第 4話 戦地3
そして、暗闇を前にして数百m後方、タレーヌの丘を両国で二分する中心の右側にアルドレン帝国の隊、左側にヴェルデル王国の隊が並んで配置し、様子を見る事になった。
戦果を挙げているフェーニ中隊は、特例で野営地に戻り、体を休めている。
テントの中で、背もたれが倒れる椅子に座り、体を伸ばすフェーニとミケリ。
他の兵士も二人を囲んで座っている。
フェーニを崇める兵士が話しかける。
「フェーニ隊長、あれは何ですかね」
「うーん、知らないし、見た事も無いし、わからない。でも、気色悪いのは確かだね」
次に、ミケリ副隊長を慕う兵士が話しかける。
「ミケリ副隊長はどう思いますか?」
「見た事無いニャ。変な感じニャ。気持ち悪いニャ」
「俺達は最後まで付いて行きます」
「無理しないように」
「引くときは引くニャ」
会話も途切れ、各自思い思いの時間を過ごす。天井を見ているフェーニ。
「こんな時、ラサキさんやファルタリアさんがいたらなぁ」
独り言を聞いていた隣のミケリ。
「サリアさんとコーマさんもニャ」
「そうだね、あの人達ならどうするのかな」
「どうするのかニャ……」
会話も程々に、まどろむ二人。
そして半時がたった頃、異変が起きた。闇の中から続々と魔物が現れてきている。
伝達兵がテントに入って来た。
「伝令! 魔物襲来! 即時態勢を整えよ!」
すぐに走り去り次のテントに向かう伝達兵。すぐにフェーニの一声が響く。
「全員! 戦闘準備!」
フェーニ中隊は、統制がとれているので読みも早く、間髪入れずに全員からの返事が返ってくる。
「「「出来てますっ!」」」
怒号のような返事に、あまり見せない、オタオタするフェーニとミケリ。
「あ、お、お、おお」
「凄いニャ。ビビったニャ」
テントを出て陣形を組み、他の隊と一緒に闇に向かって突き進むフェーニ中隊。
フェーニが隊長たる気合を入れる。
「気を引き締めて行くぞーっ!」
「「「おおーっ!」」」
「相手は魔物だ! 蹴散らして行け―っ!」
「「「おおーっ!」」」
戦場に出れば闇の方角では土煙が上がっている。最前線に近づけば、魔物と両国の兵が入り乱れての戦いになっていた。
討伐とはかけ離れた、何千何万ともわからない多数の魔物を相手に、両国の兵達が戦っている。
一瞬、動揺を見せたフェーニ。しかしすぐに中隊長としての声を発する。
「総隊! 連携を組んで行くぞ! 離れるな!」
他の戦っている兵士を見れば、暗闇から湧き出てくる魔物は、体長二mを越えるミノタウロス、サイクロプス。
不可思議にも剣を持っている上に、胸当てのような鎧をまとっている。
その他、スケルトンナイトも剣と盾、そして鎧を装備しているので戦い辛い上に、素早く力も強かった。
更に、体長二m程の黒い毛をしたフレイムウルフが、ファイアボールを放ちながら、翻弄させるがごとく素早く走り回っている。
その数ざっと数万体。
だがしかし、両国の兵士を合わせれば現在戦っている兵は一〇数万人、残って後方にいる兵士も、まだ一〇万人程なので、負傷者も多く出たが回復魔法とポーションを使用しながらも、半日を過ぎたくらいで殲滅に成功した。
その少し前には、粗方倒したフェーニ中隊は安全を確認し、野営地に撤退していた。
辺りは暗く、既に夜になっている。
戦場の中心にいた大男の冒険者らしい兵が、勝鬨を上げようとしたその時――。
またもや暗闇から、魔物が続々と湧き出るように現れてくる。
勝鬨を上げようとした男は呆然としている。それに合わせて他の兵も立ち止まっている。
だがしかし、魔物の群れは待ってはくれない。雪崩広がる魔物の群れに対峙し、また一から戦う兵士たち。勿論フェーニ中隊も同じだ。
同じ種類の魔物と入り乱れての戦いは、翌朝までかかったが、魔物の群れ対同盟国は、またもや殲滅し勝利に終わった。
ただ、一度目で疲労しながらも戦った兵士たちは、ことごとく怪我を負い、軽傷、重症者合わせて一〇万人、死亡者も数万人に上り、良い事だけでは無かった。
そして、この戦いでポーション全て使い果たしている上に、回復魔法は魔力が底をついてすでに使えなくなっている。
両国合わせて二〇数万人いた兵士は、無傷で動ける兵士だけで、現在一〇万人を切っている。
そして数刻。
誰が想像しただろうか。誰が考えただろうか。誰が絶望しただろうか。
またもや暗闇から、同じ規模の魔物が湧き出て来た。
暗闇を眺め、呆然と立ち尽くす、絶望を覚悟した兵士たちも多数いた。
数百人いる上位冒険者達は未だ無傷だが、攻撃どころか回復系の魔法もポーションも無い。現状を見て、密かに逃げ出す冒険者もいる。
考える余地も与えず、魔物の群れは待ってはくれない。
今回の魔物の規模は、前回を遥かに上回っている。まるで今までの事を読んでいたように。
戦い殲滅しなければ、両国に魔物がなだれ込み、惨劇が繰り広げられる事は確実。
またもや入り乱れての戦いになる。が、それが当然の如く、ジリ貧で魔物に押され始める。
フェーニ中隊も疲労困憊の中、戦っている。むしろ称賛すべきなのは、負傷者も出ず全員が戦っている事だ。
それは、フェーニとミケリが戦いの最中であれ、兵士の援護を欠かさないでいたから。
だがしかし、今回はそう上手くは行かない。
大暴れする怪力のミノタウロスとサイクロプス。
剣と盾の使い方が上手いスケルトンナイト。
素早く走り回り、ファイアボールを放ち翻弄するフレイムウルフ。
倒しても倒しても、後から後から、魔物の群れは減る気配さえ無い。
一つの隊、また一つの隊、と魔物の群れの中に沈んで行く。
その上を、踏み潰すように魔物のじゅうたんは国に迫ってくる。
何とか中央付近で踏みとどまってはいるが、兵力も少なく全滅は時間の問題だった。
フェーニとミケリも、体力の限界はとうに過ぎていた。中隊の中で、負傷して動けないでいる兵士を中心に置き、守るため正に気力だけで戦っていた。
「フェーニ隊長! 構わず逃げてください!」
「ミケリ副隊長も気にせずに逃げてください!」
兵士たちの言葉を無視して戦う二人。
しかし、時が来た。
正面にいたミノタウロスを倒すと片膝になり、剣を杖代わりにするフェーニ。
「ゼッゼッゼッ、も、もうダメだ。ゼィゼィ」
スケルトンナイトの頭を粉砕して倒し、四つん這いになるミケリ。
「ハッハッハッ、もう体が、ハッハッ、動かないニャ。ハァハァ」
それでも無情にも、魔物は待ってはくれない。
その時ミノタウロスに蹴り飛ばされるミケリが宙を舞い転がる。地面に仰向けで動かなくなり、覚悟したようなミケリ。
動けなくなったフェーニは、何も出来ず観念する。
「ハァハァ、ここまでだな。お嫁さんになりそこなった。ハハハ。ハァハァ」
正面から三体のサイクロプスが向かって来て、フェーニ目がけ剣を振りかぶり、切り飛ばされる。
ミケリも、両側から四体のスケルトンナイトが向かって来て、剣を振り上げ振り下ろし、両手両足を切り刻まれる。
勿論、負傷した兵たちにも襲いかかる。
――はずだった。が、そうはならなかった。
眼を閉じ、覚悟していたフェーニが眼を開く。
同じく眼を閉じて、倒れていたミケリが起き上がる。
周囲にいた魔物が倒されている。
フェーニの前に、背を向け立っていたのは。
「頑張ったな、フェーニ。後は任せておけ」
ミケリの前に立っていたのは。
「お待たせ、ミケリ。間に合いましたよ」
その姿を見て、涙が、とめどなく溢れるフェーニ。
溢れる涙で、前が見えなくなるミケリ。




