第42話 滞在した2
急に詠唱を止められ、動揺しているルージュには、声に出さず黙読しているように指示した。
怒られた訳では無い事を知ったので、改めて眼を輝かせて黙々と読み始める。
コーマが言うには、ルージュは魔法使いとしては稀に見る逸材で、町を包み込んだ光の球が魔力の量と比例する。
その量の大きさは国の大魔道士を凌駕している。
あのまま詠唱を続けていたら、確実に魔法は発動していた。
どういう魔法かは、定かではないけど、ギナレスの町が、消し飛ぶほどの大きさにはなっただろう。
いやー、危なかったな。町が無くなるってどんな魔法なんだ? 危なそうだけど一度は見て見たい衝動に駆られた。
俺とルージュは、一度町を出た。
しばらく西に向かって歩き、荒れ地の山が見える場所に出て人気が無い事を確認する。
「ここなら大丈夫だろう。ルージュ、あの山に向かって詠唱していいよ」
「はい」
本を読みながら詠唱するルージュ。
「偉大なる始まりの炎よ――中略――発動せよ ヘルフレイム」
詠唱し終わったと同時に、ルージュの前には幾何学的な魔方陣が幾重にも展開され、巨大な紅蓮の炎が山を包みこんだ。
と思ったら、地面が揺れ、耳を塞ぐほどの轟音と共に山の大半が簡単に消し飛んだ。その名の通り、木端微塵だよ。
その爆風が俺達に向かって来たので、吹き飛ばされそうになるルージュを後ろから抱きかかえるが、すでに気を失っている。
こんな攻撃魔法は、大きすぎて使えないだろ、いや、使ったらいけないだろ。
誰かに見られたら不味いから、ルージュを抱きかかえて、一目散に逃げ出した。無事に町に辿り着いたら、何事だ、と大騒ぎになっている。
コーマに助けられたかどうかは知らないけど、誰にも見られないように逃げ切ったようだ。ふぅ、危なかったな。
初めての魔法で、力加減がわからないルージュは、一度に魔力を使い切って枯渇したので気を失った。と、コーマが教えてくれた。
暫くして、こっそりと入った俺の宿で、寝かせていたルージュが目を覚ました。
「ルージュ、大丈夫か?」
「あ、あれ? ボク、気を失ってました? 体が重いです、それに頭も……」
幼いながらも、疲れ切った無表情で手を額に添える。
「魔力の枯渇で気を失ったんだよ。一度の攻撃魔法にルージュの魔力を全て乗せたみたいだ」
「山に当てるイメージで、詠唱を唱えただけですけど」
「魔力量を制限する鍛錬が必要だね。まだ、やる気があるのならルージュの力になるよ」
「はい、お願いします」
鍛錬方法を探す間は、ルージュに本の黙読だけに留めるように言っておいた。
コーマによると、枯渇した魔力を元に戻すには、数週間かかると言う。慣れれば一日の休息で戻るけど、初体験だったので体が魔力に追いついていないらしい。
その後、家に送り届けたら、外に両親がいたので、本は俺が贈った旨を言っておいた。盗んだと思われたら可哀そうだからね。
しかし、調子に乗って言ったはいいけど、どうやって鍛錬するんだ? 練習方法だって知らないよ。
あの化け物じみた攻撃魔法の調整が出来るのか? 何度も派手に爆裂させていたら、すぐバレて捕縛されるだろう。
参ったな、うん、こういう時は気分転換が必要だ。
「皿食食べに行こうか」
すぐに表れるコーマ。近くにいたんだね。
「うん、行こう。ウフフ」
昨日と同じ店がいいと言っていたコーマ。気に入ったようだね。皿食を、嬉しそうに食べる可愛いコーマ。
「ラサキ。これ、美味しいね」
「ああ、美味いな」
食べ終わる頃、飲み物で一息ついているコーマに聞いてみた。
「魔力量の調整ってどうすればいいのかな」
「知らない、ごめんね」
「いいよ、気にするな」
「でも、あの光の玉を手で分けるイメージすれば、出来そうな感じがするけど」
「なるほどね、やってみる価値はありそうだ」
しかし、攻撃魔法は派手だからうかつに出来ないし。
――あ、そうだ。回復魔法でやればいいんだよ。
でも、魔法が使える事がわかったし、魔力量の回復もあるから事を急いでもいい事は無い。
夕暮れ時、ルージュに会って、しばらくは本を熟読して、出来るだけ理解するように言っておいた。一度でも魔法が出来たのだから、その方が効率はいいと思った。
急がば回れ、時間はあるんだから、ゆっくり焦らず行こう。
後日談、山の焼失は、大騒ぎになったけど、あれだけ大規模な魔法は存在しないと決められた。国の大魔道士でも、山を消し飛ばせるまでの力は無いらしい。
結局、隕石が落ちて山が無くなったと言う落ちになった。何はともあれ、大事だけど大事にならなくて良かったよ。
今後は気を付けよう。
ルージュの魔法鍛錬は、一区切りついたので、次は、フェーニ達との討伐参加だ。よく考えると正式に依頼を受けた事が無かったな。
これが初めての討伐依頼だ。
準備する事は、怪我した時のポーションは必要だろう。
フェーニとミケリも、二人で三個持っていると言っていたし。俺もファルタリアも頑丈だけど、二個買っておくとしよう。
ファルタリアも宿に帰って来て、フェーニとミケリと一日を過ごした事が嬉しかったのか、しつこく俺に話しかけていたけど頷きながら聞き流した。
楽しかったのだろうね、充実した再会を思い出しているのだろう、緩い笑顔になっていた。
それはそれで良かったと思うよ、ファルタリアが教えた鍛錬仲間だもんな。
合同討伐は2日後に決まった。
ファルタリアは、居ても立っても居られない素振りを見せていたけど、バトルアックスを取り出したかと思ったら、手入れを始めた。
「ファルタリアも、フェーニ達と一緒に暮らせば?」
「ええぇ? そんあぁ。ラサキさんは、私の事を愛しているのに突き放すのですかぁ? どれだけSなのですかぁ? 私はラサキさんと一緒がいいですぅ」
「あ、いや、無理に行っている訳じゃないよ。フェーニ達と居ると楽しそうだし、思う存分魔物の討伐もいけるだろ」
急に怒った表情になるファルタリア。
「ラサキさん! 私はラサキさんと一緒がいいです!」
「あ、うん、ならそれでいいよ。そんなに攻撃的になるなよ。可愛い顔が台無しだぞ」
「そんな、可愛いだなんて。知っていますよ、エヘヘ。あ、行けない、行けない。危うくラサキさんの口車に乗せられるところでした。私はコーマさんと同じく、ラサキさんと一心同体です。ラサキさんとの合体を夢見る、恥じらいのある乙女です」
「何だかなぁ、いいのか? それで」
「勿論です。合体を夢見る乙女ですよ、ラサキさん。合体です! がった、ムグッ」
「わかったから静かにしろよ。恥ずかしくなるよ、全く」
コーマはベッドで寝転がりながら、ずっと黙って俺とファルタリアのやりとりを見ていたけど、俺の後ろから首に両手を回してくる。
「私もよ、ラサキ。ファルタリアの言葉を借りれば、私も合体したいの。ウフフ」
「あー、もう、覚悟はしているけど、もう少しだろ。何だか俺が女になった気分だよ」
「ウフフ、楽しみに待っている……ん」
ファルタリアも、俺の体に擦り寄って来た。
「私も仲間に入れてくださいよぉ。寂しいですよぉ。ラサキさん大好きですよ。エヘヘ……んー」
事が済んだら、ファルタリアの毛並みのいい膨らんだ尻尾をモフッた。
フゥ、癒された、もう寝ようね、おやすみ。




