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STEP5:意外な事実

 唐突な問いにらくらは目を丸くする。

 質問の意味を理解すると、目を逸らし、俯いた。

「疫病神や。」

 吐き捨てるように小さく答える。

「嘘だ。」

「ダニエル2号!人の言葉を出合い頭に否定するものではなーい!」

 ガシャンと大きな音が響く。未来がグローリーを(無表情で)床にたたき付けた音だ。そのまま、ぐりぐりと踏み付ける。

「疫病神を買う奴は居ない。ここから逃げる為だ。本当のことを言え。」

 詰問する(その間、休まずグローリーを踏み付けている)未来にようやく視線を戻し、しばらく迷った後、らくらは口を開いた。

「招き猫や。」

「あん?」

「そやから、招き猫や言うてるやろ!幸運招来。福を呼ぶ招き猫の精霊や!……」

「要するに、幸運の妖精と言うことか?」

「……らしいな。自覚は無かってんけど。俺を盗み出そうとしたおかしな呪い師が言うとった。俺には周囲の人間の運気を上昇させる力があるってな。そやけど、そいつが俺を手に入れるために、俺が代々世話になっとった家族を皆殺しにしたんやから、どこまで効き目があるんか怪しいところやけどな。」

 自らを嘲るように吐き捨て、らくらはそっぽを向く。目の端に小さく涙が浮かんでいた。

「それで、何で身売りする気になった?買い手がその呪い師と分かったから、復讐でもするつもりか?」

「そいつはM.E.Te.O.の人が俺を助け出す時に殺された。自業自得やけどな。その助けてくれた人も大怪我して。幸せにするどころか、災難ばっかりや。このまま、M.E.Te.O.におったら、また誰かが死ぬことになるて、カエンに言われたんや。」

「あの魔女か。」

「いきなり夢に現れて、俺が進んで身売りせえへん限り、襲撃する言われて。もう俺のせいで誰かが傷つくんは嫌やねん。」

 小さい、蚊の鳴くような声だった。

 流れ出さないのが不思議なくらい、涙を両目に溜めて、床をじっと見つめている。

 「ふん。」未来は鼻を鳴らして、(まだ踏み続けていた)グローリーを取り上げる。

「分かった。」

「分かったか?ほんなら、俺をカエンに渡して、お前はおとなしく帰ってくれ。」

「バカばっかりだ。」

「…て、なんやいきなりー!?」

 らくらの言葉を完全に無視して、グローリーを構える。(切っ先を上に向け、逆立ちした格好になるのだが、文句は言わなかった。代わりに遠い目をして、「ごめんなさい」とか、「反省してます」とかぶつぶつ言っている。)

「本部内の要保護対象に念話が送りつけられたことに気付かないM.E.Te.O.もバカだし、その脅しを真に受けてのこのこ出て来る妖怪もバカだ。」

 くだらない意地をはって必要な情報を求めなかった俺もバカだ。

 心の中で自分を罵倒する。

 バカじゃないのはあの魔女だけか。

「ちょっと、待てや。人のこと、無視してからに。自分でも頭が悪い自覚はあるけど、いきなりバカ言うことないやろ。」

「バカはバカだ。理由を説明してやろう。お前は特A級の危険指定を受けている。お前が周囲の存在の運気を上げるのは間違いない。それもかなり大幅にな。」

「そうなんか?」

「そんなお前が反社会的な組織、例えば破壊活動を目的にする組織なんかの手に落ちたらどうなる?」

「どうって……」

「そいつらの行為は全て成功し、阻む行為は全て失敗する。結果的に数多の人間が命を失うか、生活を失うか。そうなったら、本当に疫病神だな。」

 最初呆気にとられ、次に腕を組んで、考える。余程深く考え込んでいるのか、眉間にシワがよっている。

 役に立つ妖術でも持っているのかと期待したが、無駄だったな。

 だが、これで懸念は一つ払拭した。再びあの魔女のもとに走ることはないだろう。

「……あの。」

「何だ?」

「いまいち、よく分からへんかったんやけど、もう一回説明してくれへんか?」

「……本当に、心底バカなのか!お前は!」

「すんまへーん。あんまり長い話とか、漢字の多そうな話って苦手やねん。特にアマタて何?頭と関係あるんか?」

「そうよ。」

 肯定の言葉と共にカエンが現れる。その背後で蝶が炎に焼かれ、塵へと変わっていく。「ちっ。」

 舌打ちして、未来がカエンを睨みつける。その姿を魔女は悠然と眺めていた。

「そーか、でアマタて頭とどういう関係なんや?」

「黙れ。」

「らくら、貴方の言葉に返答したんじゃないの。」

「えー、そうなん?」

「あなたがバカだってことに同意したの。」

 一気に落ち込んだらくらが、部屋の隅で膝を抱えてうずくまる。

「脱出方法とか、落ち合う場所とか、説明するのに、凄く、すごーく苦労したのよ。それに免じて彼をわたしに譲ってくれないかしら。それが彼の望みでもあるし。あなたも無事に帰りたいでしょ?」

「帰してくれるのか?さっきと言ってることが違うぞ。」

「少し頭が冷えたの。貴方を殺しても、わたしには何のメリットもないもの。魔力の無駄遣いはしたくないの。」

 会話しながらじりじりとらくらの居る壁に近づいていく。カエンも距離を変えないように同じ距離を移動する。

「随分な言われようだな。」

「だって、そうでしょ。貴方を殺そうが殺すまいが、わたしはらくらを連れて行く。現状での二者択一は貴方が生き残るか否かだけ。選びなさい。賢明に生き残ることを選ぶか、くだらない誇りの為に死ぬか。」

 カエンの、小さな少女の体がぐんと大きくなった気がした。

 気圧されながらも、未来は目的の位置に立つ。

「もう一つ。」

 らくらの腕を掴み、盾として、自分の前に突き出す。そして、首筋にグローリーを当てた。

「こいつを殺して、あんたの目論みをぶち壊すって、選択肢もある。」

 一瞬の沈黙。それを破ったのは、らくらの悲鳴だった。

「うわああああ!?」

「おとなしくしろ。芸が無いなら、人質として役に立て。」

「嘘!人質って普通、悪い奴がとるもんちゃうの!?」

「正義の味方と言った覚えはない。」

「無茶苦茶やー!?」

 らくらの叫びの直後、カエンの気が膨れ上がった。

「残念ね。今、道は一つきりになった。貴方を殺して、らくらを連れていく。」

 魔法が甲虫の形をとって、カエンの周りに展開する。

 その意図を知り、未来は防御用の魔法を用意する。二人まとめて攻撃するつもりだ。妖怪の耐久力は人間の比じゃない。

 防ぎきれるか?――冷や汗をかく未来の腕の中でらくらが身じろぎする。『動くな』と警告するより先に、らくらが「は。」と言った。嫌な予感に腕の力を弱めた途端、「はくしょん!」大きなくしゃみ。

「あー、すっきりした。」

「このバカ!!首筋に刃を当てられて、くしゃみをする奴があるか!」

 理不尽な罵声に口を尖らせ、反論する。

「えー、そやかて、鼻がむずむずしててんもん。ここ、えらい埃っぽいし。」

「大丈夫!」

 (しなくていいのに)復活したグローリーが胸をはる(ようなしぐさをした。)

「このグローリー・剣。ダンディにかけては自信が溢れているが、切れ味にかけてはまるで自信がなぁい!!」

「自慢することかあっ!?」

「ラウ……。」

 付き合いきれないといった風情で(たぶん、それが正しい)、カエンが命令を下そうとした。

 その時。

 彼女の頭頂部に大きな衝撃が加えられる。

 パラパラと散らばるコンクリートと板の破片を見て、知る。

 天井板が落ちてきたのだ。

 制御を失った魔法が暴走し、爆炎と化してカエンを包み込む。

 炎が消えた後には服を焦がし、髪が縮れ、肌に黒い煤をつけた無惨な姿の魔女が立っていた。

「これが、お前の能力か?」

「そ、そうなんかな?」

 二人で呆然としていると、明るい光が差し込んできた。黄昏の琥珀色の光とは違う白い昼間の太陽の光。

 結界が解けたのだ。

 うまくいった――このビルに入る時に結界につけた綻び。それは侵入するためだけではなく、徐々に傷口が広がり、全てを破壊するようにしておいたのだ。

 「けほ。」小さく咳をして、カエンが黒い煙を吐き出す。

「あー、生きとる。生きとる。」

 安堵した様子でらくらが呟く。

 咄嗟にレジストしたんだろう――ダメージが小さくないとは言え、致命傷には至っていない。

 しかし、時間稼ぎにはなる。

 未来は右手でグローリーを持ち、らくらを抱き抱えながら、左手でロッドを取り出し、後ろの壁に先端を当てる。そこを中心に巨大な蝶の影が現れ、未来たちを包み込む。

 大きな黒い球体は急速に萎み、間もなく消え失せた。

 後には、煤だらけのカエンだけが残された。


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