第 9話 やって来た
よろしくお願いします。
日も高く上り、青く澄んだ空が高い。心地いい風が森を吹き抜ける。
朝の鍛錬が終わり、今は庭先で剣の手入れをしている。荷袋から砥石を出して剣に擦りつけるように研ぐ。
俺の剣は、鉄に少量のミスリルが練り込んである中剣だ。アイアンソードより少しばかり切れ味が良く、軽い。俺が昔から使っている馴染んだ剣。
金属と砥石の摩擦で擦れ合う音を出しながら作業が続く。
最後に布で磨き上げ終了だ。
頃合いを見計ったように、後ろから抱きついて来るコーマ。
「手入れ終わったの?」
「ああ、終わった。これで暫くは使えるよ」
「これからどうするの?」
「まだ食料はあるけど、森に狩りにでも行こうか」
「あー、それは無理かも。ラサキ、来客だよ」
そんな話をしていたら、森から聞き覚えのある女性の可愛い声が聞こえて来た。フォックスピープルのファルタリアだ。
金色の大きい尻尾を振りながら、軽快に走って来た。笑顔で……鼻血を出して。
「ラサキさーん、遊びに来ましたー。ハァハァ」
「遊びに? 俺とファルタリアはそんなに仲良かったか?」
「私を二度も助けていただいたのですから、恩人であります」
「わかった。で、その鼻血はどうした?」
「はい、来る途中で転びました。その勢いが止まらず、顔面から木に激突しました。エヘヘ」
鼻血を腕で横に拭き取るファルタリア。可愛いのに男らしいな。あ、鼻血の線が横に伸びた。俺は、袋から布を出しファルタリアに差し出す。
「血が頬に伝って横一文字になってるよ、ほら使え」
「わあ、ありがとうございます。やっぱり優しいですね、ラサキさん。もしかして私が好きですか?」
「なんでそうなる。違うよ、着いている血が煩わしかっただけだよ」
「そうなんですか? 残念です。でも私、独身ですよ、恋人もいません、募集中ですよ、ピチピチです」
「聞いていない、前にも言っていただろ。知っている」
「ううぅ」
項垂れるファルタリア。分かりやすいな、尻尾もしぼんで行くし。
「それで、遊びに来てどうするのか?」
「あ、そうでした。遊びに来たのですけど、実はお願いがあって」
「パーティは組まないよ」
「それも残念ですけど、それは今後に置いといて。ラサキさん、私に剣技を教えてください」
「何で俺なんだ? 他にも居るだろ。ファルタリアだって今の剣術は教えてもらったんだろ?」
「ラサキさん、あの強いガエルを倒したのですよね。あの人、剣術は凄くて有名だったんですよ。だからです、お願いします」
あー、また両手を胸の辺りで組んで、眼を輝かせて俺を見ている。何を見る眼なんだ? 仕方がないな。
「一度手合せしてみるか」
「はい、お願いします、ラサキ先生」
「先生は止めろ。とりあえずそこで構えて見ごらん」
ファルタリアは、両手で中剣を持ち、前に突き出す格好の一般的な構えだ。悪い所はなさそうだし、至って普通だな。俺も剣を構える。
「いつでもいいよ、ファルタリア。掛かって来て」
「はい、ラサキさん。行きまーす」
踏み込んできたファルタリアは、上段に変化させ、切りかかってくる。剣で受けるが、言っていた通り力のある打ち込みだ。
そこらの冒険者では耐えられないだろう。ただ、これが入ればいい線だけど……。次に来る打ち込みが遅いな。一点歩遅れているし、おかしいな。
よく見れば力が分散しているように見える。あー、もしかしたら。
「ファルタリア、今度は効き手だけで持って掛かって来て」
「片手ですか? はい、行きまーす」
さっきより一撃目は弱くなったものの、その後がいい感じになって来たかな。やっぱり、剣が軽すぎて手に余っていたんだ。
数回撃ち込みを剣で受けていたけど、これでも何か違うな、片手にしたからか? この違和感は何だろう。
「それくらいでいいよ」
「ハァハァ、ありがとうございました。ハァハァ」
ファルタリアに剣を見せてもらったら、普通のアイアンソードだった。俺のよりも若干重いな。俺も片手で素振りをしてみたけど、何とか振りませる事が出来た。
よくこれを簡単に振り回せるな。しかし、この違和感が分かった気がする。
昔いたな、誰だったか忘れたけど剣が軽すぎて変更した冒険者。
「ファルタリア、多分武器だ。この剣が原因だと思う」
「ええぇ? どうしたらいいのでしょう」
「バトルアックスに変更してみれば?」
そう、先端の片方が大斧、反対が鋭利な突起で一五〇センチ程の重量級の武器。
「無理です。高くて買えません。私今、生活するのに一杯一杯です」
「やっぱりそうだよな、高いよな。残念」
すぐにバトルアックスは諦め、剣の鍛錬をするしかなかった。それからのファルタリアは、毎日走ってやって来ては鍛錬している。
昼前後の数時間しか出来ないけど、毎日やって来た。真面目だな。
帰り支度をしているファルタリアに聞いてみた。
「シャルテンの町から走って通って来て大変じゃないか? 魔物も出るし時間も食うだろう」
「はい、でもラサキさんと鍛錬できるのですから嬉しいです。苦になりません。また明日きます」
走って森を降りて行く。見送ったけど今日は転ばなかったね。
見えなくなると同時に、コーマが現れてくる。
「毎日大変だね。これからも手伝ってあげるの?」
「今考えている所だよ。しかし、コーマも毎回消えているけど、何か問題でもあるのか?」
「特に無いわ。私はラサキとだけ一緒ならそれでいいの。会ってもいいけど面倒事は嫌なの」
「ファルタリアは、面倒じゃないよ。大丈夫だろ」
「うん、そうだけどね。じゃ、泊めてあげれば?」
「え? いいのか? 今、面倒って言ったばかりだよな」
「あの子もラサキが好きみたいだからね。ラサキもまんざらじゃないでしょ。あの尻尾に興味津々だもの」
「あ、心を読んだな。いいけどさ」
実は、あの膨らんだ金色の尻尾が無性に触りたい。そんな事言えないけど今度触らせてもらいたいと思っている。毛並みもいいし、気持ちよさそうだよな。
「部屋も空いているし、いいんじゃない? それに魔物を倒しながらここまで来るのだから大変でしょ」
「そうだな、ファルタリアは俺と違って、行き帰りの道中には魔物が出るからな」
翌日、ファルタリアは何時ものように走って来た。
「こんにちは、ラサキさん。今日もよろしくお願いします」
「ああ、その前にファルタリアに話があるんだけどいいかな」
「はい、なんでしょうか」
「毎日大変だろうから、ここに泊まるか? 嫌なら別にいいんだけどさ」
小さく飛び跳ねて喜ぶファルタリア。
「本当ですか? いいんですか? 是非お願いします。やったー、これから恋が始まるのですね。って……あそこにいる綺麗な人はどなたでしょうか?」
「一緒に住んでいる、コーマだ」
家から歩いて近寄るコーマ。
「初めましてかな、ファルタリア」
「は、初めまして、コーマさん……奥様ですか?」
「そうよ」「違うっ!」
あ、やばい。笑いながらコーマが睨んできた。
「――い、いや、まだ違う」
ファルタリアは気にしていないようだ。
「では、今日の鍛錬は中止にして、荷物を取りに帰ります」
踵を返し、すっ飛んで走って行くファルタリア。
「あ、ちょ。気が早いな、もう行っちゃったよ。あ、転んだ。あー、転がり落ちて行く。ま、いつもの事だから大丈夫だろう」
頑丈だ、って言っていたし。