第31話 宴2
気品の漂うサリエン王女。
縦ロールの金髪と、自己主張している巨大な瓜二つは健在だ。
白く豪華に華やかに着飾った衣装は、さすが王国と言ったところか。サリエン王女の容姿も、見ている誰もが、美しい、と思っているだろうし。
「本日は私のお祝いにお越し下さり、嬉しく思います。どうか華やかなひと時をお過ごしくださいますよう申し上げます」
挨拶も終われば挨拶回りを始めるサリエン王女。
招待客を全て知っているのか執事に教えられたのか、多分偉い人から順に挨拶しているようだ。
へぇ、一応は王女やっているんだな。
そのうち自然と広間の中心から空けるように人がいなくなり、緩い音楽が流れれば、一組、また一組と腕に自信のある貴族が女性をエスコートして踊り始める。
やはり貴族は舞踏会が好きなようだね。
俺達は勿論踊れないから見ているだけだ。ファルタリアとサリアは少し眺めて、また食べ始めている。踊りよりも食欲が勝っているし。
ルージュは興味があるのか終始見ている。
一組が抜け一組が入り音楽も途切れない、緩やかな時間が流れている。
ふーん、貴族のパーティってこういう感じなのか。
料理は美味しいけど、一回見れば十分かな。俺の肌には合わないかもしれない気がした。
そんな時に後ろから声が掛かる。
「ラサキ、お久しぶりですわね。やはりこの私に会いたかったのでしょう? 会えて嬉しいのでしょう? オホホ」
「いや、招待状が送られて来たし、王国の料理が食べたかっただけなんだけど……」
「無理しないで宜しい事よラサキ。そう恥ずかしがらないでも私には分かります事よ。オホホ」
「いや、別に――」
「ご褒美よ、私と踊る事を許しますわ」
「え、無理だよ」
「踊りなさいと言っていますの、エスコートするのよ、嬉しいのでしょ?」
「踊った事無いし――」
「私が教えてさしあげてよ。こちらへいらっしゃい、さ、早く」
サリエン王女に手を引かれ、広間の中心に向かい合って立たされた。
うわっ、恥ずかしいだろ、これ。踊れないからまるで見世物じゃないのか? 興味心身の視線が痛いほど感じられた。
――拷問かよ。
「ではラサキ、私の手を取りなさい。そしてもう片方の手を私の腰に回しなさい。後は私の歩幅に合わせて一緒に回りながら歩くように踊りますの。ラサキもっと私を引き寄せなさい。もっと密着しなさい」
「は、はい」
恥ずかしさのあまり、何故か素直に聞いてしまった――小心者だな。
しかし、密着しているのでサリエン王女の胸が凄い事になっているけど、そんな事は気にしていられない。
俺は真剣にサリエン王女の踊りに合わせた。
手合せの真剣さに近く、サリエン王女の歩幅と回転に合わせ踊る。
すぐに、知っているように、普通に踊れているように見えるし、誰が見てもわからない。
いや、三人以外には分からない程、足先を下眼使いで見ながら遅れて合わせて踊っていた。
しかし、少しの間踊っていたら――理解できた。なるほど――。
「え? ラサキ?」
折角教えてくれたのだから、覚えたのだから、踊れるのだから、今度は俺が主導権を握ってみよう。
サリエン王女の腰をさらに引き寄せるように踊り、回る。
――しばし初めての踊りを堪能した。
うん、これならもう十分だ。それにサリエン王女も疲れが見えているから終わりにしよう。
静かに止まり、サリエン王女から離れ、一歩下がり一礼し手を取り場を出る。
「教えてくれてありがとうな」
顔を赤らめ眼をそらすサリエン王女。
「べ、別にいい事ですのよ。ラサキが私と踊りたそうにしていたから仕方がなく、そう、仕方がなくですわ。う、嬉しく思いなさい」
そこに別の貴族が一歩前に出て来た。
「サリエン王女、次は私と踊っていただけないでしょうか」
「え? あ、はい……」
手を引かれ、サリエン王女を連れて行った。
振り返りながら俺を見ているサリエン王女の寂しそうな表情だったのは気のせいだろう、多分。
ルージュは俺の事も見ていたようで、歩み寄って来て上眼使いになる。
「ラ、ラサキさん、ボ、ボクも……」
「いいよ、了解」
貴族の真似事をして、片手を後ろ腰に、上体を屈めながら、もう片方の手をルージュの前に差し出す。
「ルージュ、俺と踊っていただけませんか?」
「は、はい、よろしくお願いします」
手を取り場に入り、両手を組み直す。
「俺に合わせるようにね」
「だ、大丈夫だと思います、見て覚えました。ラサキさんと踊りたかったので……」
「よし、なら踊ろう」
ルージュの腰を引き寄せ密着する。
一呼吸して踊りだせば軽やかな歩調、歩幅で緩やかに回転しながら踊り、楽しさを感じた。誰が見ても綺麗な踊りに見えているはずだ。
初めてなのに完全に踊れているルージュも楽しそうだ。
ルージュの綺麗な紫の髪が揺れ、俺に身を任せるその姿は、妖艶で美しく感じた。
しばし楽しんで終了。
手を取ろうとする前に、腕を組んで来て嬉しそうに頭をくっ付くてくるからこのまま場を出る。
正面にはファルタリアとサリアが仁王立ちしていた――おお、二人揃ってなんて、久しぶりに見たよ。
でも……。
おいおい、その衣装で仁王立ちって……止めなさいって。
いや、これはこれで様になっているな、でも言わないでおこう。
「ラサキさん、次は私です。覚えました」
「その次はあたいがや、あたいも覚えたがや」
あーはいはい、俺達が楽しそうだったから踊りたいのね。
「いいよ、踊ろうか」
ルージュと踊っていたのを見て必死に覚えたのだろう。踊りたさ一心、一生懸命とはこの事だね。
さっきまで興味なさそうだったのにさ。
二人共戸惑う事無く綺麗に踊れたよ、大したものだな。
ファルタリアは金色の大きな尻尾を揺らし、嬉しそうに耳を、ピコピコさせて踊り、サリアは透き通った白髪を揺らしながら密着度を増し、俺に身を任せ楽しそうに踊った。
俺も満更ではなく、楽しかった。このような期会はこの先無いだろうから、貴重な体験だよ。
これだけはサリエン王女に感謝しよう。
その後一息入れ、パーティもまだまだ終わる気配も無く、サリエン王女も忙しそうだから黙って静かに引き上げる事にした。
帰り際に、メイドに料理のお土産を、欲しい、持って帰りたい、と頼んだら、初めての事なのか躊躇していたけど、すぐに奥から料理の入った籠を持って来てくれた。
先ほどの三人の食べっぷりを見ていたようで、沢山の料理が入っていた。さすが王国のメイドだ、察してよく気が付くし。
ついでだから恥をかき捨てよう。
さっき飲んだ酒も欲しいと頼んだら、やはり察したのか、気を効かせて別の籠に数本入れてくれた。
何事も言ってみるものだな。
料理の籠はファルタリアが、酒の籠は俺が持って別荘を後にした。
外は既に暗く静かだったけど、木々の間から降るような星空が綺麗で星明りでも十分に見える。
今日の事など談笑しながら家に帰った。
「ただいまー」
「帰ったがや」
「戻りましたー」
家に入りれば、コーマがテーブルで両肘をついてお茶を飲んでいたいた。
「お帰り、料理貰ってきた?」
「はいこの通り、お土産ですよ」
「ありがとう。ウフフ、楽しみ」
ファルタリアがテーブルに料理を広げ、俺がナイフとフォークを取って来る。
「ゆっくりどうぞ」
「ありがとう、ウフフ。いただきます、あむ」
嬉しそうにパクつくコーマ。三人は衣装が窮屈なのだろう、着替えに部屋に入って行った。
俺は籠から酒を取り出し、グラスを二個持って来て注ぐ。
「この酒も美味いよ。貰ってきた」
「ありがとう、この料理も美味しいね、あむ」
コーマが食べている横で酒をあおる。何だか幸せを感じるひと時だな。
着替えて来た三人とコーマを挟んで、今日の事を話しながら、キャッキャエヘヘ、と楽しい夜も更けて行く。