地下からの依頼
「助けてください! 八道さん!!」
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さかのぼること5分前、店の階段を駆け上がる音がしたと思えばドアを蹴破るかの勢いで店に転がり込んできた男がいた。
その男の服装はこの国では珍しい黒いスーツで、所謂裏の世界で動いている人間であることを表す。
やはりどんな国にも裏というものは存在していて、それのトップももちろんいる。
そしてこの国の裏は地下、はるか昔に存在していた地下都市にある。
地下都市はこの国全体の地下に作られているので、この国と同じ広さの別世界が地下に広がっているということである。
そこには地下に逃げ込んだ犯罪者をはじめ、ならず者たちや貧しい者たちが住んでいる。
だが案外治安はよく、この国でいう魔導協会のような統治組織があるという。
「あれ、珍しいね。 ハチー、二条が来てるよー」
三葉は奥の共同スペースにあるイスに腰かけて新聞を読みふけっている八道を呼ぶ。
「は? なんの用だよ、こっちは暇じゃねぇんだぞ。」
「すいません!」
黒スーツの二条は震えあがった。
クマのような体格をしたそのいかつい姿からは予想もつかない反応だ。
二条に話しかけられると大体の人は驚きと恐怖の声をあげるだろう。
そんな男が八道の前では蛇ににらまれたカエルだ。
「なに言ってんの。 それ読むの三度目でしょ。」
三葉は掃除の続きをしながら八道に言う。
八道の楽しみは本を読むこと、そして毎朝最新の情報が入る新聞は、暗記出来るんじゃ……というほど読み込む。
「三葉さん、いいんです、いいんです! 帰りますから!」
「いいから! 早く奥に行ってよ。 あんたがここにいるとお客さん入りにくいでしょ!」
「す、すみません!」
ささっと二条は奥に入り、その後三葉が掃除を終えてやってくるまで半分不機嫌な八道の前に座るという拷問を受けることになる。
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「どういうことなの、二条。 あんたがこっちに来るなんて珍しいじゃない、助けてっていうからにはよほどのことがあったんだと思うけど……」
八道が不機嫌なので代わりに三葉が話を進める。
いつも依頼を受けるのも三葉だが、その時は八道も話を聞くようにしている。
だが今は……
「あの、三葉さん。 怖いです、八道さんが……」
八道はただいま物凄い剣幕で二条を睨みつけている。
今にも首を絞めそうな勢いだ。
「あ、うん。 ハチは大丈夫だから。 で、何があったの?」
「はい、数日前のこと……」
二条は広い肩を縮ませてゆっくりと話しを始めた。
話によると、その日、二条たち九林グループのメンバー達はいつも通り巡回をしていたという。
九林グループというのは、九林という人物のもとに地上から逃げてきた犯罪者や貧しい者、世捨て人が集まってできた組織であり、地下国家を統治しているいう地下一規模の大きい組織である。
二条が担当地域を仲間と共に巡回していると、無線が突然入り、仲間の悲鳴と「助けてくれ」という声が聞こえたという。
すぐさま二条は九林へと連絡し、地下国家ともいえる都市全域に散らばるメンバーに情報を回した。
そして二条たちは一番そのメンバーとの距離が近かったということもあり、仲間と共に急行したらしい。
無線の入ったメンバーの地域を手分けして探し回ったところ、とある墓地の十字架に、無線を入れた主であろうメンバーが突き刺さり絶命していた。
二条は集まった仲間とそのメンバーの遺体を本部へと運び、その日のうちにそのメンバーと一緒に巡回していた仲間を探したが、見つからなかった。
死んだメンバーを殺した犯人は一緒に巡回していた仲間という線が濃くなり、その日の夜から総動員で手がかりを集めていると、次の日、犯人と思われていたメンバーの一人が別の場所で遺体となって発見された。
そしてその次の日には犯人と疑われていたもう一人のメンバーが、その次の日にはまたもう一人……というように結果、その地域を巡回していたメンバー全員が遺体で発見された。
それからというもの、各地で九林グループの人間が遺体となって発見されるようになり、グループの中にも不安を抱くものも現れ始めた。
メンバーの遺体が増えれば増えるほど、グループ内で犯人を見つけようとする者が減っていった。
九林は自らも立ち上がったが、犯人の証拠は一向に見つからず、二条は地上で縁のある八道に助けを求めることにしたという。
「ハチ、どうするの?」
「知るか、こいつらが弱いだけだろ。 俺には関係ない。」
「そんな言い方はないでしょ!!」
「いや、地上に助けを求めた僕が悪いんです。 地上に助けを求めたというと九林さんもきっと怒ると思います。」
二条は暗い顔をして立ち上がる。
「待って、九林さんには言ってないの?」
三葉が呼び止める。
「はい。 あの人に言うと地上には来させてもらえませんから。」
「アイツのことだからそりゃ意地になるだろうぜ。」
八道がつぶやく。
「はい、九林さんは地上の人を憎んでいますから。」
「……アイツがそうなったのは俺のせいだからな。」
「そ、そうなんですか?」
「多分な。」
「……じゃあ尚更ダメでしたね、すいません。」
「いや、だからこそ俺が行くべきだろう。」
「本当ですか!? ありがとうございますっ!!」
「だがな、体が動かないんだ。」
八道は青い顔をしてイスに座ったまま微動だにしない。
「えっ! ハチ、大丈夫!?」
三葉が駆け寄って手を引くと、もう片方の手でイスの角を強く握りしめた。
「……」
「……」
沈黙の後、もう一度三葉が手を引くと、またも八道はイスの角を強く握って離そうとしない。
「あー、ごめーん、二条。 ハチは九林さんに会うのが怖いみたいでーす」
「は!? そんなバカのことあるか!」
と八道が身を乗り出した瞬間に三葉は手を引き、「しまった」と角を握ろうとする八道の手を払った。
そして強く引っ張る。
「ぁぅっ!」
「ハチ、どうするの? 行くの、行かないの。」
「……仕方ない、行ってやる。」
八道は三葉に手を引っ張られた状態でそう言った。
「ありがとうございます! では、地下への門を開きますね!」
二条はポケットを探り、一枚のボロボロの魔力紙を取り出すと、それを広げて手をかざした。
淡い黄色の光が二条の手を包み魔法陣が魔力紙から店の床へと移動すると、ぽっかりと底の見えない暗い穴が現れた。
「準備できました、八道さん、行きましょう!」
二条は魔力を使ったことによる精神力の消耗に汗をぬぐう。
「行ってらっしゃい、ハチ! なるべく早く帰ってくるんだよー。」
三葉が手を振る。
「は!? 三葉、お前も来るだろ? ダメだ、助手なら来い!」
「一人で十分でしょ、それとも私がいないと……わっ!」
八道は三葉の手を強く握り引っ張って穴の中へと飛び込んだ。
そしてその後ろを続いて二条が飛び込む。
「落ちる先は、いきなりですが九林さんの部屋です! 二人で怒られましょう!」
「聞いてないぞ、そんなこと!!」
「ちょっとハチ! 私店のカギも閉めてないし、部屋の電気も付けたまま!!」
「店に魔法壁を張った! 誰も入れない!」
「えー!!」
地下世界……国の地下に大昔に建設された都市。その広さは国とほぼ同じで都市というよりは国に近い。だがある時ある理由により地下都市は国に捨てられ、しばらくは立ち入り禁止となっていた。そしていつからかそこに貧しい者たちが集まるようになり、犯罪者たちが隠れ家として利用したり、世捨て人がふらふらやってきたりと人が集まり始め、都市として機能するようになっていった。地上より環境は多少悪いが住めないことはない。「住めば都」というやつである。そして現在、地下都市をまとめている組織が九林率いる九林グループである。
八道さんから一言
「地下都市には行きたくねぇ。 絶対に。 何があっても!」
三葉さんから一言
「アカデミーとかでも入ってはいけないと言われていたので入ったことはないです。 でも少し興味はあります! いつか探検してみたいなぁ。」