第28話 手合せの後
四人は口を、ポカン、と開けたまま動かなかった。理解不能のような表情だ。
まあ、一体を相手にしてこれだけ手こずったのだから、二〇体と言っても力量が掴めず、許容を越えてしまったのだろう。
勇者一行を余所に、暇になったファルタリア達は、いつの間にか離れた場所に移動して、久しぶりに一対一の手合せを始めた。
俺にとっては、と言うより、三人と一人にとっては、いつもの手合せであり、今では邪王リコの発散する場になっているからね。
始めにファルタリア、次にサリア、そしてルージュと手合せし、いつものように楽しそうに遊ぶ邪王リコ。
見ていた勇者一行は、その凄まじさに、出鱈目に近い攻防に、驚きを越えてしまったのか、無表情で、無言で、死んだ眼で、見ていた。
おお、丁度良かった、これで諦めがついてくれたら嬉しいな。
余りにも凄まじい攻防の手合せなので、被害が勇者一行にも及ぶ。
だがしかし、サリアとルージュの気を利かせた魔法障壁が働いているので、爆風や爆炎、爆雷などを防いでくれる。
初めは慌てふためいていたけど慣れたのか今は、普通、ごく普通に観戦している。
それでも魔法障壁の凄さがよく分かっていないような勇者一行だった。
あ、リリースマロンだけは感動しているようで眼が輝いている。
両手を胸辺りで組んで崇拝しているようだし、それだけではダメだよ、向上しないとね。
程なくして手合せが終わり、邪王リコはファルタリアに走り寄り抱きつく。
「アハハー、きょうもたのしかったー。アハハー」
「はいはいリコちゃん、今日はこれで終わりですよ」
「はーい」
一方サリアとルージュは今の攻防を踏まえ、向上しようと話し合っている。
もういいよ、止めなさいって。二人はどこまで突き詰めたいのかい? まだ真剣に話し合っているし。
――本当に止めなさいってば。
あ、放心状態が続く勇者一行は、ひとまず置いておこう。
邪王リコは、十分発散したのだろう、可愛い笑顔を振りまき、手を振りながら家に帰って行った。
同じく手を振っているファルタリア。
見送った三人は、事も終え帰り支度をしている。俺も帰りたいけど……。
「ラーンさん、皆さん、帰りますよ。ラーンさん!」
やっと気が付いたラーンベルガーとその仲間。
「凄い攻防だったよ。あれがいつも行っている手合せという戦いなのか」
「そうですよ、でもラーンさん達がいるので、あれでも押さえていますけど、いつもならもっと……」
「ラ、ラサキ、言わなくていいよ。俺達がさらに落ち込むから言わないでくれ」
他の三人も意気消沈している。
お、いいぞ、よしここだ。
「ラーンさん達を悪く言うつもりはありません、けどヴェルデル王国に帰ったほうがいいのではないですか?」
「なんだと? 俺達との手合せは何の役にも立たないと言うのか?」
「はい」
「俺達の技術向上にもならないと――」
「はっきり言ってそうです。申し訳ありませんが、ラーンさん達との手合わせは、俺達の時間の無駄なのです」
ちょっときつく言い過ぎたかな。反論して来たら少しの間は手合せもどきをしてあげないといけないかな、と思ったら案外素直なラーンベルガー。
「よくわかったよ、ラサキ達のこれまでの行いがようやく理解できた。俺達はヴェルデル王国に帰って、俺達に見合った事をするよ」
「ラーンさん達も強いですよ」
「ラサキ、慰めはいらないよ。勇者として呼ばれて来たけれど、ラサキ達より弱い勇者なんてさ。ハハハ」
ゆっくりと腰を上げ、後ろの三人にも眼で促せば、力なく立ち上がる。
「ありがとう。一度国に戻って鍛錬するよ」
頷き肯定する三人。
こういう時に、止めておけばいいのに余計なひと言を行ってしまう俺。
「成果が出たら、またお相手しますよ」
「それはありがたいな。でもいつになるやら……ハハハ」
意気消沈していたけど、笑顔は爽やかだった。
勇者一行は、肩を落とし足取りも重く家路に向かい、帰って行った。
フゥ、これで問題は解決したぞ。
しかしいいのかな、勇者を戦意喪失させて、無気力にするって、力の差を見せつけるって……。
んー、まあいいや。俺達には何の利益にもならないしさ。
後は勇者一行の考え次第、って事で任せよう。
数日後、執事に依頼していた馬車が到着したらしいので、勇者一行はヴェルデル王国に帰って行った。
俺はあえて見送りをしなかった。帰り際で余計な事を言うのも言われるのも嫌だったからさ。
自由な勇者一行なのだから、何かと言い訳して来ることもあり得るしね。
その時は、それを拒む事は出来ないし、生活するだけなら尚更だよ。
この数週間は、落ち着いた毎日を過ごしている。
コーマを始め、三人も楽しそうだ。
特段何かある、って事は無いけれど、無いのだけれど、そんな普通の毎日が楽しい、と感じている。
これこそ平和って言う事じゃないのかな。
あ、一応邪王リコとの手合わせも忘れていない。
そして、そのお礼、として時折デスナイトに荷車を曳かせて果物や野菜を持って来てくれる。
町の住民達も一時大騒ぎだったけど、事前に代表者に話しておいたからすぐに事は解決し、この森にいる魔物は俺の力で、害が無い、とされた。
俺の力じゃないんだけれど――邪王リコの事を言ったら更に大騒ぎになるからこのままにしておこう。
ただし、子供達には強く威嚇してデスナイトの怖さを見せつけ、恐ろしい魔物だと教える。
でないとこの先、万が一にも本来のデスナイトに遭遇したら大惨事になる事が眼に見えるからね。
恐ろしい物は恐ろしい、当たり前の事だ。
この森の邪王リコの魔物だけが特別な存在なんだよ。
さらに数日が経った頃、家にヴェルデル王国からの使者が書状を持って来た。
書いてあった内容を読めば、第三王女が別荘の新築祝いを兼ねたパーティをする旨の報告だった。
招待状も同封されていたよ。しかも直筆なのか、出席しないとただでは済まさない、と言うニュアンスで書かれているし……。
ハァ、また面倒な……。
行かないと何を言われるか、乗り込まれるかするだろうな、やるよ、あの我がまま王女なら。
その話をファルタリア達に話せば、眼を輝かせて行きたい感たっぷりの三人になっていた。
君達は余程王国の料理に興味でもあるかのようだね。意地汚い事は止めなさいよ。嫁なんだから。
察知したファルタリア。
「ラサキさん、一度王国の料理を食べたいと思いませんか? 私は食べてみたいです」
「豪華な料理がや、楽しみがや」
「ボクもヴェルデル王国直属の料理に関心があります」
「ラサキ、沢山お土産持って来てね。ウフフ」
「コーマまで……。わかったよ招待を受けよう」
数日後、そしてパーティ当日。




