第17話 住むらしい
出来上がった範囲は、幅一キロ、奥行き五百メートルで、その周囲の境界にはレズリアーナさん達に妖精の垣根を囲ってもらってた。
「ラサキさん、また媒体になってくださいね」
「お安い御用だ、好きに吸い取っていいよ」
「では失礼します」
レズリアーナさんを筆頭に、妖精達が嬉しそうに順番に唇に吸い付き、チューチュー、と吸っては垣根を造り、妖力が足りなくなるとまた飛んで来て、チューチュー吸い付いていた。
俺にも枯渇があるのか? と思いながら吸われているけど、何かが減って行く感じはするだけで、体力は減っていないみたいだから大丈夫なのだろう。
コーマにも、警告とか何も言われていないしさ。
ただ、余りにも働きっぷりが凄いので心配になった。
「レズリアーナさん、疲れないのか? 少しは休んだらどうだ?」
「いいえ、ラサキさんの媒体は極上、そう、とても極上なので、何度も頂きたいのです。エヘヘ」
妖精達のお陰で、あっ、という間に完成した。
魔物除けには必須だし、さらにサリアにも、範囲を広げた魔法を掛けて貰えれば完璧だ。
出入り口も、こちら側と同じ位置にしたので行き来もしやすくした。
森には川もあるし、井戸を作れば水には困らないだろう。
事実こちら側は十分に足りているみたいだしね。
さっそく雑貨屋や商店の位置取りを始める、代表を始めとする数人の理事、と言われる男達。
やる気が十分伝わってきたよ。
需要より供給が間に合わなくならないように、野菜や果物の店をもっと増やして、場合によっては、採れる範囲を広げなくてはダメかな。
ま、俺が心配するより代表がやってくれるだろう。
まあ、森林伐採に関しては、それでもレムルの森の、ごく一部、ほんのごく一部だから何の影響も受けないけどさ。
ここまで規模が広がれば村確定かな。後は任せよう。
数日が過ぎ、その間はシャルテンの町に皿食を食べに行ったり、肉を売ったり、香辛料や酒を購入したり、狩りに出かけたり、家でマッタリしたり、と悠々自適にすごした。
これだけのスローライフは初めてだよ。
のんびり過ごし自由に生きる。やっと念願かなったかな。
雑貨や香辛料などはこの森でも数軒あるし購入できるけど、俺達のスローライフなので、好きなように、やりたいように、思いたいようにしている。
それはただ単に、シャルテンの町で買い物がしたいだけなんだけどさ。
でもさすがにこの毎日で体が鈍ったのか、頭を左右に傾け片手を大きく回したファルタリアが、バトルアックスを持ちだす。
「久しぶりに鍛錬しに行きませんか?」
サリアはルージュとテーブルを挟んでお茶を飲みながら魔法談義している。
振り向く二人。
「いいがや、あたいも行くがや」
「ボクもお付き合いします」
「ラサキさんも行きませんか?」
「そうだな、コーマもお勤めだし、やる事は終わったからたまには付き合うか」
家を出て、四人仲良く鍛錬場まで歩く。
他愛もない話しをしながら鍛錬場が見えてくれば何か様子が変だ。
「え? ラサキさん? 鍛錬場の奥側に畑がありますよ?」
「あー、畑がや」
「綺麗に耕していますね、それに野菜や果物も実っていますね」
あー、答えはすぐに判明した。
畑の奥では、二人の黒い大男が鍬を持って耕している。
汗もかかずに耕している。一心不乱に耕している。
息を切らす事無く耕している。
あ、いや、二体の巨体だ。
「あれ、デスナイトですねー」
「デスナイトがや」
「デスナイトが畑仕事していますね」
「――犯人はリコだ」
畑仕事をしているデスナイトからは、近くを通り過ぎても敵意や殺気はなさそうなので放置しよう。
森の奥に入り、辺りを散策すれば、突き当りの岩壁に横穴が出来ていた。
邪王リコと会いたいのか、嬉しそうなファルタリアが尻尾を大きく揺らしながら先頭を歩き、入口付近まで行くと、俺達を察知したのか横穴の奥から邪王リコが、テテテ、と小走りで現れた。
俺達を見て一礼する邪王リコ。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
先頭に立つファルタリアが声を掛ける。
「こんにちは、リコちゃん。こんな所でどうしたの? いったい何をしているのかな」
「ここにすみはじめました」
邪王リコ曰く、何度か家に訪れたけど誰もいなかった。
そんな帰りが寂しい上に転移も魔力を大量に消費するので、消費する量が同じならダンジョンを造って住む事を決めた。
丁度畑に良さそうな場所もあったので、程よく近いここに入口を造った。
ダンジョンは、まだ造り始めて間もないので三階層までしか出来ていない。
ちなみに、畑を耕しているデスナイト二体は、デナタン一号と二号。
「よろしくおねがいします」
おいおい、邪王が何しに来たって? ここに住む? はぁ? デスナイトに名前だぁ? そんなこと聞いていないよ。
随分と自己中なんだな。
ま、その点は俺も同様だし、止めさせてもそんな事通じる相手じゃないか。
仁王立ちのサリアが話しかけた。
「また鍛錬するのかや?」
「もうしません、かてないし、やめました」
邪王リコの返事に隣のルージュも聞いて来た。
「ならリコちゃんは、ここに住んでどうするの?」
「いっしょにあそぶ、そう、あそんでほしいです」
遊ぶ? それって手合せ、戦いの類じゃないのか? 頻繁にされてたら、こっちが困るよ。
いい迷惑だし。
俺は焦って一歩前に出た。
「おいおい、冗談だろ、本気か?」
笑顔で振り返るファルタリア。
「いいじゃないですか、ラサキさん。また楽しくなりますよ」
「あたいはどっちでもいいがや」
「ボクも同意見です」
綺麗な可愛いお辞儀をする邪王リコ。
「ラサキおにいちゃん、よろしくおねがいします」
「ほらー、リコちゃんがお願いしていますよぉ、ラサキさーん。こんな子を無下にするのですかぁ? 酷くないですかぁ?」
「――ハァ、全く。なら条件を出そう」
俺はリコに向かって、無闇に森や家を壊すような攻撃魔法は使わない事。
魔物も絶対に暴れさせない事。人も襲わない事。
レムルの森では平和に過ごす事。を住む条件として言い聞かせた。
「はい、わかりました」
「本当か?」
「はい」
「ならよし……ハァァ」
項垂れる俺を余所に、ファルタリアがリコの前で中腰になる。
「リコちゃん、良かったね」
「はい、ファルおねーちゃん」
「あら嬉しい、エヘヘ、よろしくね」
二人に向き直る邪王リコ。
「サリアおねーちゃん、ルージュおねーちゃん、よろしくおねがいします」
「よろしくがや」
「よろしくね、リコちゃん。でも一人でここに住んで寂しくないの?」
「うん、でなたん一ごうと二ごうとふぁいちゃん、えー、びーがいる」
奥に向かって声を発する邪王リコ。
「えー! びー!」
すると奥から二体のファイアドッグが、クーンクーン、と甘えた声を発しながら走って来た。
けど俺達を見れば魔物らしく威嚇してくる。
「こらっ、だめでしょ、めっ!」
リコの一言で威嚇、殺気が無くなり、ごく普通の犬のようになり甘えるようにリコに纏わりつく。




