第15話 非道な馬車に注意した
その夜、コーマがベッドで俺に話しかけてくる。
「ファルタリアには言わなかったけど、昼間の盗賊が仕返しに来るの」
「何となくそうだろうと思った。いいのか? コーマは手を出したら不味いだろ」
「そうよ、だから手は出さない。この家以外の魔物が近寄らない力を解いただけだもの」
「なるほどね。コーマは賢いな」
「これでも神だからね。ウフフ」
そして就寝。
何事も起きなかった翌朝、寝ている俺の唇に柔らかい感触がある事で目が覚める。
目の前には、ファルタリアが唇を吸っている。夢中で吸っている。んー、口づけのやり方が違うんだけどな。初めてだから仕方がないのか。
あ、目が覚めた俺に気が付いた。
「おはようございます、ラサキさん。お目覚めのご挨拶です。エヘヘ」
「おはよう。で、なんで口づけしているんだ?」
「ええぇ? 昨日からコーマさん公認になったじゃないですかぁ。今さら変更はダメですよぉ」
「そ、そうなのか。まあ、いいけど」
「次の目標は、ベッドインですね。エヘヘ、居間に行ってまーす」
「ハァ、朝から元気だな」
その横で、いつもの如く着ていた服を脱いで俺に密着しているコーマ。可愛い寝顔を見ているとコーマが目覚める。
「ん、おはよう、ラサキ」
「おはよう。昨晩は何も起きなかったな」
「起きたよ、でも大丈夫だった。もう魔物除けも戻した」
起きて居間に行く、いつもと変わらない朝。違ったのは、ファルタリアが窓の外を見て固まっている。
「ファルタリア、どうした?」
「そ、外が大変です。血の海です」
外に出れば、家から離れた場所で大量の血の海が出来ている。多分、仕返しにやって来た盗賊が、魔物に襲われたのだろう。
家があるから魔物も出ないと思っていたんだろうな。夜の魔物は、より狂暴になるからな。お気の毒に、ご愁傷様。
朝食前に、ファルタリアと血の海を川の水で洗い流していたら布袋が数個落ちていた。いい事もあるな、金貨銀貨銅貨が入っていたよ。
魔物には興味が無い代物だから落として行ったんだろう。ありがたく使わせてもらおう。
入口からコーマが見ている。
「あー、盗賊ラサキだ。ウフフ」
「いいじゃないか、今頃持ち主は魔物の胃の中だしさ」
その硬貨を数えたら、金貨だけでも一〇〇数十枚あった。結構持っているよ、盗賊は儲かるのかな。その全部をファルタリアに渡した。
「これで暫くやっていけるだろ」
「これ、大金ですよ、いいのですか?」
「いいよ、好きに使ってくれ。元々俺の金じゃないしさ、ハハハ」
「ありがとうございます。有意義に使わせてもらいます」
「ラサキ、ご飯」
「ああ、今作るよ」
朝食を作り、いつもの生活に戻る。
数日後、ファルタリアを見送った後、露店の台に肉を並べ終わり開店だ。
天気も良く、のどかな日。午後になり、町からいつもの子供達が元気に店にやってくる。いつものように肉を買い、いつものように荷袋に入れ、いつものように帰って行く。
その時、豪華な大型の馬車が馬に乗った護衛を数人引き連れて走ってくる。
コーマが俺に話しかけてくる。
「私は何も出来ない。ラサキ、あの子達危ない」
「え? 何か起きるのか?」
子供達は街道の端を歩いていた。そこに馬車が寄って行く。気が付いた子供達は、恐怖で抱き合うように固まっている。
護衛は、馬車を制御するのではなく、子供達を弾き飛ばした。
「邪魔だっ! どけっ!」
「きゃー! ぐぅっ!」
蹴散らされ転がり、痛々しい怪我をしている子供達。
馬車が一度止まるが、何事も無かったように走り出そうとしたので、回り込んだ俺が街道の真ん中に立ち塞がった。
排除しようと護衛が俺に向かって来る。
「どけっ邪魔だっ! グエッ」
俺は、馬に乗っている護衛に向かって飛び上がり、護衛の顔面を渾身の力でぶん殴った。鈍く骨が砕ける音と共に護衛の顔面が陥没して吹き飛ぶ。
あ、死んじゃったよ。強くなっていたんだっけ、加減しないといけないな。俺の力を見て驚く護衛達。
「何者だ! 王女の馬車と知っての事か!」
「何者でもないだろ。まず子供達に謝れよ、それに怪我しているだろ。早く治してやれよ」
「何だと? ふざけるな! 始末しろ!」
剣を抜き切りかかってくるが、最強の名の通り、瞬時に全員ぶん殴って気絶させた。加減はしたけど、死んだらごめんね。
馬車の手綱を握っていた男は狼狽えていたが、逃げるなと言っておく。頷いていたから動かないだろう。
俺は護衛の荷物を調べ、ポーションを探した。やはり十数本持っていたので全部取り出し、怪我でうずくまっている子供達に全て降り掛けた。
傷が見る見る完治したよ、ポーションも大量に掛ければ良く効くな。それとも貴族のポーションだから効くのかな。
「大丈夫か? 痛い所は無いか?」
「ありがとうございます。もう、痛みは無いです、治りました」
「君達は、今の事は何も見ていなかった。そして誰にも話をしてはいけないよ。いいね」
「はい、何も見ていません」
元気を取り戻し、シャルテンの町に帰って行く子供達を見送った。
さて、馬車だ。運転手は怯えているから大丈夫だろう、扉を開け中に入る。
中にいたのは、豪華な衣装を身に纏った、身長一五〇センチ程、長い金髪で茶色い眼をした綺麗な巨乳がいた。
デ、デカいぞ。破壊力がある巨乳だ。胸の谷間が物語っている。
「あ、貴方は何者? 私は、ヴェルデル王国の王女と知っての狼藉ですか? 私をどうするのですか?」
「王女だか何だか知らないけど、お前達のした事は間違っているよ。お前のせいで子供が怪我をしたんだよ。呑気に馬車に乗ってんじゃない。今度同じことをしたら殴るぞ」
「ふざけないで! 私は王女よ。こんなことして只で住むと思っているの?」
何こいつ。反省の無い王女に腹が立った。
「あ、さっきの言葉撤回」
「え?」
王女の頬を、平手で軽く叩き、乾いた音が響く。強く叩いたりしたら、顎が無くなるかもしれないからね。
「いた―いっ! ゆるさないっ! あなたなんか私の一言で」
ハァ、ウザい奴だな。
今度は反対の頬を叩き、またも乾いた音が響き渡る。
「いたーい! もうやめてー、ウエーン。ゴメンなさーい」
泣き出す王女。しばらく泣いて、少し落ち着いたところ。
「もう一度言う、王女だか何だか知らない。でも、今度同じことをしたら――わかっているな」
「はい、グス、すみません」
「よし、いい子だ。わかればいい、可愛いんだから今後は気をつけろよ」
「え? か、かわいい?」
頭を数回なでる。急な対応で驚く赤ら顔の王女。
馬車を出てから王女を見る。
「あ、念のために言っておくけど、報復なんて考えるなよ。来たら今度は全員殺すよ」
「わ、わかったわ。約束するわよ」
俺は護衛を叩き起こす。
気が付いた護衛は、俺を威嚇してきたが王女に止められ、話は付いたと告げた。あまり納得していない護衛達だったが渋々承諾していた。
怪我を治そうとポーションを探していたけど全部使った事を伝えたら、ポカンと口を開けていた。まあ、そうなるよな。
普通、使い切る事も無いだろうからね、また買ってくれよ。
去り際に王女が俺に話しかけて来た。
「私は、ヴェルデル王国王女、サリエン・ギイ・ヴェルデル、覚えておくがいいわ」
去って行く馬車を見送る。
「サリエンね、高飛車だな」
後ろから抱きついて来るコーマ。
「盗賊ラサキだ。ウフフ」
「知っていたのか、コーマ」
「うん、またお金が増えたね、また皿食食べに行こうよ」
コーマは見抜いていた。
俺は護衛の荷物からポーションを探すついでに、金貨の入っている重い袋も貰っておいた。これは俺の迷惑料だよ、そのくらいだろう。
いつもと変わらない日常が戻った。




