第21話 非道だった
翌朝目覚めると、胸の辺りに頭を乗せているコーマが俺を見つめている。
「早いなコーマ、おはよう」
「まだ手を出さないの? つがいの約束もまだ? ファルタリアにも言われていたでしょ」
「あ、いや、もう少し待ってくれよ」
「うん、いいよ。待ってる」
不味いな、そろそろ考えないとダメかな。
「大丈夫よ。言ってみただけ。ウフフ」
「読んだね。ゴメンよ、約束は守るから」
言い訳がましく、優しく口づけしてあげた。反対側には、ファルタリアが足と足を絡ませて、気持ちよさそうに寝ている。
「ファルタリア、起きるよ」
「ふぁー、おはようございます」
出立の準備をして下に降りる。宿屋の女将さんに宿代を払った後、金貨五枚をカウンターに置く。
「この町は何か変だけど、教えてもらえないかな」
金貨を手に取り、すぐに仕舞い込み、外を見て確認し小声で話かけてくる。
「大きな声じゃ言えないよ」
女将さん曰く。この町も以前は住みやすい町だった。変わってしまったのはギルドに配属された新しいギルドマスターが来てから。
金品をだまし取ったり盗んだりしている事は、少なからず知っている人もいる。それをギルド内で分け合っているので、仲間もいるから誰も言えないし、とばっちりも受けたくない。
盗んだ事が知られそうになると、身内の無い冒険者を犯人に仕立て上げ捕縛する。
牢獄には、他の町から来た冒険者が投獄され、金品や装備を取られて何人も入れられている。
「うちも宿屋商売だから、他から来た商人や兄さんみたいな冒険者が宿泊してもらわないとやっていけないけど、何も言えないんだよ。これは内緒だからね、気を付けて行きなよ」
「ああ、ありがとう。いい事が聞けたよ」
皿食屋に行って食べた後、出立しようと歩いていたら、広場が何やら騒がしい。気になったので、行って遠巻きに見る事にした。
コーマは「しばらく消えている」と言ってもういない。
広場の一段高くなっている処刑台のような場所には、知っている二人の人影が縛られていた。
そこに一人の男が入って来た。廻りの話を聞いていたら、あの男がギルドマスターらしい。身長一七〇cmほどで、茶髪茶色の眼をした冒険者上がりのような男。
いつもの事なのか、見たくは無いのか野次馬は少ない。見て見ぬふりをして歩いて行く住民達もいる。
「この者達は、武器屋で剣を何本も盗んだ犯罪者だ。よって明日の正午、処刑を執行する」
「私はやっていません。その時は森にいました。一昨日に帰って来たばかりです」
「やってませんニャ」
「うるさい! 黙れっ!」
二人は殴られ、鈍い音が響き渡る。
「検問所で聞いてください。証明書を出しました」
「だしましたニャ」
「残念だな、検問所では知らないと言っているよ」
「そんな、嘘です!」
「うそですニャ」
また何度も殴られ、その度に重く鈍い音が響く。殴られる度に、二人の顔が腫れあがっていく。
宿屋の話を聞いていたからわかる。今度は、あの二人が犠牲になるのか。やりきれないな。
広場から離れようとしたら、真顔のファルタリアが話しかけてくる。
「ラサキさん、助けてあげないのですか? 一昨日と言えば、私達と会っていますよ。彼女たちは本当の事を言っています。無実ですよ」
「証拠はあるのか? どうするんだよ」
「私達が証言すればいいのですよ」
「ギルドで俺達の扱いを忘れたのか? 言ったとしても、今度は共犯者にされておしまいだ」
「そんなぁ。助けてあげられなのでしょうか。私、許せないです」
両手に拳を作り、体を震わせている。普通はそうなるよ、わかるさ。ただ、正攻法では無理だから別の方法で行こう。
「任せな。ファルタリア、ギルドに行くよ」
俺達はギルドに行った。中に入るのではなく周囲から観察するように眺めた。頑丈そうな木造の二階建て。裏側に当たる部屋がギルドマスターの部屋かな。
牢屋は何処だろう。昔と形が違うからわからないな。ファルタリアに聞いたら教えてくれた。
「シャルテンのギルドと同じでしたら、牢屋は地下です。ギルドマスターの部屋の横に地下につながる通路があるはずです。鍵はギルドマスターの部屋の壁にある棚の中です」
「よく知っているな」
「何度か牢屋に入れられた事があります。エヘヘ」
「ハァ? ファルタリアは犯罪者なのか?」
「どうなんでしょう。昔、皿食を食べてお金が無い事に気が付いたら、無銭飲食で数回捕まった事がありました。施設の人に立て替えてもらってその都度出られました」
「間抜けって事だな」
「ううぅ……はい」
でも、これで何とかなるかな。しばらくギルドを調べてから、彼女達が気になったので広場を通るついで、と言う形で彼女達を眺めると、顔が原形を留めないくらい腫れ上がっていた。
よほど殴られていたのだろう。これじゃ明日の執行前に死ぬぞ。
通り過ぎようとした時、縛られているエルフの腫れあがった片目だけが願うように俺と眼が合った。
エルフは声にならないが、口元の形で俺に伝えたいことが読めたよ。
「たすけて」
一言だけ口を動かし、最後の願いを言い終えたかのように頭が下がり気を失った。
俺とファルタリアは、エランテの町を出る。検問所で証明書を見せ、シャルテンの町に戻る。
と言うのは形式だけで、俺達のアリバイ作りだ。知られないように、暗くなるまで森の中で動かず静かに過ごした。
そして夜。星明りの下、予め下見をしていた町中の人通りの少ないエランテの町の塀際に立っている。
高い塀だけど、強化された俺も、獣人のファルタリアも、塀に飛びつき静かに乗り越える。
俺はギルドに向かい、ファルタリアには、彼女達の近くで隠れて待機してもらう。
夜遅くのギルドには、二人の冒険者がいた。受付嬢と仲良くしているから仲間なのだろう。
覆面をして素早く近寄り、気が付かないうちに一人目を殴って気絶させ、振り向いたもう一人も強めに殴り椅子から崩れ落ち気を失う。
固まっている受付嬢の口を塞ぎ、腕を後ろにひねる。
「騒ぐな、ギルドマスターはいるか?」
小さく何度も頷く、口を塞いだ受付嬢を縛り上げる。気絶している二人も動けないように縛り、カウンターの裏に寝かせて置いた。
ギルドマスターの部屋に静かに入るが、すぐに気づかれた。腐ってもギルドマスターだな。
「お前は誰だ!」
すかさず近寄り、殴るが避けられる。俺は剣を抜いて構えれば、ギルドマスターも構える。踏み込んで二撃打ち、受け止めるギルドマスター。もう一撃放つがそれも受けた。
しかし、力を入れた俺の一撃には耐えられなかった。今回はギルドマスターも吹き飛び壁に激突する。
起き上がるところに剣の平で、顔、腹、腿と殴って終了。悶絶しているところを縛り上げる。
牢屋のカギは、ファルタリアが言った通り、壁の棚に並べられていたので取った。
「一度しか言わない、捕縛したエルフと獣人の証明書はどこだ?」
「知らん」
剣の平で、殴り続ける。待てと言っても続けた。次第に顔が腫れあがり、内出血を始める。止めてと言っても続ける。
瞼も腫れ上がり、眼が見えなくなっているのだろう。
これは彼女達に行った仕打ちのお返しだよ、しっかり味わえよ。気を失いそうだったんで直前にもう一度聞いた。
「づぐえの……はごのだがだ」
箱の中の証明書を何枚かめくったら、エルフとキャットピープルの証明書が出てきた。内容は彼女達と一致する。
もう用は無いので強めに殴り、完全に気を失ったギルドマスターの口を塞いで転がしておく。
部屋の鍵のかかった扉を壊し、剣と装備を全て袋に入れ、置いてあったポーション類も全て頂いたよ。
ファルタリアの言った通り、部屋の横には地下に通じる通路があった。




