「あの日に逃げ場無し」
「あの日に逃げ場無し」
2月10日 水曜日
大雪が降ったこの日、公共機関での出勤をあきらめ、男が一人、会社を目指し歩いている。
男の名前は〖ヤマダ シンゴ〗、
彼は学生の頃、サブカルチャーを全力で楽しむサークル、
「七色の旅団」を自ら創設し、サークル活動に尽力する、
熱意と意欲に溢れる若者であった。
そんな彼も就職し、社会の荒波に揉まれ、熱意と意欲を失ったのか、
今では何の目標もなく惰性で日々を送っている。
「はぁ~」
シンゴはため息をつくと、
どんよりとした寒空を、恨めしそうに見上げる。
「今年は暖冬だとか言ってた割に、寒い時はしっかり寒いんだよなぁ」
彼は、暖冬の予想に反して、寒くなった今日に、不満を吐き捨てる。
なぜ彼はこうまでやさぐれているのか…、
それはこの時期、どこに行っても肩身が狭い思いをしてしまうイベント、
バレンタインデーが近づいている事に、彼が不満を感じているからなのだ…
シンゴはうつむき考える
『そういえば…ブラジルには、バレンタインデーの風習はなかったはずだよな、バレンタイン
デーに、ブラジルを旅行するってのはどうだろうか…』
頭を横に振って、シンゴは苦笑いする
『長期旅行するんだぞ、理由をどうするんだ、まさか「バレンタインデーが気に入らないから、ブラジルに単身旅に行ってくる」などとは言えんしなぁ…』
シンゴはそう言った後、また思いつく
『理由を作るのはどうだろうか、例えば「バレンタインデーを、彼女とブラジルで過ごす」とか…、だが…急に彼女を作ると言ってもなぁ…、フンッ…、そんなことが気軽にできる人間なら、そもそもバレンタインデーで悩まないよな』
彼は自分の考えを鼻で笑った後、少し間をおいてさらに思い付く
『待てよ、この際、架空の彼女でも良いではないか?…、架空の彼女とブラジルへ…、って…これではいつものバレンタインデーと変わらんじゃないか、はぁ…とりあえず会社へ行くか』
自分の考えに、シンゴは呆れると会社へ急いだ。
深夜、広いオフィス内に灯りが一つ見える、シンゴが一人残業している、
「ンンッ」
シンゴは背伸びをして、仕事が一段落したのか、休憩を取ることにし、炊事場へ向かった。
シンゴは棚から、自分のカップを取り出し、洗い始める。
「あーあ、今年も憂鬱な、バレンタインデーになりそうだなぁ…」
そう言ってシンゴは頭を掻く、
(パタン)
一瞬、遠くでドアが閉まるような音が微かに聞こえ、
ミルクのポーションを持ったまま、シンゴは固まってしまう。
『まさかこんな時間に、誰か帰ってきたのか?』
シンゴはそう思い炊事場から、頭だけ出して廊下を見る、だが、人の気配はない。
『え…ポルターガイスト?、うそ…』
シンゴは背筋に冷たいものを感じ、恐怖を振り払おうと、別の事をひたすら考える。
『いやぁ、昨日のドラマのラスト、あれは流石にありえんよなぁ、ただあの場面は・・・・・・・・・・・・・』
「ピピピピピピッ」
湯が沸き上がり、電子ポットのアラームが鳴る。
「ウオッ!」
シンゴは一瞬ビクッとしたが、
「ふふっ、なーにやってんだか、俺は…」
と自分の滑稽さを鼻で笑い、出来上がったコーヒーをすすると、
シンゴはデスクに戻った。
シンゴは、誰もいないオフィスでリラックスし、遠慮なく声に出して考える
「さてと…」
顎に手を当て、椅子を倒し天井を見る、
「バレンタインデーは一般的に見て、まぁ楽しい行事なんだろうな…」
彼はパソコンで、最新ニュースを見る、
「逆に楽しくない行事ならどうか…」
パソコンには、有名人の葬儀記事が表示される。
「葬儀であれば、楽しい事など入り込む余地などない、そうだ、葬儀の場に行けば、バレンタインデーを別の世界の事にできるのではないか?」
彼は目を閉じ、椅子を後ろに倒れそうな程、リクライニングさせる。
「そうだ、誰の葬儀でもいい、二月十四日のお悔やみ記事を見て、とにかくに葬儀に参加するんだ」
シンゴはリクライニングを戻す
「そして香典を用意し、その場に相応しい立ち振る舞いさえすれば、自分が、どこの誰なのか疑われることもないだろう」
シンゴはボールペンを手に取り、くるりと回す
「これなら間違いなく、バレンタインデーを別の世界の事にできるはずだ…」
彼は考えをまとめ始める
「バレンタインデーを、別の世界の事にする」
シンゴはギシッと椅子を後ろに倒し、天井を見て目を閉じる。
「そのために、バレンタインデーなど、入り込む余地のない、葬儀の場に身を置く…」
すると後ろから、質問が飛んで来る、
「じゃあ先輩は、バレンタインデーが気に入らないから、赤の他人の葬儀に出るんですか?」
シンゴはそう質問され、苦笑いし、頭を掻いて答える。
「と…思ったが、いくらなんでも、常軌も常識を逸してる、この方法は駄目だな…、また別の方法でも考えるさ…、ん?」
シンゴは異変に気付く、
「ハッ!」
シンゴは仰天し後ろを振り返ると、その視線の先には女性が一人立っていた。