第32話 日常
数週間が経った。
今日はコーマと二人で、仲良く久しぶりの畑に行く予定だ。
ファルタリア達三人も同様で、久しぶりに邪王リコと、約束していた手合せに行って、その帰りに獣の狩りをしてくる、と言って張り切って出て行った。
よく考えると三人って、単なる戦闘集団じゃないのか? まあ今更いいのだけれど……。
その三人は、じっくり楽しむ予定で、帰りは午後から夕方になるらしいから、コーマと二人、と言う訳だ。
畑に来て見れば――しかし見事なまでに成長し、野菜と果物が、たわわに実っている。
畑、とは言った物の、俺が耕していたころの面影も無く、異常な高さに育ち、今では密林のように鬱蒼と密集している。
手入れはレズリアーナさん達に任せっきりだったし、収穫はサリア達が採って来てくれたから、俺は一切手を出さなくなっていた。
その畑の中にくぐるように入る。と言うのも定期的に収穫はしているから、横穴状になった採取用通路が至る所にあり、ここを通りながら採取する。とサリアが言っていた。
良く作るものだよ、ただ最近は、妖精の果物の栽培率が大きくなって今では半分を占めているみたいだ。
その答えは、俺も含め、コーマと他三人が好んで食べているのでこうなった。
やはり美味しい果物は、一番美味しい物から食べたいし貴重だと言われたから尚更だ。
いくら食べても途切れることなく収穫できるほど育ち実っている。
けれど、それは俺達五人が食べる頻度の量で、出荷しようものならすぐに無くなってしまうくらいだから、未だに外には出荷していない。
その妖精の果物を、楽しそうに選び、採って食べるコーマは尚更嬉しそうだ。
なら、ゆっくり食べようと、畑の横に拵えてある木の根で出来たテーブル状の台と簡単な椅子があり、幾つかの果物を載せてコーマと食べていれば、ファルタリア達から聞きつけたのか、森の奥からレズリアーナさん率いる妖精達が飛んで来た。
テーブルの上に乗りコーマと俺に挨拶し、可愛い笑顔で、失礼します、と俺に近寄り唇に吸い付く。
恒例の、チューチュー、と吸い付きが始まり、行儀よく、まだかまだか、と嬉しそうに一列に並んでいる。
変な光景だけれど、妖精たちにとっては俺に吸い付く事はとても美味しく簡単に妖力もみなぎるので重要らしい。
吸い付いた後は、満腹になったのか嬉しそうに飛び回っているから、妖精にとっていい事なのだろう。
その間コーマは、気にする事無く深紅の瞳を潤ませ、美味しそうに果物を食べている。
しかし、いつもいつも体の中から何かが吸い取られる感があるけれど、これが何なのか未だに理解できていない。
まあ、疲労にもならない程度の微々たる量なのだからいいけどさ――あ、それとも俺にも妖力があるのかな。
魔力は無いけど妖力が使える、とか。何か俺にも魔法のような代わりの力が授かっているのか?
そんな事を期待して、テーブルの縁に座って足を投げ出しているレズリアーナさんに聞いてみた。
だが、しかし、その期待も虚しく、全くの期待外れに終わった。
レズリアーナさん曰く、妖精には妖力があり、これは妖精と精霊だけに授けられた力。
自身で貯める事が基本だけれど、吸収できる生き物がいる。
一定の個体種ではなく、稀に、極稀に、突然変異か生まれ持った力かは不明だが、魔物、生物、植物、そして人に現れる。
俺もその中の、稀な、貴重な一人だけれど、蓄積量は今まで知っている中で一番ある、と断言したから驚愕的だった。
しかし、その力は本人には使えないし、その時点では妖力では無い。
あくまでも媒体なので、簡単に言えば妖力、エネルギーの元になる力だけなのだとか。
期待していた分、落胆もあったけれど、無理な事は無理だ、特段必要とはしていないしすぐに諦めがついた。
食べているコーマに聞いても、そう言った細かい所までは知らない、と言う。
神でも全てを知る全能の神はいないらしい。神の存在も様々だから、コーマにとっても管轄外なのだろう。
そんな事をしつこく聞くつもりもないし、何の害も無いからこのままでいいや。
それに妖精たちにとって俺は、燃料の貯蔵庫なのかもしれない。
いいですよ、いつでも使ってくださいね、と伝えれば、妖精達は嬉しそうに飛び回ってから手を振って森の奥に帰って行った。
その後、レムルの森の小道を二人仲良く、久しぶりに腕を組んで散策した。
木々の間から差し込む柔らかな光が緑を照らす。時折樹木が開け、山々の景色が見え隠れする。
展望台では、爽やかな風が吹き抜け、天は日も高く綿のような白い雲もいくつか漂って、透き通った空の青さをより一層引き立てている。
俺とコーマは、特に行く当ても無いので思いつきで歩いてはいるけれど、ファルタリア達が手合せしている方向には邪魔になっても、察知されてもいけないと思ったので遠回りに迂回した。
他愛もない話しを談笑しながら初めての頃のように二人並んで歩く、楽しくゆるやかな時間。
コーマも、美しく透き通った銀髪を揺らしながら腕を組んでより一層楽しそうだ。
何の変哲もない事だけれど、これが幸せを感じるひと時なのだろう。
◇
邪王リコは、レムルの森に造った、ダンジョン、と言う自分の家に住み慣れて落ちついているし、ファルタリア達三人がいるから、楽しく遊んで発散もしている。
なので、今後は変な行動は起こさないだろう。と願いたい。
特に、ファルタリアからは、約束を破ったら一緒に遊ばない、ときつく言われているので、懐いている邪王リコも従うしかないのが現状、と言った所か。
そうそう、ちゃっかり風呂は完成していたらしく、広く幻想的な風呂で、手合せの後に、何度か一緒に入っていたらしい。
俺も誘われたけど、少し興味はあったけれど、やんわりやんわり断った。
勇者一行は、ヴェルデル王国に帰ってから何の連絡も、音信も、情報もない。
連絡はいらないよ、と通告した手前、少し心配になったので、サリエン王女の別荘にいる執事に聞いたところ、闘技場で、連日一心不乱に稽古、鍛錬、技術向上に励んでいるらしい。
合言葉は、妥当ラサキ一味、だとか。まあやる気になってなによりだよ。
邪王リコの姉、メイド服を着た覇王ゼグ・レムーダバッツァ。
ファルタリアが勝手に改めた、覇王レムに関しては何の音沙汰もないけど、まだ魔力も枯渇しているだろう。
ある程度貯まってきたとしても、魔石に練り込む魔剣は俺が持っているから、しばらくは静かにしているしかないのでは。
その点は邪王リコも、憶測、と言っていたけど肯定していたしね。
そして二人の母親、源王、真魔王の事はあれ以来、聞かないでいた。いや、聞くつもりも無かった、聞く耳持たなかった。
魔の国だけの事なら何もとやかく言うつもりもないし、増してやドラゴンと戦うような出鱈目なお方とはお近づきにもなりたくも無いし、そもそも会いたくもないしさ。
だがしかし、覇王レムの出方次第では、襲来とか起こすのかな。
レムルの森に関する事によっては、魔界、とやらへ御挨拶に出向がないといけないのか。
それは避けたいところだ。
ヴェルデル王国、アルドレン帝国も戦争が終結したし、ファンガル中立国も事を起こしてくる様子もないようだから今の所、世界的にも平和が戻っているようだ。
この状態が続いてくれれば安泰だよ。
気が向いたらまた旅行でもして、シーガイの町でも行って見ようか。
バルガンさんには勿体ないような、綺麗なサーラさんとの約束もあるし、今度四人に聞いてみよう。
あ、そう言えば、ギナレスの町にいる、リリーニャとネルネはどうしているだろうか。
その後の音沙汰がないのだから、結婚でもして幸せな生活でも送っているのだろうね。
レムルの町に来る移住者は、相変わらず一定の頻度で移り住んでいる。
街道の反対側の開拓した場所は、まだ余裕があるのでしばらくは受け入れられそうだ。
お、俺は何もしていないけどさ……。
代表者も住民との折衝が多くなり大変なようで、今では更に理事を増やして、正式な理事会を発足し、信頼に値する人を数人引き入れ、担当を分担しているらしい。
――いいよ、頑張ってくれ。
サリエン王女は別荘でのパーティをして以来、一度も来ていない。
王女としての役職が忙しいのか、手に入れたら満足したのかは知らないけれど、騒ぎを起こされるよりはましだから、そっ、としておこう。
今ベッドに横になって考えている。
その横ではコーマが頭を俺の胸にくっ付いて、スウスウ、と可愛い寝息を立てて眠っている。
ファルタリア達三人は、今日も早朝から獣を狩りに出かけている。
窓から見える外は、日も昇り始め一日が始まっている。
コーマの頭を優しく撫でてから、そっ、とどかし、遅く起きた俺は、一度伸びをしてから部屋を出て、みんなの食事を作りはじめる。
今日もいい日でありますように。変な問題が起こりませんように。
「さて、何を作ろうか」
そして、楽しい毎日が送れますように――切に願います。
「ラサキさん、ただいま帰りましたー」
「ラサキ、帰ったがや」
「ラサキさん、戻りましたー」
「ああ、お帰り、丁度食事が出来た所だ」
「楽しいね、ウフフ」
レムルの森は、今日も穏やかだ。
これにて第四章が閉幕です。
そして、残るところもありますが、完結とさせていただきます。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。
目次の最下部に、その後の短編を追加しました。