第32話 ギルドだ
あと一日も歩けば、ララギの町に着くかな。
しばらく歩くと、かなり先の方で豆粒のようだけど、あの荷馬車が横転している。商人の男は見当たらないけど、オーガが三体、馬車を壊しているようだ。
仕方がない、俺は全速力で走って行く。初めての全速力は凄まじく速かった。
ものの十秒程で、オーガに辿り着き、すれ違いざまに一体を胴体から切り倒す。
ただ、速度が速すぎて慣性の法則に逆らえず、一〇m程通り過ぎた所で止まる。すぐさま折り返し踏み込む。
何が起こっているのかわからないオーガを袈裟懸けに切り倒すと、最後の一体が、すでに俺に棍棒を振りかぶっていた。
その棍棒を素手で受け、その腕を切り飛ばす。切り飛ばされた腕を、反対の腕で押さえながら唸り声を上げるオーガ。
すかさずその首を切り飛ばし地面に落ち、静かに体が倒れる。
荷馬車の中には、二人の女性が渾身の力でしがみ付いていた。死に物狂いだったのだろう、強張った形相をしていた。
「もう大丈夫だよ。魔物は倒した」
一人の女性を、助け出している所にファルタリアも追いつき、もう一人の女性も助け出した。
座り込み、安心したのか震えながら号泣し始める女性達。相当怖かったのだろう。しばらく泣いていたけど、落ち着きを取り戻した。
商人ともう一人いた女性は見当たらず、聞いてみる。魔物が現れ、馬が殺されて荷馬車が横転した。商人が逃げ出したお陰で、数体の魔物は追いかけて行った。
荷馬車の中で、魔物の手から逃げ回っていたが、一人が捕まって連れて行かれた。次は私達、と覚悟を決めようとしたら助けられた。
間一髪だったな。
女性達には見えなくなっているコーマが、俺の後ろに現れ、さらわれた女性は自ら舌を噛み切り自決した、と教えてくれた。
死ぬまで犯され続くことを知っていたのだろう。気丈な女性だ、運が悪かったな。
ララギの町までもうすぐだけど、女性と歩いて行くには時間がかかる。どうしたものか。ふと荷馬車を見れば、壊れているものの、車軸は無事のようだ。
俺とファルタリアで、荷馬車を立て直すと運よく動いた。
馬が無い事は知っている。だから、俺とファルタリアが荷馬車を曳く事にした。
助けた女性達は恐縮していたけど、一緒に歩いて気を使い、何度も休憩するよりはましだからね。
よく見れば、布の服を纏っているがスタイルも良く可愛い女性だった。
一人は腰まである青髪青眼。もう一人は、地面に付きそうな金髪黒眼。身長は二人とも一五〇センチ程かな。
荷台に女性を乗せ、手綱を握る椅子にはコーマが座っている。勿論、女性達には見えていないようにだけど。
「じゃ、行こうか」
軽快に、爽快に、順調に、荷馬車を曳く俺とファルタリア。全く苦にはならないけれど、奴隷の気持ちがわかった気がした。
二人の女性は、疲労が出たのだろう、寝ている。座っているコーマは、楽しそうに見下している。
「しっかり働くのよ、下僕ども。ウフフ」
「はいはい、頑張っていますよ、コーマ様」
「はーい。このくらい、訳ないですけど頑張ります。でも、ラサキさんと一緒に曳いているから楽しいですよ。エヘヘ」
荷馬車を夜通し引き続け、翌日の日も上がった頃、ララギの町の塀が見えて来た。
女性に聞いたところ、ララギの町を囲んだ塀の西側のすぐ外には、ラクナデ湖がある。
農業と湖の漁業を主として生活している、六〇〇〇人程が住んでいる町で、花も栽培して、広い花畑がある綺麗な町。湖での魚釣りも人気がある町。
日も高くなって検問所に着いた。誰も並んでいないので、すぐに通され証明書を見せる。
すんなり通れると思いきや、奴隷の女性の事で一悶着あった。
「この奴隷はどうした」
「魔物に襲われている所を助けた。それだけですよ」
「奴隷の女。本当の事か?」
「はい。主人様と奴隷の一人は、魔物に食い殺されました。その時、この方に助けていただきました」
門番は。半壊した荷馬車と女性を見て納得したようだ。
「むう、それならばいいだろう。このままギルドに行くように」
場所を聞いて、言う通りギルドに行った。
この時間のギルドは、やはり誰もいない。受付に行って、事の事情を話した。
肩までの赤髪、赤眼の可愛い女性……だよな。言い辛いけど、ない。全くない。もしかして、男の娘か?
俺の視線を感じた受付嬢は、胸を押さえながら顔を赤くして睨んでいる。
「受付のキャンティです。これでも女です」
「あ、いや、お、俺はラサキ。連れは、ファルタリアだ」
受付を立ち、奥の部屋に行って帰ってくると、俺とファルタリア、そして二人の女性もギルドマスターの部屋に通された。
部屋に入ると、奥の書棚で本を片手に立っている男がいた。ん? 顔と手足は人型だけど、黒い鱗で覆われた獣人だったよ。
横からファルタリアが、小声で教えてくれた。
「リザードマンですよ」
蜥蜴だよ、蜥蜴男。尻尾も蜥蜴の尻尾だよ。二〇〇年前もいたけど、見た事無いし、ましてや今はギルドマスターになっているとはね。始めて見た。
「まあ掛けたまえ。私がギルドマスターのレバンネだ」
自己紹介を終え、ファルタリアは外で待たせる事にした。こういう時ほど、空気を読まずに余計な事を言いそうだからね。
俺はソファに座り、奴隷の女性は、木の椅子に座った。一応差別化するんだな。
対面するレバンネ。
「話は聞いた。確証はあるのか?」
「ありませんよ、助けた。それだけです」
レバンネは、奴隷の女性達にも聞いて、検問所で言った事をそのまま話した。
「なるほど。事実のようだが、確証がないとな」
「俺は、任せますよ。旅の途中なので、面倒事は御免です。後はギルドでやってください」
立ち上がるところで止められた。
「ちょ、ちょっと待て、ラサキ。保護した奴隷を放棄するのか?」
「興味ありませんよ、どうぞレバンネさんのお好きに」
「奴隷は、金になるのに引き取らないとは、どうやら本当の事のようだな。では、二人の処遇を判決する。その奴隷二人をラサキの所有とする。以上だ」
「……はい?」
話しを聞けば、主の居なくなった奴隷は、その時に助けたり、保護したりした者が貰い受けることが出来る。
金になるから偽証も多くあるので、真相を確かめる事はギルドに任せてある。
俺の言った事を信じたギルドマスターが承諾したので俺の奴隷になった。
話を聞いているうちに、受付のキャンティが、奴隷の首輪に所有者の変更を終えていた。
俺は、その女性二人を見ると眼が合った。
両手を胸辺りで握り、何だか嬉しそうに、赤ら顔で上目づかいに俺を見ている。
ハァ? なんだその態度は、おかしくないか? あ、いあ、ちょっと待て。心を落ち着かせよう。フゥー、よし。
「なら奴隷の女性は、煮るなり焼くなり、俺の好きなようにしてもいいのですよね」
「ああ、構わんよ。奴隷は殺しても御とがめは無い」
その言葉に、顔色を変える女性達。強張って来ている。
「では、好きにさせてもらいます。弄んで殺しても知りませんよ」
俺は、女性達を嫌らしい笑みで見つめる。思っていた人と違う、と感じたのか恐怖を感じている表情になり肩が震えだした。
俺は、奴隷を置いて、笑いながら一度受付に行った。
フゥ、疲れた。
「キャンティさん、今すぐ奴隷の開放をして下さい」
「はい? いいのですか? それで」
「今すぐにお願いします。多分、元はと言えば奴隷になりたくてなった訳じゃないでしょうから。何かの事情で無理やり奴隷に落ちてしまった。手所ですよね。これも何かの運ですよ、解放してください」
聞いていたギルドマスターのレバンネ。
「ラサキがそういうのであれば了承しよう。キャンティ、頼む」
そして、奴隷を解放した。
これで二人は無罪放免、自分の住んでいた場所に帰っても良し、嫌だったらこの町で働けばいい。運が良かったね。
俺は、当面の資金として、キャンティに金貨四枚を預け、彼女達に渡してもらうよう頼んで、ファルタリアとギルドを出た。
これで事も済んだし、さっそく皿食屋に行こう。




