第24話 嫁
互いに近付くにつれ、向こうの三人も俺とコーマに気が付いた。ファルタリアが、魚を持ったまま手を振ってくる。
「あー、ラサキさーん! コーマさーん!」
合流して、町で何をしていたのか聞いてみれば、ファルタリアが教えてくれた。
俺と別れてから、屋台や露店の食べ物をずっと食べ歩いていた。
眼に入った食べ物は片っ端から食べた。どれも美味しかったけど、徐々にルージュが小食になり、続いてサリアも小食になった。
でも、食べ歩くのが楽しかった。
あー、ファルタリアに付き合わされたのか。
あー、ルージュは満腹だったんだね。
あー、サリアも意地で食べているのか。いや、それとも、大きくするのに食べているのかわからないけど……。ただ、必死さは伝わって来た。
「帰ろうか」
用事も済んだし、検問所を出て帰路に着く。町中での俺とコーマを見ていた三人は、私達も、と順番に腕を組んたり手を繋いだりして帰った。
そんな楽しい毎日が数日経った。
俺は今、畑で実っている妖精の果物を選んで採っている。その横で、上眼使いで睨んでいるルージュ。
「そろそろ、お嫁さんにして貰えませんか? ラサキさん!」
「ダメだろ。フェーニとミケリとの約束があるだろ」
「いいでは無いですか! それはそれで置いときましょう。後はラサキさんの一存ですよ」
「うーん、いや、ルージュ、だからさ」
「ボクの気持ちはラサキさんだけです。いつでも、今でも、すぐにでも、嫁にする、と一言、一言だけ、言って貰うだけです」
ここ数日、ルージュの嫁懇願攻撃が続いていた。何とかのらりくらり、と逃げてはいたけど、最近は厳しい状態だ。
どうしたものかと思ったその時、ファルタリアとサリアが森の小道を歩いて来た。
お、丁度良かった、逃げる口実が出来る。
「え? おい! ファルタリア! サリア!」
緩い笑みを、俺とルージュに向けたら、そのまま横眼に通り過ぎ、歩き去って行く二人。
「おい! ちょ、まっ! あー、ったく」
隣のルージュが、俺の腕を引っ張る。
「ラサキさん、話の途中ですよ」
「ル、ルージュ。あ、思い出した! これから食事を作らないと、あの二人が怒りだすから、その話はまた後だ」
「あ、ラサキさん? ラサキさーん! もぅ――。あのお二人は、怒った事なんてないのに。ハァァァ……」
ルージュを畑に置いたまま、一目散に走り、途中で二人を睨みながら追い抜き家に帰る。
すぐに料理を作り始めれば、後から二人とルージュが帰って来た。ルージュは何も言わずに、いつもと変わらず手伝ってくれる。
押す時は押して、引く時は引くルージュは駆け引きも強くなった。いい娘だし、いい嫁になるよ、うん。
――いいのかな、俺。
ルージュが手伝ってくれる時は、手もあるので出来上がった料理を運び、居間のテーブルに載せる。
「出来たぞー」
「出来ましたー」
手入れをしていたファルタリア。部屋から出てくるサリア。外の椅子に座っていたコーマが入って来れば食事が始まる。
ただ、今日はいつもと違うな。会話も無く、黙々と食べている。
お喋りのファルタリアも、料理を敵のようにして一心不乱に食べているし……何だかなぁ。
その時コーマが、肉用のナイフを俺に差し向ける。
「で? ラサキ。どうするの?」
コーマを見て、食べる手を固まるように止めた俺。
「え? ど、どうするって、な、何が?」
「ルージュ」
「おいおいおい、コーマ。何を言い出すと思ったら」
料理に食いついていたファルタリアが、口いっぱいに頬張っている。
「そうでふよ、ラハキはん、モグモグ。ウージュをお嫁はんにふるんでふよね。モグモグ」
あ、サリアも手に持っているナイフを小さく振る。
「そうがや、早くするがや」
ルージュは食べる事を止めて、両手を膝の上に付けて下を向いたまま黙っている。
「ラサキ。私はいいわよ。ウフフ」
「私も賛成ですよ。返事も早い方がいいと思います」
「それがいいがや。あたいも賛成がや」
「お前達さぁ……」
「ラサキの気持ちが無いなのなら、もう何も言わないわ」
「ルージュが可哀そうですよ、ラサキさん。一人だけお勤めもないし」
「一人増えても同じがや」
ファルタリアとサリアは兎も角、コーマまで。一体どうしたんだ? 三人とも俺に威圧を掛けて来るし――効かないけど。
そこまでしてルージュを応援するなら……いいだろう。
「了解した。三人も同意してくれたんだ。ルージュを嫁にする」
ルージュは顔を上げ俺を見る。つぶらな瞳には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
「もう一度言おう。ルージュ俺でいいのか?」
「……はい。嬉しいです。不束者ですが……よろしく……お願いします。ううぅ」
言い終わった途端ルージュは、両手を顔の当てて号泣し始めた。
頬杖をしているコーマ。
「ウフフ」
ルージュの髪を優しくさするファルタリア。
「良かったですね。これで仲間入りですよ」
ルージュの背中を優しく叩く撫でるサリア。
「ライバルがや、負けないがや。アハハー」
食事も終わり、ルージュが嫁となった。いとも簡単に――。
後片付けも終わり居間でくつろげば、いつもの風呂タイムが始まる。
――全員風呂に入っている――。
何だ? 一緒に入ってはいるけど、いつもと違い、会話が無い。サリアも漂っているだけだし。
さらにルージュを含めた全員が、お先に、と風呂を出て行った。
何だ? さっきから変だぞ、何を考えているんだ?
さすがの俺も、恐怖を覚えたけど、殺される事なんて無いだろうけれど、挙動不審になった。
で、寝間着を着て居間に行けば誰もいない。取り越し苦労だったか、いつもより早く就寝したようだね。
あ、今日はファルタリアだったっけ。もう部屋で待っているのだろう。
居間で風呂上がりの酒を一杯あおり、一息ついた。
「さて、行くか」
お勤め化している部屋に入れば、今か今かと待っていたファルタリア――ではなくルージュがベッドの上で毛布を羽織り座って待っていた。
「よ、よろしくお願いします」
仰向けで横になるルージュ。
「ルージュ、少し待ってね」
一度部屋を出て、寝室の扉を開ければ、三人が熟睡している。いや、絶対に狸寝入りだ。
「おい、どういう事だ」
「……」
「うーん、むにゃむにゃ」
「……がや」
へったくそな演技して、全く。笑みを浮かべながら、寝た振りするなよ。
はぁ。今日の今日、ついさっきからの今かよ。嫌じゃない、嫌いじゃない、むしろ大好きだよ、本当に心からさ。
で、ルージュのいる部屋に戻ったら……あー、泣いていた。
「あ、ゴ、ゴメン。少し慌てていたからさ」
「う、う、、やはりボクはダメでしたか? すみません。ううぅ」
「いや違うんだ。誤解だよ誤解。好きに決まっているじゃないか。ほら、だから今、こうしているじゃないか、もう大丈夫だよ」
もう大丈夫って、俺も何言っているのかわからなくなっていた。
間を置いて泣き止み、涙眼だったけど、笑みを浮かべたルージュ。
「そうでしたかラサキさん、ありがとうございます。では、仕切り直して、今晩はよろしくお願いします」
「俺みたいな変な奴が好きなお人好しのルージュ。これからもよろしく」
「はい……初めてなので……優しくしていただければ……嬉しいです」
そして二人の夜が更けて行く。




