第30話 来訪者
この森に来て、一番喜ばれているのは、肉の即売会だ。
シャルテンの町には不定期に行っていたけど、集落の人が、明日欲しいとファルタリアに頼めば、翌日早朝には売りに行くので、いつも新鮮な美味しい食材にあり付いていた。
また、住民の、衣食、調味料、雑貨に関しては、俺達と同様に多く備蓄しているので問題はないそうだ。
これもまた、噂になるのも面倒なので、一度代表者に合って、肉の事は内密に、と念を入れておいた。
――もう一つ悩みがあった。
週に一度、ファルタリアを筆頭に、サリアとルージュがシャルテンのギルドの依頼を受け、討伐している事。
俺とコーマも、一緒に肉を売り、皿食を食べに行ってから依頼を受けている。
それはいい事かもしれない。
シャルテンの町を守る為に、いい事かもしれない。いいのだけれど……それはいいのだけれど……必ず報酬を貰ってくる。
うん、折角造った金庫と称する倉庫が一杯になり始めている。
全くと言っていいほど減らないので、この分で行けば、棚から溢れだすのも時間の問題だろう。
楽しそうにしているから、ダメだって言って嫌な気分にさせるのも可哀そうだし、仕方がないな。
そんな日々を過ごす楽しい毎日。
鍛錬し、食事をし、風呂に入り、お勤めで順に可愛がり、コーマとイチャこく。
ファルタリア、サリア、ルージュに関しては、肉や野菜を売りに集落に行く事が増えた。三人とも人との交流が性に合っているのか楽しいようだ。
タレーヌの丘のドラゴンは、相変わらず、眠って闊歩して眠って、だから気にも留めなくなった。
平凡だけど、コーマも嬉しそうに、楽しい毎日を送っている。
いつもと変わらない夕食時、談笑しながら食べる料理は笑顔が絶えない。
大口で肉を頬張るファルタリア。負けまいと肉に食いつき、口の周りを汚しながら食べるサリア。ルージュとコーマは、上品に綺麗に食べている。
ただ、コーマの食べる速さは、いつもファルタリア並みだ。
俺は酒をあおり、肉料理をつまみにしてゆっくり堪能する。
そして夕食も終わり、片付けを一緒にルージュが手伝ってくれる。
一息入れたらコーマが抱きつき、口づけしてきた。
「丁度いい頃合いだから、お勤め行ってくる……ん」
「ん? ああ、気を付けてな」
「ラサキ、好きよ。ウフフ」
消えて行くコーマ。
そろそろ風呂に入ろうかな、と思っていたら、外から入口の扉を叩く音が聞こえた。
集落の人かな? と扉を開けたら違う。背も低く集落の人では無かった。
見覚えのある姿。いや、見覚えのある幼女。
仁王立ちで両手を腰に当て、無い胸を張って俺を見上げている。
あ、この姿はサリアに似ているな、うん。
身長一一〇センチ程で、艶やかな黒い髪が長く伸び、高級そうで赤く煌びやかなゆったりした布の服を身に纏った、幼くも可愛い女の子。
頭には黒髪を押しのけるように、可愛く桃色の小さい角が二本、左右に生えていた。
幼女の可愛い声が部屋に響いた。
「フハハハッ! じゃおうがまいったぞっ! おそれおののけっ! フハハハッ!」
「で、何しに来たんだ?」
「いぜんはよくもやってくれたな! だから」
「おい邪王」
「え? は、はい」
「立ち話も何だから、中に入りなよ」
「で、では、おじゃまします」
急に態度が小さくなりながら入って来る可愛い幼女、ではなく邪王。
「そこの椅子に座りなよ。妖精の果物をご馳走するよ」
三人がテーブルを囲んで座って、優しい眼で幼女を、いや邪王を見ている。
いそいそ、と椅子に座りこみ、妖精の果物を口にする。
「あむ。うぇ、うぉ、おいしい! おいしいよ、このくだもの。あむ」
「それは良かったよ。沢山あるし、無くならないからゆっくり食べな」
美味しい、美味しい、と必死に食べる、可愛い幼女、ではなく邪王。
そして食べ終え、サリアにお茶を貰いゆっくり飲み、満足そうにして椅子から降りる。
居間の中央辺りでこちらを向き、立ち位置を確認し、また仁王立ちになる。
「フハハハッ! きょうふにひれふすがよい! このじゃおうの」
「美味かったか?」
「え? う、うん。とてもおいしかった。ごちそうさまでした」
両手を前に揃えて下げ、綺麗なお辞儀をしてお礼をいう幼女、いや邪王。よく出来た子だな。
ファルタリアも見習えよ。
「へくち。あれ? ラサキさん? へくち」
「何でも無い」
興味を持ったファルタリアが、テーブル越しに声を掛ける。
「邪王ちゃんはどこから来たの?」
「う、うん。まかい」
サリアもお茶を飲みながら聞いて来る。
「魔界かや? 遠いかや?」
「すごくとおいけど、てんいすればすぐです」
始めは不安そうなルージュだったけど、安心したのか聞いて来た。
「何か食べたい物ある?」
「いまは、くだものでおなかいっぱいです」
「お名前はあるの?」
「はい。ゼグ・リコッサザニエです」
少し考えているようなそぶりのファルタリア。
「ゼグ・リコッサザニエちゃん、は長くて言い辛いからゼグちゃん。ちがうなぁ、うーん、リコ、よし、リコちゃんと呼ぶね」
「リコかや? よろしくがやリコ」
「ボクも賛成です。リコちゃん、よろしくね」
「で、リコは何しに来たんだ?」
「あ、わすれてた」
また立ち位置を確認して仁王立ちになる。
「おまえたちをほろぼしにきた! くらえ! ばくれつ――」
両手を前に出し、攻撃魔法を出す直前に、その両手首を両手で掴み持ち上げる。
ぶら下がる格好で足をバタつかせる、邪王ゼグ・リコッサザニエ改め、邪王リコ。
「なにをするぅ! はなせー!」
「おいっ! 俺の家を壊すなっ! 怒るぞっ!」
「ひっ。ご、ごめんなさい。う、うえーん」
バタつかせていた足が力なく伸び、その状態で大粒の涙を流し泣き出した。
見ていた引き顔でジト眼のファルタリア。
「子供のリコちゃんを泣かせましたねー」
「お、おい、邪王だぞ? 幼女でもあの邪王だぞ?」
さらに引いているサリア。
「最低がや。リコを泣かすなんて最低がや」
「だから、家を壊せる以上の攻撃魔法を放とうとしたんだぞ?」
ルージュもこの時ばかりはドン引きしている。
「小さい子を泣かせる――ラサキさんがその様の人だとは……」
「ち、違うんだ」
「うえーん」
「わ、わかった、リコ。わかったから泣くな」
静かに下ろし、頭をそっと撫でる。
落ち着き泣き止めば、ファルタリアが近寄って、邪王リコの前に両ひざを付いて座る。
「ねえリコちゃん。手合せ、ではなく、果し合いとか戦いは明日、外でやりませんか?」
「そうがや、明日がいいがや」
「ボクもそう思います」
「う、うん。それならいいです」
悪者にされた俺は、居たたまれなくなったから風呂に行く。
「後は任せたよ」
風呂で温まれば、お約束のように入って来た。
まさか幼女も入るのか? 一応……邪王だけど、見た目は幼女。何歳なんだ? サリアも三〇〇歳越えだから……憶測だけど邪王というくらいだ、一〇〇歳は越えているよな。
――だからアウトではないな、うん、そう言う事にしよう。
あー、ファルタリアが手を繋いできた。樹海にいた頃の魔女サリアより、少し小さくした幼女、邪王リコ。
「ここがお風呂ですよ」
「すごーい。おふろだー」
「はいリコちゃん、入る前にまず、体を洗いましょうね」
「うん」
俺は眼を閉じ温まる。今日はファルタリアをモフらないで眼を閉じているほうが賢明かな。




