテンの町のギルドで、王国の現状を、情報で聞いているのでもう少し大丈夫かな。
翌日の昼前
先日から、フェーニ達の嫁願望が強くなったここ最近。俺の作る料理を手伝うと言い出して、今日も一緒に作っている。
え? 鍛錬はどうしたかって? 勿論続いているよ。時間は短縮したけど、内容は濃くなっているそうだ。
また、仕込みは俺がやっているし、まず料理を覚える事からだね。
包丁の使い方やさばき方、焼き方、煮込み方、蒸かし方など俺の知っている方法のみだけど教えた。三人は呑み込みが良く、容量が良く、手際が良く、理解も早かった。
さらに二週間ほどして、各自が一人で料理が出来るようにまでなった。
その間、ファルタリアとサリアは同調して、料理の仲間に入ると思ったら大間違いだった。
「私とサリアさんで鍛錬してきますね」
「あたいとファルタリアで鍛錬がや。久しぶりがや」
と一言言い残し、毎日鍛錬していたよ。フェーニ達を前に恥ずかしいな。
作る作る、と言いながら全く作り気なしの二人は、ほおっておくしかないか。
まー今更ではないから気にする事はないよ、嫁だしさ。
それに引きかえ、フェーニ達は考えが違っていた。
手際よく肉をさばくフェーニ。
「ラサキさんに、私の料理を食べてほしいです」
手際よく野菜を切り刻むミケリ。
「美味しい料理ニャ、食べてほしいニャ」
手際よく調理するルージュ。
「僕の料理を召し上がって欲しいです」
三人が作った料理が出来上がり、一口づつ味見する。
「お、うん美味い。味付けも完ぺきだよ」
俺の評価に大はしゃぎする三人。
「やったー、嬉しいです」
「嬉しいニャ、良かったニャ」
「ボク、褒められて嬉しいです」
いやー美味い、美味いよ。三人とも筋がいいな。思わず地雷の一言を言ってしまった。
「短期間でこれだけ美味しい料理が出来るようになったのだから、三人とも、いいお嫁さんになれるね。……あ」
「はい? ラサキさんの為だけです」
「え? ラサキさんのお嫁さんニャ」
「はぁ? ラサキさんを優先してこの家族の為だけです」
「あ、いや、ゴメン」
三人の気持ちは揺るがないようだ。それからという物の、料理を作る俺と順番に日替わりで手伝う毎日になった。
それまでは三人一緒だったので、みんな必死に聞いて覚えていたけど、上達して一人でも作れるから余裕なのか、今では密着度が増している。
上手だね、と言えば嬉しそうに抱きついて来る。いい味だよ、と言えば腕にしがみ付いて来る。さらに頭をグリグリさせてくる始末だった。
だがしかし、彼女達はしっかり作る手順の料理の進行を煩わせることなく、すぐに離れ持ち場について黙々と料理を作る。
これはこれで特技と言っていいな。鍛錬から培ったものなのかな。
ま、俺としては少し楽しいな。洗い物もやってくれるし、晩酌もいつになくマッタリするようになって喜ばしい事だ。
でも、そろそろヴェルデル王国に、出向かないといけない時がやって来た。相手が痺れを切らして、乗り込まれても困るからな。
出立の前日は立っての願いで一緒に寝た。前回と同じように、嬉しそうに絡み付いていたっけ。
準備を整え、装備を身に付け部屋から出てきた。
工程はレムルの森を出たら、早足で一路ヴェルデル王国に向かう予定だと言う。野宿をする事無く、一昼夜で到着するとの事。
「いよいよ出立か」
「はい、行ってきます」
「行ってきますニャ」
外に出て見送る。
横に立っているファルタリアは、号泣して鼻水もたらし、話も出来ない状態だった。
「気を付けてな、いや、十分気を引き締めて行くんだよ」
「はい、了解しました」
「了解ですニャ」
「ヴェ、ヴェ、ウェ、がーばてね、うっうっ」
「ファルタリアさん、ありがとうございます。鍛錬の成果を発揮してきます」
「ありがとうございますニャ。活躍するニャ」
コーマとサリアは無言のままだった。冷たいとか関係ないではなく、二人なりの考えなのだろう。
二人を見つめる、寂しそうなルージュが一歩前に出て握手を交わす。
「フェーニ、ミケリ、気を付けて行ってね」
「うん、行って来る」「気を付けるニャ」
寂しそうな表情を見せたフェーニとミケリだったけど、すぐに笑顔になって俺に向き直る。
「はい、帰って来たらお嫁さんですから」
「お嫁さんニャ。早く帰って来るニャ」
結局俺は、ヴェルデル王国に行く事も無く、見送りフェーニとミケリが元気に出立した。
無事帰ったら、お嫁さんにする事を約束させられたよ。まあ帰りはいつになるか分からないから、承諾したら飛び上がって喜んでいた。
あ、その時はルージュも一緒に、と約束した。
三人のパーティから一人抜けて、二人になったけどパーティ名は変えないそうだ。
でも、俺の希望としては少し変更して欲しいな。攻めて俺の名だけでもとって欲しいな。と思ったけど……我慢しよう。
最強になったのだから無茶はするなよ。余計に名前を広げるなよ。程々が大切だぞ。
あまり目立ちませんように。




