第46話 樹海だ2
テーブルに茶と木の実を置き、対面に座る可愛い笑顔のサリア、ヴァリシッサ。
「なあ、サリア、ヴァリシッサ」
「サリアでいいがや。いつもサリアと呼ばれているがや」
「他に誰か住んでいるのか?」
「妖精と精霊がいるがや。私はどこで生まれたかは知らんがや。物心つくまで、妖精と精霊に育てられたがや」
「今もいるのか?」
「外で遊んでいるがや。あそこにいるがや」
サリアが指差したけど、俺には見えない。コーマは見えるけど、話は出来ないらしい。
「ラサキは、魔法が知りたいかや? 何でかや?」
俺は、ルージュの事を話し、もっと詳しく魔法を教えてあげたいと打ち明けた。
サリアは教えてくれるらしく聞いて来る。
「その娘の魔法は、どこまで出来るかや?」
初めて使った攻撃魔法で、山を吹き飛ばした事と、その後の鍛錬も話した。
「魔力を小さく分けるまでになっている」
「魔力量も大きいがや。魔力分けもそこまで出来たら、魔法は好きに使えるがや」
「魔力の大きさは、どうやって適正な量を導き出すんだ?」
サリアの答えは、あまりにも呆気なかった。
「適当がや」
「え? そんな簡単でいいのか? 長すぎる詠唱はどうするのか?」
「詠唱? 無いがや。おかしいかや?」
何? あの長ったらしい詠唱は何なんだ? しかし、魔法は発動したよな。根本的に何かが違うのか。
確かにサリアの攻撃魔法は、短時間で何度も撃って来た。うーん、わからない。
考え込む俺に、サリアが覗き込むように言ってくる。
「何を悩んでいるかや? 一つ、簡単な魔法を見てみるかや? 生活魔法がや」
そう言って、部屋の隅にあるかまどまで行ったサリアが、かまどに向かって手をかざし魔法を発動する。
「かまどに炎がや」
サリアの手の前に魔方陣が展開され、かまどに丁度いい炎か出た。その上に鍋が乗っている。その鍋に手をかざす。
「鍋に水を絞り出すがや」
鍋に水が溜まる。余計に訳が分からなくなった。俺の横では、コーマは自分の世界に入っているのか黙って茶を飲み、木の実を美味しそうに食べている。
「サリア。どうしたらその魔法が使えるんだ?」
「ん? ラサキ、考え過ぎがや」
「じゃ、ルージュが詠唱して放った攻撃魔法は何だったんだ?」
サリア曰く、人族の詠唱と言う文は、魔法を発動する為の集中力を高めるために考えられたものであり、ある種の自己催眠に近い。
詠唱は知らないけど、予想としては長ければ長いほど集中力は増す。
詠唱の文言は、当然サリアは知らなかった。魔法を使うには、説明できないコツがあるらしい。
それさえわかれば、生まれ持った魔力量にもよるが、どのくらい必要か思い描くだけで簡単に使える。
そして、想像しながら言葉を発すればいいだけの事。
魔力を持つ人の自己催眠か、魔力の無い俺が、詠唱しても何も起こらないのは当然だ。
「あたいがラサキに攻撃した魔法は、今日初めて使ったがや」
「あれが? 氷の矢も?」
「初めてがや。今まで攻撃を受けた事も無いし、誰一人私の家まで来た事も無かったがや」
「それにしても、殺傷能力は全開だったぞ」
「それは私も驚いたがや。ちゃんと攻撃出来ることがわかったがや」
「殺されかけた俺の身にもなって見ろよ」
「殺されるかや? あの矢を素手で掴めているのに、ありえんでしょうがや。ラサキは人間離れしているがや」
そこにコーマが割って入る。
「サリア。木の実とお茶」
「あ、はいはい」
そそくさとお茶を作り、木の実を取りに行く。
何だそれ、随分と従順だな。コーマは昔、サリアを見ているから性格を知っているのかな。
実体になって、話が出来るようになったら上から目線のコーマだし。
「いいのよ、そう言う子なの」
木の実とお茶を両手で持ってくる笑顔のサリア。
「お待たせしましたがや。美味しいですやろ。樹海で採れるんですがや」
「うん、美味しい。ラサキも食べなよ」
サリアが、思い出したように話の続きを始める。
「あ、さっきの続きがや。魔法と言うのは、詠唱や呪文は初心者用で本来は必要無いがや。今度は攻撃魔法を見せるがや」
そう言って、家の壁に向かって手をかざす。
「氷の矢が壁に刺さるがや」
氷の矢が壁に刺さって消えた。俺に向けて撃って来た魔法と同じだ。
サリアが言うには、炎の矢も同じで、氷を炎に言い換えるだけだと教えてくれた。
さらに、炎の矢に、燃え続けろ、と唱えれば突き刺さったまま燃え続け、家も燃える。
本数や大きさ、範囲も思い描くだけだと言う。ちなみに、氷の矢の魔力量は、指の先くらい。
なるほど、魔力量が決まって、それが分けられるようになれば詠唱では無く、思った様に願い、言葉に発すればいいんだな、
目から鱗が落ちたよ。思わずサリアを抱いてお礼を言ったよ。
「ありがとう、サリア。サリアのお陰で魔法を理解したよ」
「え? え? 何しているがや。恥ずかしいがや」
離れると、湯気が出そうなほど真っ赤な顔のサリアが固まっている。
そうなる事は知っているかのように、木の実を食べて窓の外を見ているコーマ。ん? 焼きもちか?
「違う。元々ラサキは私の物だもの」
「はい。失礼しました」
「ラサキ、愛している」
そう言って、両手で包むようにお茶を飲む。俺はまだ固まっているサリアに声を掛ける。
「おーい、サリア。大丈夫か?」
我に返るサリア。
「え? は、はい。と、殿方に抱かれたのが、は、初めてですがや」
まだ赤ら顔なサリアだったけど、可愛い少女だね。
落ち着いた後、テーブルを囲んで俺の事や、昔コーマがサリアを見ていた事、サリアの生い立ちなど、和やかに談笑した。
楽しい事は時の経つのも速い。外はもう夕暮れ時になっている。
「サリア、そろそろ帰るよ」
急に動揺して手を振り回し、涙目になるサリア。
「あ、あの、その、よ、良ければ、泊まって行かないかや? 二人のベッドもあるがや」
「迷惑じゃないか?」
「め、め、滅相も無いがや。初めてのお客様がや。ぜ、是非とも泊まってほしいがや。初めて来客用のベッドを使ってもらえるがや」
「俺はいいけど、コーマは?」
「私はラサキに任せる」
と言う訳で、サリアのお言葉に甘えて泊まらせてもらう。サリアは、満面の笑みで大喜びして部屋を貸してくれた。
その夜は、昼の続きで話が盛り上がり、町の話などでサリアの眼が輝きっぱなしだったよ。
「私が町に出ても大丈夫なのかや? 人族や獣人に襲われないかや?」
「サリアの見た目が人だから、魔法さえ使わなければ問題ないよ」
「では、ラサキの言っていた皿食も食べられるのかや?」
「そうだよ。ただし、皿食を食べるには、お金を支払わなければならない」
魔法を教えてもらったお礼のつもりで金貨を出す。しかし、予想外の答えが帰って来た。
「ラサキ。その金貨は持っているがや」
サリアは振り返り、棚から木の箱を両手に抱えて持って来た。蓋を開けると、中には金貨が数百枚入っていたよ。
サリアが言うには、妖精達が樹海を見て回って来ると、必ず何枚か拾って来る。ただ使い道がわからず、貯まってしまったので箱にしまってある。
多分、魔物にやられた冒険者が持っていたか、落としたのだろう。ま、それはサリアに関係無いから言わないでおこう。
「この金貨は、皿食を食べる時に必要だから大事にしなよ」
「わかったがや。大切にするがや」
楽しい語らいの夜は更けて行く。




