第 8話 日常 8
ノランデルがやられたので平常心では無いな。冷静さを欠いているし、これではアサシンの攻撃では無い、普通のナイフの攻撃。
速いは速いけど難なく剣で受け流し、手首を掴んで引き寄せ捻るように後ろに投げ飛ばす。
リアイズは受け身が獲れずに転がる。起き上がる時に剣を向けると、胡坐をかいて座り込んだ。
「く、殺せ!」
「いや、そんな事はしないよ。ただ、今起こった事。俺を襲う算段を練っていた奴らとの事を話してもらえないかな」
「フンッ、協力なんてする訳ないだろ。逆にラサキを落とし入れてやる」
「それは困るな。なら、死んでもらうしかないか」
「だから殺せ!」
「本当に死にたいのか? 生きていればいい事も沢山あるよ、それにまた俺を倒せるチャンスもあるのに」
「ふざけるなっ! 早く殺せよっ!」
「そうか、残念だよ。じゃあな」
切れ長の眼で俺を睨むリアイズ。向けていた剣の切っ先を、みぞおちに当てると、覚悟をしたのか目を閉じる。
剣の切っ先を、ゆっくり、とてもゆっくり、と刺し始める。一センチ刺さるのに三十秒ほどかけ、そして捻じる。
覚悟したリアイズも、えぐられた腹部が徐々に血に染まり、痛みで後ずさりを始めたが、剣も動きに合わせ壁に遮られた。
更に剣を進めると、リアイズが耐え切れなくなり、脂汗を流し苦悶の表情になる。
――そして。
「いだい、いだいっ!イターイッ! 卑怯だ! 止めろ、止めてーっ! こんなの拷問だーっ!」
「でも殺してほしいんだろ? お前を殺す方法は俺の勝手だ文句は言うな。今殺しているから死ぬまで待っていろ。それとも生きたいのか?」
その間も剣を付きたてて、ゆっくりゆっくり刺して捻じっている。もう五センチ程えぐっただろうか、腹から出血した血が床に広がり始める。
「いだーい、うぇーん、生きます! 殺さないで下さい! 私が間違っていました!ううぅ、いだーいっ。ゴボッ!」
傷が深くなり、口からも血を吐き出すリアイズを見て、剣を鞘に納める。
「だから始めからそうすればいいのに。痛かったか? ごめんな」
傷を回復する瓶から液体を降り掛ける。
「し、死ぬ、ゴホッ、う、うぇーん……え。え?」
「今日の事は任せるよ。別に証言してもしなくてもいいからさ。ただし、次に襲ってきたら同じ眼に合わせるよ。んじゃね」
「はい?」
回復したのを確認し、座り込んだまま、放心状態のアサシンを置いて家を出た。検問所を通り、全速力でレムルの家に帰った。
明日は寝不足だな。
全速力で走っても、家に着く頃には空は、夜空から変わり始めて薄明るくなっている。
「早く寝よ」
気配遮断し、静かに部屋に入って寝て……すぐに起こされた。
「ラサキさーん、おはようございまーす……んー」
「ラサキ、おはようがや。んっ」
「ご苦労様大変だったね……ん」
ほとんど寝ていなかったけど、仕方がないな。今日は何事も無く済みますように。
あのアサシンが復讐に来ても、個人的に襲ってくるくらいだったら何の問題も無いしね。
それにファルタリアもサリアも強いし、軽くいなして終わりだから気にしないでおこう。
――今日もいい天気だ。
喉かな数日が過ぎた。
今日も普通に過ごしているけど、リアイズの復讐も無いし気にもならないから翌日、シャルテンの町に出かけた。
荷車に、朝獲って血抜きした鹿や猪の肉を乗せ、俺とファルタリアが交代で曳いている。
こういう時、コーマは消えているけど、サリアは荷車の周囲を、両手を振って透き通った白髪をたなびかせ、楽しそうに小走りしている。転ぶなよ。
シャルテンの町に着いて、新鮮な肉を台に広げればいつものように、あっ、と言う間に売り切れた。
買いに来た女性に話を聞けば、ファルタリアの獲ってきた獣の肉は新鮮で味も良く、さらに物持ちもいいとの事で人気があるらしい。
ファルタリアの血抜きの腕がいいのかな、何にしてもいい事だ。
売っている間にギルドマスターのウルバンが来て、もしかして先日の事を聞かれないかと、ヒヤヒヤしたけど何事も無かった。
事件として取り上げられても嫌だからね、気にし過ぎだったかな。敵だったけど、あのリアイズが何とかしてくれたのかもしれない、と勝手に、前向きに願おう。
皿食を楽しく美味しく食べ、沢山の酒や香辛料を買い込んで家に帰る。
最近、森が変に静かだ。ファルタリアとサリアは何も感じないみたいだけど、悪い意味では無い。けれど、時間もあるし家の周りを探るように確かめよう。
探りながら観察して歩く。獣はいるけど何かが違う。コーマとサリアが魔物除けをしている範囲外に出ても魔物がいない、何だろう何かが変だ。
歩き回っているとコーマが横に現れ、嬉しそうに腕を組んで来る。
「ウフフ、気配に敏感になっているね」
「ん? また何かしたのか?」
「ウフフ、ちょっと気配感知の反応力を上げたの。ダメだった?」
「いや、コーマのする事だからいいよ。ありがとう」
「特に変な事はしていないよ。最近起こった事で、念のためにもっと強くしないとダメ、と感じたの。私のラサキはどんな時でも最強じゃないとね。ウフフ」
「それはそれで嬉しいよ、素直に喜ぼう。そのせいなのか、レムルの森がおかしく感じるんだけど」
「うん、その答えはすぐに出るよ」
コーマに言われ一緒に森の奥へ進む。ん? 先に何かが飛んでいる、いや、飛び回っている。
体長三〇センチ程で、背中に四枚の羽根を生やした可愛い女の子。緑色の髪は肩まで伸び透き通っている。
他にも数人? の種類の違うような妖精も見えている。
「ラサキ、あれが妖精よ」
「え? 俺にも見えるよ、何で見えるんだ?」
「だから気配感知が強くなったからでしょ。毎晩少しづつ強くしたもの。ウフフ」
「もう何でもアリだな」
輪になって集まり、話しをしていたらしい一人の妖精が俺を見た。逃げると思ったら、予想に反して笑顔で手を振って来たので、俺も笑顔で手を振りかえす。
すると廻りの妖精たちも、笑顔で手を振って来た。話声は聞こえないから、笑顔で頷き挨拶だけして家に帰った。
家ではファルタリアが掃除を、サリアが洗濯をしている。嫁だからそれはいいんだけど、――ちんこの歌を輪唱しながら歌っているのが玉に傷かな。
「ちーんこ、ちんこ、フフーン。あ、ラサキさーん、コーマさーん、おかえりなさーい」
「ーんこ。ああ、ラサキ、コーマ、おかえりがや」
笑顔の二人に話しかける。
「ただいま、二人ともご苦労様、一息入れようよ」
「私もお茶が飲みたい」
俺が三人のお茶を入れ、果物と一緒にテーブルに出す。みんな、フゥフゥ、とお茶に吹きかけ飲む。
「フゥ、ラサキさんのいれたお茶は美味しいですね」
「うんうん、愛が入っているがや」
「ラサキ、美味しい」
「お世辞はいいよ。それよりサリア、妖精がこの森に来ているんだけど、話を聞いてもらえないか?」
背もたれに寄りかかっていたサリアが、一つ飛び跳ね背筋を伸ばし俺に向く。
「はい? そうかやそうかや、やっと来たかや」
「と言う事はあの森の妖精か?」
「そうがや、あの時の約束を守って来たがや」
「なら余計に話を聞く必要があるな。今後の事とか、折角来てくれた妖精たちに住みやすい森にしてあげたいしね」
任されたのが偉く嬉しかったのか、いつになく張り切る可愛い笑顔のサリア。
「いいがやいいがや、さっそくその場所に行くがや」
立ち上がったサリアに、手を引かれて外に出る。コーマは、お勤めがある、と消えて行った。




