STEP1:物騒な迷い子
ターゲットはあっさり見つかった。
あんまり呆気ないので、罠かと訝るほどに。
M.E.Te.O.ビルのすぐ近く。歩いて5分程の距離にある駅前大通り。今日は日曜日だから、人出が多く、ごった返している。
確認の為、標識札をもう一度使ってみる。意識を集中すると頭の中に対象の位置がぼんやり浮かんでくる。札が教える位置と視界の中の現実の位置を合わせる。
―――居た。
50メートル先、人混みの中を未来と同じ背格好の少年――1メートルくらいの長さの細長い包みを抱えて、ふらふらと歩いている。(足元が覚束ないわけじゃない。歩く目的が無いから、ふらふらしているように見える。何処かに行こうとしているわけでもなく、歩くことを楽しむわけでもない。まるで、迷子だ。目的の場所まで忘れてしまい、途方に暮れている迷い子。)
さて、どうするか。
ターゲットの情報が少なすぎる。次の一手が見つからない。
意地をはって、旅鬼に会わずにビルを飛び出して来たが、その力も性格もさっぱり分からない。
感情に振り回されて任務に支障をきたすなど、昔の自分なら有り得ない。
鈍ったな、俺も。自嘲と悲痛を込めて、俯き小さく笑う。
次に顔を上げたとき、未来の顔からは後悔の念が消えていた。決意と強い意志をたたえた瞳で少年を見つめる。
とりあえず、人気の無いところに誘導するか。
それから、有無を言わさず取り押さえるか、不意打ちで何も気付かせないままに気絶させるか……
説得してお互い無傷でことを終えようという選択肢の無い未来であった。
常に一人二人の人間を間に挟む形で尾行する。
彼に周囲を警戒する考えはないようで、後ろを振り返ることすらない。
服の下に隠した専用のホルスターに収めたロッドに手をかけ、小さく呪文を唱える。
少年の目の前に小さな紫色の蝶が現れる。
実体のない魔法の蝶だ。未来以外には誰にも――少年にすら――その姿は見えていない。対象の無意識に働きかけ、その後を追いかけるように仕向ける。
近くに公園があったよな。
適当な場所と地図を思い浮かべ、蝶の軌道を調節しようとした時。
異常な気配を感じた。
弾かれたように横を見る。
ぽっかりと人混みが消えた空間があった。
人々は無意識にそこを避けて通っている。
中心には幼い少女が一人。5歳くらいの年格好で白いワンピースに白い靴。黒いサラサラの髪を腰まで伸ばしている。肌は白い。磁器のように。いや、磁器そのものだ。柔らかさをまるで感じない、硬質な輝き。
人形!?
正体に気付いた未来にはまるで注意を払わず、彼女――あるいは、『それ』――の目は細長い包みを抱えた少年を見据えている。
「見ぃつけた。」
小さく、人には聞こえぬ種類の声でつぶやくと、ニィと笑う。おぞましい凶悪な笑顔。
直後にその体は爆発、四散した。
巻き起こった突風に小さな悲鳴を上げる人は居ても、何が起こったかに気づく人は居ない。空に立ち上る白い狼煙にも誰も気付かない。
未来と少年を除いては。
目が合った。
魔力を感じて振り向き、同じように魔力に気付いていた未来を見たのだろう。
服の下のロッドを握る不自然な体勢をしていた未来は、咄嗟に身構える。手には短い銀の杖、その先端には赤い宝石が埋め込まれている。
驚いて――通行人の中にも未来の行動に目をとめる人は居たが、皆子供の遊びとすぐに興味をなくす。実際、ロッドの造りは安っぽく玩具の類に見えた――目を丸くした彼。しかし、すぐに表情を変える。
人懐っこい明るい笑顔に。
「なんや、魔法使いか。M.E.Te.O.の人か?」
独特のイントネーションに語尾、大阪弁であった。
全ての緊張感や緊迫感を削ぎ落とす。そんな声と口調だ。
「勝手に出てきたんは悪かったけど、誰にも迷惑かけへんから、心配せえへんでええで。用事が終わったら、すぐに帰るさかい、見逃してえな。」
片手で拝むようにして頼み、彼は回れ右をした。
再びふらふらと歩きだす。
彼の声にすっかり毒気を抜かれた未来はしばし呆然としていたが、はっと我に帰る。
「待てっ!」
制止の言葉とともに足を踏み出すが、つまずくようにして立ち止まる。
足元を何かが通った。
目を凝らすと黒い霞を纏った小さな何かが3体、地面を滑るように移動している。
目標は――未来と同じ。
くそっ。
状況は分からないが、仲間で無いことは確かだ。
未来はダッシュし、その小さな何かを追い抜き、彼の手を握った。
驚いて言葉をなくした彼の手を引き、走る。
とにかく、人目のつかない場所へ。
一般人を巻き込むと、後々面倒臭いことになる――具体的に言うと、旅鬼の業務内容が増えるのだ。
面倒を押し付けるだけなら万々歳だが、問題なく仕事を出来ない半人前とは思われたくない。
やっぱり、感情に振り回されていることに気付かず、未来は駅前から遠ざかって行った。
人気の無いビル群の谷間。この辺りはオフィスが多く、日曜日にはほとんど人気がない。その中にある公園――遊具は無く、ベンチが幾つか置いてあるだけの小さな公園である。平日ならひなたぼっこするサラリーマンやOLも居るが、今日は誰も居ない。――に未来は飛び込んだ。公園の中心に立つと、ロッドをかざし、小さく呪文を唱える。
赤い蝶が無数に現れ、三々五々散っていく。公園の外周までたどり着くと、ふっと消えて見えなくなった。
小さく息を吐き、隣で目を丸くして、自分を凝視している少年に目を移す。
未来と目を合わせると彼の顔に警戒と怒りの表情が浮かぶ。
「何すんねん。いきなり、人のこと引きずって走って。下手したら、怪我するところやで。」
「追われる心あたりはあるか?」
非難の声を無視して、未来は聞く。
少年は不躾な質問に驚き、しかし、怒ることなく目を逸らす。
ばつの悪い顔をして、ぽりぽりと頭をかいている。
「悪いな。ここまでや。相方のところに連れていかれへんで、すまんな。」
包みを未来に押し付ける。
「ほな、さいなら。」
ついつい受け取ってしまって当惑している未来に手を振って、彼は立ち去ろうとする。
「待て。勝手に……」
話を進めるなと言おうとして、やめる。
緊張が体に満ちる。
公園の端、さっき蝶が消えた場所に赤い炎が生まれた。
数は三つ。
炎は渦巻き、中心に居る何かを焼き尽くそうと火力を増すが、突然掻き消え、黒い小さな塊が地に落ちた。
炭ではない。
――破られた?
そいつらは滑るように地面を進む。
真っ直ぐに彼の元へ。
結界が破られたことに驚いている暇は無い。
「待て!」
未来は彼の手を掴んだ。
魂が抜けたように黒い塊を見ていた彼は、ゆっくりと未来を見てから、無造作に手を振りほどく。
特別強く握っていたわけではないが、簡単に振りほどけるような握り方をしていたわけではない。
――こいつ、人間じゃない?
重大な事実にようやく気付き、舌打ちする。
包みを投げ捨て、彼と黒い塊の間に立ち塞がる。
短い詠唱に応えて、三体の蝶が現れる。黒地に紅い紋様。紋様は炎の形に似ていた。
近づく影に向かって飛んで行き、触れると同時に爆発する。
――まだだ。大して、効いてないはずだ。……ガーネットじゃ、効かない!
絶望的な気分の未来の肩に手が置かれた。
「もう、ええから。」
少年がつぶやく。(泣きそうな声だと未来は感じた)
彼は未来の体を自分の脇に引き倒す。
――ふざけんなっ! ぶざまに転がされた怒りが未来の中で爆発する。
身を起こそうと手をついた時、(さっき、地面に投げ捨てた)包みに触れた。
布がめくれて中身が見える。鈍い金属光。鋭い刃。抜き身の剣だった。
未来は布を跳ね退け、刃身を黒い塊に向ける。
短く詠唱して、気合いとともに魔法を解放する。
光も、熱も、音もともわない純粋な力が衝撃波になって、敵を襲う。
塊は全て吹き飛ばされた。黒い霞を剥ぎ取られ、無惨に地に落ちる。
カブトムシによく似ているが、足が一対多い。角を無数に生やした凶悪な姿だ。
地面でしばらくもがいていたが、やがて止まり、塵になって消えていく。
フウッと息を吐いた。
「ふっふっふ。」
と、笑い声が聞こえた。
未来の手の中で。
反射的に目をやって、「うおっ!?」驚く。
目が合った。
剣と。
刃身の鍔に繋がる部分に顔があった。
10センチくらいの大きさで、厳つい壮年の男性を思わせる顔つき。材質は同じ金属のはずだが、柔らかい質感だ。実際それは表情を動かして喋った。
「ふっふっふ。初めてにしては、なかなか力の使い方を心得ている。困っているようなら、我輩が力を貸そうではないか。この聖剣エクスカリバー…」
あまりに有名な伝説の剣の名に未来は驚愕する。
――やっぱり、こっちがターゲットか?
「と小学校時代には席を並べたこともある名誉と勝利と、えーと、感激の魔法剣、グローリー・剣じゃあ!」
沈黙。
そして、10秒後。
未来は地面に剣を叩きつけた。
よーやく、コメディーへのお膳立て完成。長い前フリでごめんなさい。




