STEP2:お喋りな魔剣
「うおおおっ?何をするっ!?」
答えず、未来は剣を踏み付けた。
何度か足の裏で叩くように踏んだ後、ぐりぐりと踏みにじる。
「小学校ってなんだ!?どこにあるっ!?どうやって通ってた!?それに、グローリー・剣ってなんだ!?なんで英語と日本語がごっちゃになってるんだよっ!?」
踏み付ける度に「ああ」だの「おお」だの、妙な悲鳴を上げる。それが気に障って、蹴り飛ばそうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「まあまあ、そのくらいにしといたり。これも悪気はないんやから。」
「これ、と言うなあ!私にはスーパー・グローリー・剣という立派な名前が!」
「さっきと変わってるぞ?!」
ついに蹴り飛ばされ、グローリーは大地を転がり、木立にぶつかって「うおお」と悲鳴を上げる。
「……なにやら不満そうだったから、グレートな名前にしたのに……理解されない不憫な我輩。」
(誰も聞いていないのに)理由の説明をする。どうやら自己顕示欲が相当に強いらしい。
己の不遇を歎くグローリーの周囲が暗くなる。
――ふふ、我輩の心に合わせて天の光も曇ったようだ。
自嘲の、しかし、どこか爽やかな笑みを浮かべて彼は空を仰ぎ見る。
「うおおっ!?」
彼が見たのは、ベンチを頭上に持ち上げ、今まさに振り下ろそうとしている未来の姿だった。
その表情は、暗く冷たい。
「待てっ!話を聞けっ!いや、聞いてちょーだいっ!お願いっ!」 嘆願空しくベンチは振り下ろされた。
未来は手の埃を払い落とし、苦笑しながらこっちを見ている少年の方を向いた。
標識札を使う。
「やっぱり、あんたが逃げ出したっていうターゲットか。」
「はあ?」
未来の言葉を始めは理解出来なかったようだが、すぐに納得の表情を作る。
「ああ、そうやな。誰にも言わんと出て来てんやから、逃げた、言われてもしゃあないな。」
照れ臭そうに頭をかいて、沈黙する。
「なあ……この際、お父さんには逃げました言うて報告して、見逃してくれへんかな。」
未来の全身に雷が落ちたような衝撃が走る。
硬直する身体をゆっくりと動かし、未来が聞いた。
「誰がお父さんだ?」
「誰って……旅鬼さんに決まってるやん。目の辺りがそっくりやから、すぐ分かったで。」
明るくからからと笑う。
その笑顔が最後の一撃になった。
未来は激怒した。
「ふざけんなっ!」
怒声に少年が目を丸くする。
「確かに、俺はあいつの遺伝子を半分受け継いでいる。でも、それだけだ!あいつを父親と思ったこともないし、そもそも親を欲しいなんて思ったこともない!」
非合法な魔道結社があった――魔法自体が社会に認知されていない以上、公的な法律はもちろん無い。ここで言う法とは、魔術師たちが不文律として守っている倫理であり、道徳だ――人類滅亡とか、世界征服とか、そんな大それた野望を持たない、ごく小さな組織。しかし、彼らは禁忌を犯した。
ホムンクルス。
魔術によって生み出された人間の総称。現代では製造も研究も固く禁じられているのに、彼らは造ってしまった。強力な魔術師、そして魔法戦士を。商品にするために。
優秀な魔法使いたちの精子や卵子を手に入れ、受精させ、代理母に出産させた。生まれた子供たちのチャクラを弄り、強化し、人工的に超人を造る。
……それは成功した。
『商品』たちは産声すら呪文に変えて炎を生み出し、立ち上がるより早くに飛ぶことを覚えた。まだ幼児でありながら、戦場に投入され戦果を上げる。幾多の組織の要人を暗殺する……彼らは活躍した。いや、活躍しすぎた。
子供たちの存在は広く知られることになり、組織は魔術師たちの倫理を冒した罪で粛正され、世界から消えた。
残されたのは、まだ幼いホムンクルス――罪と共に生まれ、それを罪と知らず、罪を重ねた子供たち。
裁くことは出来ず、しかし、解放することも出来ない。彼らの処遇として出された結論は――魔力の封印と、普通人として生きるための再教育だった。
「あいつは俺が自分の子供だと知って、引き取ることにしたんだってよ!これからは人間として生きていくんだってな!余計なお世話だよ!邪魔ならさっさと消してくれれば良かったのに……こんな身体にされて……毎日、毎日あいつに振り回されて……」
最後には声が詰まって、出なくなる。
泣いていることに気付いて、慌てて涙を拭い取る。こんなものを流すようになってしまった自分が許せなかった。
「とにかく、俺を……え?」
さらに怒鳴りつけようとした時、ようやく気付いた。
少年が居ない。
「らくらなら、逃げたぞ。」
突然の声。
さっきベンチを投げ付けた方を見る。
グローリーが(元ベンチであった)木片の中から顔?を出している。
うまく隙間に入ったのか、ダメージは無いようだった。
――運のいい奴。
忌ま忌ましくはあったが、トドメをさす気力もない。
それよりも。
「らくらって…あいつか?」
「もちろん、そうだ。何だ、名も知らなかったのか?はっはっは、愚か者め。無礼を詫び、今後は敬意を示すというなら、他にもいろいろ教授してやっても……お願いします。教えてさしあげますから、聞いてください。」
要らぬお喋りが気に障ったので、やっぱりトドメをさそうと、近くにあった彫像(推定300キログラム)を振りかざす未来にグローリーが態度を急変させた。
「逃げた?」
「うむ、最初はお前を慰めようと思案していた様子だったが、突然顔色を変えて逃げ出した。思うに、追っ手に気付いたのではないか?」
「追っ手?」
自分以外に誰かが派遣されたとは考えにくい。他にどんな追っ手が居るというのか、見当がつかなかった。
「そうだ。本当に何も知らないようだな。良かろう。我輩が教えてやるから……ごめんなさい。本当に、態度を改めますから…」
弁明は聞かず(下ろす場所を変えるのも面倒臭かった)、未来は彫像をグローリーに、叩きつけた。
「らくらは自分のことを疫病神だと言っておった。」
「疫病神だと?そうは見えなかったが。」
未来は背負ったグローリー(彫像の形が幸いしたらしく、地面と像の間に出来た隙間に入り込み、無事だった。つくづく運のいい奴である。)から、彼、つまりはらくらについての情報を聞き出していた。
標識札に従い再び彼を捜しているが、見つかってもまた逃げられては空しいだけだ。
彼の逃亡の理由を知る必要がある。
「本人がそう言ったんだから、間違いあるまい。自己紹介の時、自分を大きく言う奴は居ても、悪く言う奴など居るはずがない。」
はっはっはと、自信たっぷりに笑う。
――それはただの経験則だろう。しかも、自分だけをサンプルにした。
胸中でつぶやくが、グローリーの無駄口を増やすつもりは無いので、黙っておく。
「その罪故に、追われていると言っておった……己が責でもあるまいに。」
しんみりとグローリーがつぶやく。
どうやら、まともな感性もあるらしい。
未来にはどうでもいい話だったが。
おまけに何故、らくらに逃げる必要があったかも分からない。
自らの能力(宿命とも言えるが)で不幸になった相手に追われているのなら、M.E.Te.O.に保護を求めた方がいい。
「もう、ええから。」寂しい声とともに彼の悲しそうな顔が胸に浮かぶ。
復讐者の手にかかることを選んだのか?……くだらない。
胸中で吐き捨て、未来はらくらの場所へと急いだ。
まだ昼間なのに、窓から差し込む光は琥珀色で弱々しい。まるで、黄昏の光だ。
――いっそ、暗闇にしてしまった方がしっくりくるのに。
今の心境には。
重苦しい気分でらくらはとぼとぼと歩いていた。
古いビルだ。既に廃墟なのだろう。壁の一部が破れ、床板もあちこち剥がれている。
錆の浮いた手摺りに触れ、手についた汚れを服で拭き取りながら、階段を昇る。
2階、3階と通り過ぎ、辿り着いた4階が最上階であり、目的の場所。
暗い廊下で彼女は待っていた。
白いワンピースに白い靴。黒い髪を長く伸ばした女の子。
顔はあの人形にそっくりだったが、肌が違う。
柔らかくみずみずしい肌は人間のもの。
彼女はにいっと凶悪な笑みを浮かべ、言った。
「ようこそ。らくら……幸運の護り手よ。」