第24話 また日常
あれから毎日、鍛錬の日々が続いている。
真面目なのか、凝り性なのか、暇だからなのか分からないけど、向上心が強い事は確かだな。
でも、他にやる事無いし――暇なのだろうな、うん。
鍛錬中はみんないないので、相変わらずコーマがイチャこいて来る、なので丁寧にお相手しています。
「ウフフ、楽しいね」
気兼ねなくイチャこいている時は、本当に楽しんでいるようだ。
「本当に楽しいよ、ラサキ」
「ああ、それは何よりだよ」
「ウフフ。んー」
「明日あたり、皿食を食べに行くか?」
「うん、行こう」
そんな訳で、またシャルテンの町に行く事になった。
あれから何度も行っているので、今ではフェーニ達の取り巻きも大人しくなり、必要な事でもない限り、誰も近寄ってこなくなっている。
いつものように、ギルドの横で肉や果物、野菜を並べていたら、受付嬢のレニが気配を感じたのか外に出てきた。
「あ、ラサキさん、こんにちは。お久しぶりですね」
「ああレニ。どうかしたのか? 何か用かな」
広げた売り場をファルタリアとサリアに任せ、フェーニ達には、呼び込みするように言ってギルドに入る。
中は誰もいない。そうだよな、早朝ではないし、一番暇な時間帯だから当たり前か。
受付のカウンターまでレニと一緒に進む。
「で、何かな、レニ」
「はい。実は、王国と帝国の戦争が始まります」
「ふーん、それで?」
驚くレニ。
「え? ラサキさん? 戦争が始まるのですよ?」
「え? 俺も良く分からないけど、それがどうかしたのか?」
「王国より、冒険者の徴兵が始まります。拒否は出来ません」
「知らないよ。俺達はレムルの森で暮らしているから関係ないよ」
「それはいけません。王国領に住んでいるのですから無理です」
「じゃ、無視するよ。ありがとうな、レニ」
俺は後ろ向きで、レニに手を振り出て行く。
「え? え? ラ、ラサキさん? ラサキさーんっ!」
レニに呼ばれている事を無視して、ギルドの横の店に戻れば、もう完売で店仕舞いしていたよ。
いち早く俺に気が付いたルージュが、紫色の髪をたなびかせ走り寄り、可愛い笑顔で俺の腕に両腕を絡ませてきた。
うおっ! ドドーンだよドドーン。巨大な瓜が二つ、うわっ、俺の腕で、もの凄く変形しているし、こうして見ると迫力あるなぁ。
ファルタリアとコーマの比じゃなかった。
俺は嬉しそうな顔なんて勿論しないさ、真顔に徹したよ。危ない危ない――。
「ラサキさん、凄いですよ。すぐに売り切れました。ボク、感動しています」
「お、おお、そうか。ルージュもご苦労様」
それを見たフェーニとミケリの顔が、いつになく怖かった。
「あーっ! 抜け駆け―っ!」
「ズルいニャーッ!」
二人を見ながらも、してやったりと腕から離れないルージュ。
「サリアさんが言っていましたよ。率先して行かないとダメだと。だからボクは、思いのままラサキさんを慕う事にしました」
先を越されて何も言えない二人。
「ぐっ」
「くぅー。ニャ」
ファルタリアとサリアは、片付けしながら見ていたのに、知らんぷりして無視しているし。
またか。お前らなぁ……。
「次は私がラサキさんと腕を組みます。ううぅ」
「次は私にゃ。うえぇ」
あー、二人共、先を越されて余程悔しいのか泣き出しちゃったよ。ああー、もう。
「じゃ、じゃあさ、順番にしようか。次はミケリ、その次はフェーニでいいかな」
すぐに泣き止み笑顔になる二人。嘘泣きか? これも手段か? ……気にするのはよそう。
「やったニャ!」
「はい、嬉しいです」
微笑ましい笑顔で、俺達を見るファルタリアとサリアがやっとフォローする。
「はいはい、片付けますよ」
「手伝うがや」
お前達、何様だ? 先輩面しやがって。今度仕返しに、お勤めの時に手を抜いてやる。
ファルタリアに言われ、いそいそと手伝いを始め離れる三人。
見ていたのか、現れるコーマが笑顔で抱き着いて来た。
「ウフフ、我慢も大切よ。ウフフ」
「なあ、コーマ。俺はコーマ達に流されちゃっているけど、本当にいいのか?」
「ラサキのする事ならいいわよ。……でも流されているの? 本当に? 嫌なら嫌って言えば?」
「え? あ、い、いや……」
「どうなの? 私は無理強いなんてしていないけど」
「……いい子達だし。好きだよ」
「嫁にする事は?」
「嫌じゃない……あ、ゴメン語弊があるな。今じゃないけど……今後、彼女たちの気持ちが揺るがなければだけど、のんびり構え、それでも決心したのなら、ゆくゆくは三人とも嫁にしたいと思っている」
「ならいいじゃない。堂々と嫁にすれば」
「コーマがそう言うなら――ありがとう」
「ウフフ、じゃ、また後でね……ん」
口づけをして消えて行く。多分俺の事を読んでいたのだろう。躊躇していたところに後ろから押された気分だ。
コーマはその間、気配遮断をしていたのか、誰も気が付いていない。
思い立ったような眼で、サリアが俺を見る。
「ラサキ、皿食食べに行くがや」
「よし、行こうか」
皿食屋に着き、コーマも現れる。並んで入れば席順はすでに決まっている。
俺、コーマ、ファルタリア、サリア。例の一件があったので、今では念の為、もう一つのテーブル席に、フェーニ、ミケリ、ルージュ。
誰も文句は言わずに食べ始め、隣同士でも話は届くので、美味しい皿食を談笑しながら堪能した。
全員満足したところで、足取りも軽く空になった荷車を曳いて、レムルの家に帰った。
道中は勿論何事も無く、和気あいあい、と楽しかったけど、家に着くなりファルタリアとサリアが、まだ時間があるから、とまた鍛錬しに出て行った。
君達はこの先何になるつもりなんだい? 今のままでも強すぎだろ。向上心はいい事だけど、程々にしなさいよ。
まだ空は、日も暮れていないので居間のテーブル席に座り、レニの言っていた戦争の事を考えていた。
昔三〇歳だった時、戦争が起こり、嫌な事ばかりが思い出される。
特に、俺を含めた下位の者ほどそう感じた、文句も何も言えない、理不尽、と言う暴力。
「……戦争か。……いい事無いのに……馬鹿ばかりだな」
背もたれに寄りかかり天井を見る。梁や桁、柱が露出している簡単な造りだけど、露出した木目が綺麗で癒される。
「さて、どうしたものかな」
コーマが後ろから、両腕を首に回して頬に唇を優しく付けて来た。
「お帰り、コーマ」
「ただいま。で、どうするの?」
「うん。戦争なんて出る気ないけどね」
「なら止めればいいのに」
「ただ、レニの言葉が引っかかってさ、強制だから、と」
「気にする事無いわよ、ラサキは心配性ね」
コーマは一度離れ、酒棚から葡萄酒を持って来て隣に座り直す。そして俺の肩に頭を持たれかけてくる。
コーマは、俺が強くなったから無視しろ、と言っているのかな。そんな俺の心配を吹き飛ばす言葉を発するコーマ。




