第53話 さっそく食べた
翌日、旅行中だし特に急ぐ事も無いのでゆっくり起きる。
俺が目覚めた直後に、コーマも眼を開けて優しい笑顔で見つめてくる。
「コーマ、おはよう」
「おはよう、ラサキ……ん」
ベッドのクッションが動いたからか、後に続くようにファルタリアが眼覚める。
「うーん、ラサキさんコーマさん、おはようございます。気持ちのいい朝ですね。……んー」
長い吸い付きの後、サリアも眼を開ける。寝ぼけているのか、わかっていない。
両手を上げて欠伸をするサリア。
「ファァ、おはようがや、ラサキ。ファルタリアとコーマもおはようがや。ん? 二人共満足そうに……あ、あたいだけ朝の行事をしていなかったがや」
焦って唇を合わせて来た。サリアもする事はするんだな。いいのかな、しかし。毎回気にする俺は小心者なのだろう。引っかかりませんように。
遅く起きたから、他の宿泊者は出立して誰もいなくなっていた宿を出る。宿の主人が、簡単な食事を出せる、と言っていたけど、丁重にお断りした。
俺達の行く先は、昨日から楽しみにしていた皿食屋だ。
場所は、検問所で聞いていたからすぐに見つけた。数軒の皿食屋が数軒離れて営業している。
少しの間眺めていれば、人の出入りで自ずと一番の皿食屋がわかった。
その店に決めて入ると、混んでいたので少しだけ待たされる。
それだけ人気があるのだろうね、四人席が空いて案内される。コーマは座らず、素通りしてさっそく注文しに行って並んでいるよ。
さすが、慣れたものだな。
負けじと後を追うようにファルタリア、続いてサリアも並んでいる。
最初にコーマが持って来た料理は、ステーキ状に切られた大きい白身魚の油炒めだった。魚からにじみ出た油に混ざって、香辛料の香ばしい匂いが食欲をそそるね。
ファルタリアが料理を持って来てくれたので、一口食べる。やはり、裏切られず美味かった。
口の中で軽く崩れるくらい、身も柔らかく染み込んだ旨味が出てくる。
味を堪能して食べている俺の横にいるコーマは、早々とお代わりしに行く。その表情は嬉しそうだよ。 この皿食屋は当たりだったね。
ファルタリアも後を追ってコーマの後ろに並ぶ。相変わらずの食欲っぷりだ。綺麗な食べ方なのに早い。
これは特技と言っていいよ、凄いな。
サリアは、一生懸命食べているけど、あの二人と競ったらダメだよ。俺だって勝てないのに。
両頬を膨らませて、焦って食べるサリア。
「サリア、ゆっくり食べろよ。皿食は逃げないし待っててあげるからさ。俺だってまだ食べているだろ」
それでもサリアは、早く食べて並びに行ったよ。負けず嫌いだな。
コーマとサリアは同じ料理だったけど、ファルタリアはシルバーフィッシュの塩焼きを三匹持って来た。
レイクフィッシュと同じで、湖で獲れる魚、と聞いていた。
海まで来て湖の魚かよ、ララギの町のラクナデ湖依頼、相当気に入っているんだね。
シルバーフィッシュがあるって言う事は、獲れる湖か沼があるのかな。あとで聞いてみよう。
ファルタリアがシルバーフィッシュを、頭から噛り付いている。魚の骨が砕ける音をさせながら、豪快に骨ごと美味しそうに食べている。
俺とコーマは知っているから気にしないけど、その食べっぷりを初めて見たサリアは目を見開き、怪物でも見ているように固まっている。
「ファ、ファルタリアは化け物かや? 凄い歯と顎がや。骨ごと食べているがや。少し、羨ましいがや」
「サリアは止めておきなよ、骨が喉に刺さったら大変だからね。ファルタリアは獣人だから食べられるんだよ」
ファルタリアは、美味しそうに頬張って骨の砕ける音をさせながら食べている。
「おいひいでふよ、らはきはん」
「口いっぱい入れたまま話をするな。口の中が見えるし行儀が悪いぞ」
コーマもサリアも食べ終えて、食後の飲み物を飲んでいる。
三匹目を食べ終えたファルタリアも満足したようだね。皿食屋を出て町を散策しようか。
まず港に行って見た。港の両側から海に向かって高い堤防が港を囲んでいる。
船着き場には、漁船であろう大きな船が並んでいたよ。シーガイの町を囲む塀は、海を境に切れていた。
日も高く上っているから漁も終わっているのだろうね。人もまばらで、港の市場も静かだ。
暇そうにしている、浅黒い肌の漁師らしき厳つい男に聞いてみた。
漁師曰く、魔物は海にも居るけど、岸には上がってこないし、上がって来たところも見た事が無い。
漁は、網だと魔物が入って破られるのが落ち。水揚げする魚は、全て釣り上げている。
釣りなら魔物も掛からないので効率がいい。
なるほどね、網より釣りか、よく考えているな。
さらに、どんな魔物が居るのか聞いたけど、烏賊の魔物とか蛸の魔物、海竜の魔物もいると言っていたけど、初めて聞くから上手く想像できなかった。
四〇年生きているけど、以前の世界と言うより、俺の住んでいた町から海までは、一ヶ月以上かかる程遠かったから、町の奴らは誰一人見た事も無かった。
ましてや話題にも上がらなかったよ、海の魚も入ってこなかったからね。
ギルドに地図が貼ってあったから、海がある事だけは知っていたくらいだ。
堤防の上から海を眺めていると、その広さに自分が小さい存在だと感じる。海は雄大だな、シーガイの町に来てよかったと思う。
そんな俺を読んだのか、何も言わず優しい表情で寄り添うコーマ。
綺麗だし、スタイルも良いし、完璧だよ、ますます好きになった。
「ウフフ、ありがとう、ラサキ。私も愛している。ではこれからお勤めに行って来るね……ん」
軽く口づけて消えるコーマ。
余韻に浸りながら市場に戻ると、ファルタリアとサリアは漁師に、魚はいつ獲れるのか? とか、いつ運ばれてくるのか? とか、直接買えるのか? など聞いていたよ。
漁師に食いついているファルタリアに、サリアが同調しているのかな。最後にシルバーフィッシュの塩漬けの事も聞いていた。
その二人に歩み寄る。
「ファルタリア、まだシーガイの町に滞在するんだから、塩漬けはまだ早いよ」
「はい、ラサキさん。何事も事前準備ですよ。いつでも買えるようにしておかないといけませんからね。エヘヘ」
「さすがだよ、ファルタリア。物事を事前に考えているんだな、偉いぞ。それならよく調べておきなよ」
ファルタリアが満面の笑みで喜んでいる。
「わーい、ラサキさんに褒められた―。私の事、益々愛していますね? 私も愛していますよ。次は合体ですね? 楽しみですねー。エヘヘ」
はしゃぐファルタリアに対して、悲しげな表情で涙目のサリア。
「何かや? あたいは何も無いがや。羨ましいがや。ううぅ……ラサキ、胸揉むかや?」
両手を胸に当てているサリア。またそれか、揉まないけどまだ揉めないだろ、ペタンなんだからさ。
「いつも言うけど、サリアはサリアらしくしていればいいよ。自然体が一番だよ。まだこれからだからさ、気にするなよ。な」
「そ、そうかや? ではラサキの言葉に甘えるがや。ラサキは優しいがや」
納得したのか、気を取り直したサリアは、ファルタリアに駆け寄って楽しそうに話し始めた。
食い入るように、ファルタリアのたわわな胸を見るサリア。
「どうしたらファルタリアみたいな、でっかい胸になるかや?」
「うーん、好き嫌いしないで沢山食べる事ですかねー」
「いつから大きくなったかや?」
「うーん、気が付いたら大きくなっていましたよ。コーマさんには負けますけど。エヘヘ」
そう言う話は宿の部屋でしろよ、港の人達が見ているだろ、恥ずかしいな。呑気な二人を引っ張るように港を後にした。
それより明日は、競りが行われる活気に満ちた早朝に来て見学しよう。




