第41話 滞在した
「ファルタリア。手持ちの金はまだあるか?」
「はい、ほとんど減っていません。一番大きい買い物も、レイクフィッシュの塩漬けに金貨1枚使ったくらいです」
うんよし、まだしばらくは旅行も十分できるな。
「ではラサキさん。行って来ます」
「ああ、気を付けて行けよ。慌てて転んで鼻血出すなよ」
「走らないから大丈夫ですよ。心配してくれるのですね、やっぱり私の事、愛していますね。私も愛していますよ、早くデレてくださいね。エヘヘ」
「早く行きな」
ファルタリアはフェーニ達に会いに、魔物の討伐依頼を一緒に行く為に日時を決めに行った。
今日は一日帰らない、と言う。存分に再開を楽しんできなよ。
俺はコーマと二人で仲良く町で探し物だ。腕を組みながら商店を見て回り、古物商を見つけた。
そして、売れていなかったのか埃がかぶっていた一冊の本を購入する。その本は、魔法が使える人用の詠唱が書いてある本。
魔法が使えない人には何の価値も無いから誰も買わない。しばらく売れなくて困っていたのか、金を支払った時、店主は嬉しそうだったよ。
座れる場所を探して、本を開いてみる。
「何だ? この本。変な魔力の説明ばかりで、二つの詠唱しか載ってないよ。そんな物なのかな」
「そうね、攻撃と回復みたいね」
「コーマは知っているのか?」
「魔法は知っているけど、詠唱は知らない。使えないもの」
「俺の体だけは治せると言っていたけど、コーマは使えないのか?」
「うん。使えるのは、魔の女王とかね」
「今も居るのか?」
「居るには居るけど、人見知りだから誰とも会わない」
「ひっそり暮らしているのか」
「そう。直接会った事はないわ。見ていただけだから」
「ああ、その頃はコーマに実体が無かったからな。期会があったら居場所を教えてほしいな」
「考えておく」
魔法は使えないだろうけど、本を読みながら詠唱してみた。
偉大なる始まりの炎よ
生命を育む恵みの炎にして、燃やし尽くす裁きの炎
我が欲する名は獄炎、その役は殲滅
殲滅せよ、我が盟約に置いて今が成す時
盟約に従い我に従え炎の覇王
来たれ浄化の獄炎、燃え盛れ地獄の黒炎
――中略――
業火を持って焦土と化せ
爆炎を持って消滅と化せ
ズーレイ ズーレイ ノードーク ノードーク
イルアント メイターネ メイターネ
身は塵に 血は灰に 魂は消滅
発動せよ ヘルフレイム
「フゥ。これじゃ詠唱しているうちに攻撃されて終わりだな。長すぎだし、暗唱できるのか?」
「そうね」
「どんな攻撃魔法なのかな」
「知らない」
ついでだから、もう一つも詠唱してみた。
古の盟約に、我、法を破り、理を超え、
治癒の意志をここに示すものなり
滲み出す回復の紋章、その名は治癒の女神
青の刻印よ 女神パナケイア
赤の刻印よ 女神イアソ
緑の刻印よ 女神アケソ
輝く御名のもと、地を這う傷ついた身に、治癒の光を雨と降らせん
――中略――
骨は血に 血は肉に 肉はその身に 我は信者なり
奉霊の時、今がその時 今が成す時
回復せよ ヒール
「ハァァ。これだけで疲れた。無理、絶対無理。暗唱なんて出来ないよ」
「詠唱したラサキには、何も起こらなかったから、魔法は使えないね。ウフフ」
「コーマは、この本に載っている女神は知っているのか?」
「知っている。けど、会った事は無い」
「他にも神はいるのか?」
「うん、居るけど、誰とも会わない。みんなそう、多分一生」
「ふーん、神にも色々と事情があるんだな。聞かないでおくよ」
この本をルージュに渡そうと家に行く。
「ラサキ、私は消えるよ」
「別に消える事無いだろ。表向きは奴隷なんだし」
「ラサキとはいつも一緒にいたいけど、余計な事は嫌だし、いないほうが楽でいいの」
「消えたり出たり大変じゃないのか?」
「簡単よ。それに、お勤めの時以外は、いつもラサキを見てるもの」
「ならいいよ、コーマの好きにして」
「ウフフ、好きよ……ん」
その場で消えても、周囲の人は何とも思わない。初めから俺一人で歩いていると思っている。
いつも思うけど、本当に便利だよな。さすが神だね。
そう言えば、聞いていないけど、コーマは何の神なのだろう。コーマも言わないし俺も聞かない。
別に気にしないよ、俺の理想になってくれたのだからね。
会いに行ったルージュは、以前会った時と同じ場所で一人遊びをしていた。
「やあ、ルージュ。相変わらず光と遊んでいるね」
俺を見て、可愛い笑顔で迎えてくれた。
「あ、ラサキさん、こんにちは」
ルージュの隣に座り、魔法の事を話して、鍛錬すれば魔法が使えるようになる事も話した。
「ボクが魔法を使えるようになるのですか? 信じられません」
「その光の球は、魔力の元だそうだよ。ルージュは魔法を使いたいか?」
「実感はありませんけど、使えたら楽しそうですね」
「辛く厳しいかもしれないよ」
「今までも厳しい生活でしたから、脱却できればいいな、と思います。それに、ラサキさんの話を聞いていたらもっと向上したいです」
前を見る眼が生き生きとしている。ルージュはまだ子供なのに偉いな。
自分を見極めたいかのように進もうとしている。
それに引きかえ、俺の一二歳の時なんて、我武者羅に剣を振り回しているだけのガキだった。
彼女の眼差しに、今更ながら自己嫌悪だよ。
ルージュに魔法が使えたら、俺より強くなるのかもしれない、と考えてしまった。
けど、気にせずに詠唱の本をルージュに渡す。
「頂けるのですか?」
「そうだよ。読めるか?」
「はい、読めます」
ゆっくりと大事に本を開き、食い入るように読み始める。
一緒に読んでいたら、魔力の説明の中に、光を魔力に変える詠唱があった。
念の為に、始めに俺が詠唱を唱えて見た。けど、何も起きなかったよ、当たり前だけどさ。
本に書いてある通り、ルージュに光の球と会話をするように、心に求めるように、詠唱をさせて見た。
「古の根源となる、我が深淵より――」
詠唱を終えたその瞬間、ルージュの前に浮いていた光の球が大きくなり、ギナレスの町を飲み込むほどにまでなった。
見えているのは、俺とルージュだけ。だから誰も何の反応もしない日常。
そして大きな光は消え、元の大きさに戻って浮いている。今のが魔力量なのかな。基準を知らないから多いか少ないかもわからないよ。
次に、攻撃魔法の詠唱をさせて見た。
「偉大なる始まりの炎よ――」
長い詠唱がやっと後半に入ると、コーマが、静かに俺の後ろに現れる。
「ラサキ、すぐに詠唱を止めさせて。早く」
「ルージュ、中止だ」
「爆炎を持って消滅と化せ。え?は、 はい」




