第65話 散策した
まだ、コーマは帰ってこない。
お勤めなのか、不穏だからか分からないけど、俺は一人風呂で癒されながら考えていた。それはそれで楽しいよ、一人でくつろげるし。
でも、コーマはコーマなりに最善の方法を考えているのだから、俺は何も言う事ではない。
ゆっくりと癒されて風呂を出る。
外はまだ明るく、夕方にもなっていないから、ファルタリアとサリアはまだ観光しているようだね。
俺は一人ベッドで仰向けで横になっていたら、ふと思い出した。
「あ、今日は皿食を食べそこなったんだ。ハァァ」
丁度ファルタリアとサリアが帰って来た音がした。二人は居間でくつろいでいるようだね。サリアがファルタリアに話しかける声が俺の耳に入って来る。
「ラサキがいないと、楽しさ半分がや」
「そうですね。連れて行かれたラサキさんは大丈夫ですかね。心配です」
「ラサキは強いがや。問題ないがや。待っていればいいがや」
「あれ? ラサキさんの気配がします。スンスン。あ、帰っていますよ」
居間と寝室をつなぐ扉が開いた。ベッドで横になっている俺の眼と、ファルタリアの眼が合うと嬉しそうに走り寄って来た。
「ラサキさーん、帰っていたのなら教えてくださいよぉ。心配しましたよぉ……んー」
俺に走り寄る、と言うより、俺の唇目がけて来た感じだな。ま、心配させたんだし、いいよ。思う存分に吸い付きなさい。
次にサリアも入って来た。
「ラサキ、大丈夫かや? 何かされなかったかや? 心配したがや……ん」
はいはい、サリアもね。しかし、サリアは上手くなっているよ。甘く、優しく艶っぽい口づけ。侮れないな、三五七歳。
「大丈夫だよ、ちょっと揉めたけど、何の問題も無いよ。今後も観光は出来るし楽しもう」
居間に戻って椅子に座る。そこでファルタリアに聞いてみた。
「なあ、ファルタリア。俺が帰っている事を何でわかったのか?」
「勿論私と、ラサキさんの愛の力ですよ、愛。エヘヘ」
「ファルタリア、愛はわかったから、正直に答えてほしいな」
「失礼しました。はい、それはラサキさんの匂いです。私、ラサキさんの匂いだけは嗅ぎ分けられますよ」
「俺に匂いがあるのか? く、臭い匂いなのか?」
俺は動揺したよ。俺って臭いのか?
「臭くなんかないですよ、ラサキさん。ラサキさんの体臭は、とてもいい匂いです。私の好きな匂いだからわかるのです、エヘヘ。だから、愛と言ったじゃないですかぁ」
ファルタリアの隣に座っていたサリアが、俺に抱きついて顔をうずめる。
「スンスン。何の匂いもしないがや。スンスン、あたいはラサキの匂いがわからんがや。ううぅ」
「泣くなよ、サリア。ファルタリアは獣人だから、嗅覚が発達して優れているんだよ」
「グス、そうなのかや?」
「ああ、そうだよ。だからサリアは気にするな」
ファルタリアは空気が読めなかった。
「え? ラサキさん。私、嗅覚は人並ですよ。ラサキさんの匂いだけを嗅ぎ分けられるんです。エヘヘ」
馬鹿。あ、ダメだ、泣くよ。
「うわぁぁぁーん、あたいは。エッ、エッ、うわぁぁぁーん」
大粒の涙を流して号泣するサリア。
何言っているんだよ、ファルタリア、場を読もうよ。ファルタリアは、やっぱり馬鹿だったな。
その後、泣いているサリアの頭を撫でながら、宥めるのに小一時間消耗したよ。サリアが納得した最後の一言は、俺が小声で言った、ファルタリアは馬鹿だから仕方がないんだ、だった。
「いいがや、いいがや、なら、あたいも気にしないがや。アハハー」
サリアは本当に単純で、いや、とても素直で良かったとつくづく思ったよ。
あー、疲れた。
翌日、目を覚ますと、まず二人の手を払う。
ゆっくり起きて皿食を食べに行くと、皿食屋に入ればコーマが現れ、一緒に座って四人仲良く食べる。
ファルタリアとサリアが、お代わりの順番に並んでいる時、お代わりした皿食を食べながら、コーマが話す。
「あの変な人とその関係する人が、ラサキの行動を隠れて観察しているの。今は見ていないから私も一緒に食べられる」
コーマにとっては、消えても現れても問題ないらしいけど、あの眼が嫌なので気分が悪い。この国も好きじゃなくなった。との事。
「ねえ、ラサキ。そろそろ、他に行こうよ」
「そうだな、潮時かな。準備をしても一日は掛かるから、2日後にしよう」
「ごめんね」
「コーマは悪くないよ。それで夜はどうする?」
「多分夜でも来そうだから消えている」
「悪いな、コーマ」
「いいのよ……ん、ん、んー」
隣のコーマが、唇を寄せて来た。あ、不満なのね、相当不満なのね。人目もはばからず、長く濃厚な口づけだった。
廻りで皿食食べている人の手が、口の前で止まっているし。奴隷と主人だから、羨ましそうに見ている人もいたよ。コーマには悪い事をしたな。早く国を出る準備に入ろう。
ファルタリアとサリアは、皿食を持ってテーブルに着く前に、俺達の事をしっかり見ていたけど、皿食屋だから我慢しろ、と言っておいた。
ファルタリアは仕方なく了承したけど、サリアは奴隷だから、口づけしたい、と言ってきた。
しかし、この場では抵抗があるので、皿食を食べて店を出てからね、とやんわり言い聞かせたよ。年が年でも容姿が少女とじゃ、廻りの冷たい視線が怖いしさ。
食事も終わり、皿食屋を出る前にコーマは消えた。二人との約束を果たして、俺達はその足でギルドに行く。
歩いている途中、道端にしゃがみ込んで泣いている女の子がいた。
「どうしたのかな? 何かあったのかな?」
「グス、家のお使いで買った果物を、赤い布袋に入れて歩き出したら盗られて……グス。お店の人も、売った後だから弁償できないと言われ……グス」
「それは災難だね。そこの商店か。酷いけど、商店の言い分も正当だな。ファルタリア、その店で同じ物を買ってきてくれ、こういう場だし言えば店主も知っているだろ」
「はい、了解しましたぁ」
すぐにファルタリアが買って来た。
「お嬢ちゃん、これを持って行きな」
「え? 見ず知らずの私に、いいのですか? 本当に?」
「いいよ、気を付けて帰るんだよ」
「ありがとうございます」
女の子は頭を下げ、嬉しそうに帰って行った。見送ったファルタリアとサリア。
「何処にでも、悪い人はいますね。そういう人はぶった切りたいですね、全く」
「そうがや。見つけたら、氷の矢の串刺しがや」
女の子を見送って歩き出す。しばらく歩くと、今度は道端にいるお年寄りが、荷車から重い荷物を下ろせずに四苦八苦している。
「手伝いましょう」
「あ、ありがとうございます。その店の中に入れていただけると助かります」
持ち上げようとしたら、本当に重いよ。大の大人でも厳しいんじゃないか? でも俺は、片手で軽々を持って店の中に入れた。
もう一つあって、隣の荷物も同じくらい重いらしい。聞こえたファルタリア。
「これですか? 今持って行きまーす。よっと」
ファルタリアも、軽々と持って店に入れたら、お年寄りが驚いていたよ。お礼にお茶に誘われたけど、ギルドに行かないといけないから、と丁重に断った。
ギルドまであともう少しの場所に酒場がある。仕事にあぶれたであろう男達が、昼間から酒をあおっている。
あ、その気持ちはわかるよ。飲みたくなっちゃうんだよな。儲けた時とダメな時は、余計に飲みたくなったんだよ、うんうん、昔を思い出しちゃったよ。
気にせず通り過ぎようとしたら、酒場の外から女性の声と男の罵声が聞こえた。




