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第35話 よし次の町だ

 ララギの町を出立してすぐに、ファルタリアの荷物が多くなっている事に気が付いた。

 宿では全く気が付かなかったのに。


「ファルタリア。その袋は何だ?」


 俺の疑問に答えようと、ファルタリアがバトルアックスの外側に背負っている袋を下ろしてしゃがみこみ、中から何やら取り出した。


「これはですね、ラクナデ湖で釣った魚を保存用に加工してもらったのです。頼んでいた商店に立ち寄って貰ってきました。ラサキさん、食べます?」

「出立前に、皿食を食べたばかりだからいらないよ。レイクフィッシュの塩漬けか。大分気に入ったようだな」

「はい。ちゃんとラサキさんとコーマさんの分もありますよ。エヘヘ」


 そう言いながら背負い直し、取り出した一匹を頭から食べ始める。途端に表情が険しくなるファルタリア。


「ベッ、ペッ。塩っぱいです。ラサキさん、おかしいです、美味しくないです」

「ファルタリアがおかしいんだよ。塩漬けは焼くの。その前に降りかかっている塩を落として塩抜きするの。そのまま食べたら塩まみれの魚だから塩辛いに決まっているよ、保存食なんだからさ。勿体ないからそのまま背負い袋に入れておきな」


 そのまま食べられる、と勘違いしていたファルタリアは悲しい表情になっている。別に、焼けば美味しく食べられるんだからいいじゃないか。

 それとも、間食用に考えていたのか? それなら頷けるな。


「ラサキ。悪いけど、私消えているね。ついでにお勤めもしてくる……ん」


 そう言いながら、俺に口づけをして消えて行った。

 逃さずしっかり見ていたファルタリアは、よだれがタレそうな緩んだ笑みで唇を寄せてきた。

 いやらしいな。

 口づけは嬉しいけど、こんな事は言ってはいけないんだけど、面倒臭くなってきた。

 若い体の反応より、四〇過ぎの理性が勝っているのかもしれないな。贅沢な悩みだよ。

 それでも、コーマは何で消えたのだろう、この先に何かあるのかな。

 昼を過ぎた頃に、雲行きが怪しくなってきた。黒い雲が広がって、やがて雨が降り始める。

 そして、雨の音しか聞こえない程の土砂降りになった。全身ずぶ濡れになっても、雨をしのげる場所を探しながら歩き続けた。

 そして、木々に覆われた先にある大岩のえぐれた場所が、庇代わりに雨を遮っていたので、そこで雨宿りをして雨の通り過ぎるのを待つ事にした。

 袋は防水性が高く、中身は濡れていない。布で頭と体を拭く。気温も高めだったので、冷えたりしなかったのは良かったよ。

 ファルタリアを見れば、頭から尻尾まで濡れている。雨で濡れているのは当たり前だけど、その姿が艶っぽく色っぽく妖艶だった。

 堂々としている裸体は見慣れているけど、服が濡れてその下が透けて見える。なまじスタイルも良いから、逆にそれが新鮮で年甲斐も無く少し興奮してしまった。

 いけない、いけない。変な目で見てしまったな。ファルタリアには黙っておこう。


「へくち! あれ? 寒くは無いのですけど……へくち! 良からぬ噂ですか? それともラサキさん?」

「お、俺は何も見ていないし、か、考えてもいないよ」


 やっぱり何か感じるのかな、獣人の感ってやつか、気を付けよう。

 これでコーマが消えた理由も判明した。雨に濡れるのが嫌だっただけだ。

 まあ、神だからいいけどさ。雨も止みそうにないので、岩壁にもたれ掛り寝て待つ事にした。

 やがて、雨雲が通過して明るくなり、天気が回復してきた。

 気持ちよく目を覚ましたら、いつの間にかファルタリアが俺を抱き枕にしていた。

 乾いたファルタリアの良い毛並みが気持ち良かったし、膨らんでいる尻尾が俺の脚に乗っているのも気持ち良かった。


「ファルタリア。雨も止んだよ、行こうか」

「ファー、気持ちが良かったですね。うーん」


 立ち上がり、伸びをしているファルタリアは、雨上りの雫が付いた緑を背景に、美しくもスタイルが良い、金色の毛並みが綺麗な一枚の絵になっていた。

 見惚れた事は、調子に乗るから黙っておこう。


「へくち! あれ? へくち! やっぱりラサキさん。何か考えています?」


 話しを聞かずに歩き出す。


「早くしないと、置いて行くよ」

「あーん。待ってください、ラサキさーん」


 雨上りの街道を、水溜まりを避けながらも楽しく歩いて進んで行く。やがて夜になったけど、歩き続ける。

 途中で、作ってもらった携帯食を食べたけど、これは美味かった。今までで一番美味かったな。

 丹精込めて作ってくれた、ネルネとリリーニャに感謝しよう。

 ファルタリアは、携帯食では物足りないのだろう。レイクフィッシュの食べかけの塩漬けを取り出し、塩を払い、途中にあった支流の水で洗い流して食べていた。

 それでも塩辛かったのか、表情は良くない。でも、食欲が勝っていたようで食べきっていた。

 塩分取り過ぎに注意しろよ。

 星が降るような夜空の下、見える俺達は順調に歩き続けた。早朝には、景色が林から密林のような森に変わっていた。

 そう言えば、ララギの町のキャンティに聞いていた事を思い出したけど、次の町に行く途中に、タペトの沼があり、そこには名も無い集落がある。と言っていたな。

 集落だから、ギルドとか宿屋、商店も無いので立ち寄る事も無い。言い方は良くないけど辺鄙な集落だ。

 進んで行けば、キャンティが言っていた通り、密林の奥に幾つかの家らしき物が立ち並んでいるように見えた。あれが集落なのだろう。

 さらに近くなって来たら、タペトの沼の向こう側に立ち並ぶ家がはっきりと見えた。

 俺達は、立ち寄る予定も無いし、招かれざる客になりたくもないし通り過ぎよう。

 隣を歩いているファルタリアを見る。え? 嬉しそうに沼を見ながら目が輝いている。おいおい、余計なこと考えるなよ。

 頼むからこのまま歩いて過ぎような。


「ラサキさん、池です、池。水も透き通って綺麗ですから魚もいそうです。釣りしませんか? 何か釣れるかもしれないですよ」

「これは池じゃなくて沼だよ。それに魚がいたとしても、釣り道具はララギの町に置いて来ただろ。釣り道具が無ければ無理だよ」


 急にしゃがみこみ、荷袋から何やら取り出して見せる。


「ジャーン。釣り糸と釣り針です。釣竿は木の枝か何かを利用しましょう」

「用意がいいね、それで餌はどうする? ファルタリアが土を掘って何かの幼虫でも探すか? 俺は嫌だよ」

「ええぇ? やっぱり餌が無いと釣れませんかぁ? 土掘りは汚れそうで嫌ですね。仕方がありません、今回は諦めます」

「またどこかで釣りが出来そうだったらしような」


 釣り道具を袋に入れ、再び歩き出す。沼を通り過ぎる時、罵声が聞こえて来た。

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