第 5話 ギルド2
するとルージュは独り言を始め、ブツブツ、と何やら言いながら鱗を叩いたり撫でたり食い入るように見つめたりしている。
ルージュなりに考えているんだね、向上心が合っていい事だ。ああそうか、これが鍛錬につながっているんだな。
「むー、んー、え? フーン、なるほど、え? 違うかぁ……むぅ」
俺はルージュが納得するまで黙って待つ事にした。
すると今度は、鱗に生活魔法の水、火、熱湯を掛ける。
すると、魔法の無力化とは言っていたけど普通に鱗を滑るように水は流れ、火は当たり、熱湯も流れ湯気が立った。
その状況を見て、まだブツブツ独り言を言っていたけど何かを閃いたようで、ようやく顔を俺に向けた。
「ラサキさん、もう一度やります」
「おう、いいよ、やってごらん」
腰の剣を抜き、剣先を鱗に向け床に置いて、両手を前に出し慎重な表情のルージュ。
緊張しているようだね、頑張れ。
「錬成――鋭利、刺突、高硬度、螺旋」
魔方陣が剣を中心に床に展開されてルージュの剣が浮き上がり、柔らかな粘土のように変形して捻じれていき、一m程の細いアイスランスの形状になる。
違う、と言えば、螺旋状になっているとても鋭利な刺突武器に見えた。
真剣な表情のルージュの額には汗がにじみ出ている。それほど大変な魔法作業なのだろう。
魔力を溜めているのか、両手を前に出したまま、まだ微動だにしない。
――そして頃合いが来た。
剣を中心に魔方陣が鱗に向かって展開された。
「射出!」
爆風と共に勢いよく放たれた刺突武器は、鈍い音を立てて見事に突き刺さった。
やりきったルージュは、ご満悦の表情になっている。
「フゥ、やりましたよ、ラサキさん。ボクはやりました。ハハ」
「凄いぞ、鱗に傷どころか貫通させるなんて。この方法を改良すれば、ドラゴンに勝てるんじゃないのか?」
「無理です。今の一撃はボクの魔力の三分の一を消費しました」
ルージュ曰く、魔法攻撃が効かないのなら等価交換で、持っている剣を刺突武器に練り上げ、尖った切っ先だけ高硬度に硬質化させてから魔法の効力を無くし、その他の部分を魔法強化して射出した。
その為、魔力のダダ漏れどころか、決壊するように放出しながら作らないと無理。
で、一矢報いた刺突武器があれだった。
そうか、なら俺もルージュの真似してみようか。
鱗を上向きに縛り直し、鱗の前に立って、剣を両手で逆手に持ち構える、そして。
天井ギリギリまで飛び上がり、渾身の力で突き刺した。
結果、見事に突き刺さった。
けど、それは良かったけど、抜けなかった――普通の力では全く抜けなかった。
鱗に両足を乗せ、引き抜くように目一杯に力を込めて抜いたら何とか抜けた。
だけど、コーマに強化してもらっている剣なのに、ファルタリアのバトルアックスを真面に受けても刃こぼれ一つしない剣なのに。
さすがドラゴン、と行った所か、刃先がボロボロになるほど刃こぼれが酷かった。
ルージュの刺突武器も切っ先が折れていたし……。
この実験でわかった事。
ドラゴンとは絶対に戦わない事、関わらない事、近寄らない事を深く胸に刻み込んだ。
縛ってあるドラゴンの鱗は、もう用済みなので捨てて貰えばいいかな――いらないし。
ならルージュの剣の名残を折って取り外し、このまま置いて行こう。
受付嬢から保証金を返してもらってギルドを出た。
歩き出せばすぐにルージュが満面の笑顔で引っ付いて来た。闘技場での鱗の話をしながら、歩いてすぐルージュが上目づかいで俺を見る。
うぉ! タユンがきついぞ、腕に挟まっているぞ、なんて破壊力だ。
でも表情には出さない、決して。
「あのー、ラサキさん。もう帰るのですか?」
「ん? どうした?」
「こうして二人きりで歩くなんて滅多に無い事ですから、デ、デ、デートしたいです」
「ああ、そう言う事か。ん、いいよ。少し遠回りして歩こう」
「ほ、本当ですか? やったー! ボクは幸せです」
ルージュのたっての希望でその日はゆっくりと帝国の街並みを見て回わる。
途中武器屋に寄り、同じような剣を購入してから皿食を食べ談笑し、散策して貴金属類を売っている宝飾店に入った。
店内を見て回るルージュ。
「へぇー、どれも綺麗ですねー。フーン」
「気に行った物があれば買うといいよ」
「うーん。僕にはつりあいませんよ。ハハ」
そう言いながら、眺めていたけど、一つの首飾りに一瞬だけど眼が止まった。
一通り眺めて、最後にもう一度だけその首飾りに眼が向いた事を見逃さなかった。
一度ルージュと離れた隙にその首飾りを購入し、金貨三十枚を支払った。
この位ならルージュの功績に比べれば微々たるものだ。
「何か買われたのですか?」
「ああ、お土産さ」
店を出て、腕を組んで歩く。終始嬉しそうな楽しそうなルージュ。
二人きりで歩くなんて、俺も覚えていないから多分初めてじゃないか? それで嫁にするなんて、結構
俺って酷い奴かもしれないな。
多分ルージュも初めてだと思っているから、積極的だった。
「ラサキさん、あれどう見ますか?」
「ラサキさん、あそこの店に入って見ませんか?」
「ラサキさーん、ボク、楽しいです。ハハ」
なんだか振り回された感が強かったかな。ま、可愛い嫁だから、これはこれで楽しかったけどさ。
日も傾き、街並みは赤く染まっている。
今日はルージュとデートして一日がそろそろ終わりを告げる。
「さて、そろそろ宿に帰ろうか」
「は、はい。今日はありがとうございました」
「おいおい、嫁だろ? 当たり前だよ」
「で、でも」
「こちらこそ、楽しかったよ。期会を作ってまた歩こう」
「は、はい! よろしくお願いします」
赤く色づいた町中の街道沿いで、ルージュが俺の頬を両手で押さえ口づけをしてきたので――されるがままだ。
「……ん」
「ルージュも大胆だな」
「今日は特別です。それに記念です。そして思い出作りです」
「そうか、特別ならこれは俺からの贈り物だ。記念に受け取ってくれるかな」
「え? これって……さっきのお店で……」
「ルージュが気に入ったように感じたからさ」
「一番いいな、と思っていた首飾りです。いいのですか?」
「勿論! ルージュの為に買った首飾りだよ。だから遠慮しない」
「嬉しいです! 喜んでいただきます! やったー! んー!」
飛びかかって来るように抱きつかれ、口づけされた。俺に女心はわかりかねるけど、よほど嬉しいんだな、良かった良かった。
「で、では、ラサキさんがボクの首に着けてください」
後ろを向いたルージュの首に着けてあげたら、嬉しそうに振り返る。
「ラサキさん、似合いますか?」
「うん、いいよ、似合っている」
「ありがとうございます。一生の宝物にします。ハハ」
ルージュは、両手を後ろ手で組み、飛び切りの笑顔で、クルッ、と回転し、紫色の艶やかな髪をなびかせる。
――何をしても似合うよ。
またも腕を組んで、ルージュ主導で引っ付かれながら楽しく宿に帰った。
あ、そうそう、途中でいつもの触手の店で今晩の予約を入れておいた。
万が一入れなかったら悲しいからさ。
一方、コーマは一度も現れなかった。
俺を読んだのか見ているのか、ルージュに気を使ったのかわからないけど――さすが神だ。




