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ハチミツ魔道譚  作者: 夏玉 希
ハチミツ魔導具店
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従者との契約

二人の居る場所は英雄界と呼ばれる聖域だった。

円卓の扉は名の通り、英雄たちが集う円卓へとつながる扉だ。

どこかの騎士たちが用いていた円卓をまねたものらしいが、その大きさと数は尋常ではなかった。

大きな円卓が数十並び、その周りのイスは何百脚とある。

全ての伝説の中に生きる英雄たちの数だけイスがあるという。



「ここは……どこ?」


「英雄界だ。伝説に残る多くの英雄たちがいるところだ。」



「ようこそ、英雄界へ。」


二人が声をする方へ向くと、何百とあるイスのひとつに純白の鎧を装備した青年が座っていた。

青年は金色の髪と青い瞳をしていて、人間離れした雰囲気を放っていた。



「ヘラスか、今日は契約の更新を頼む。」


八道は魔導書を開く。

魔導書を開くということは戦うという意思表示だ。

そして契約は異世界の住人との主従を結ぶということである。

それをしようということは、八道も何かあった時のために対策を立てようとしていることに違いない。

「やっぱり気にしてるんじゃない」三葉は自分にだけ聞こえる声で呟く。



「契約の更新、か。 アレをやらなければいけないよ、いいんだね?」


「わかってる。 あと、前よりもう少し強い契約を頼む。」


「いいけど……、その分アレも大変になるよ。 で、どれくらい強くするんだ?」


「……魔王以上だ。」


「魔王以上!? そこまでするっていうことは何か訳があるのかい?」


「言わねぇがな。」


「……わかったよ、じゃあこの目で見させてもらおう。 でも魔王以上となると君が死んでしまうかもしれないよ。」


「あぁ。 こんなところで死ぬようじゃマイチになんて追いつけねぇだろ。」


「……そうだね」


そういうとヘラスは立ち上がる。


「行くよ」とつぶやくと周りの円卓とイスがすべて消え、戦闘に適した広い草原へと変わる。


腰に差していた剣を抜くと、ヘラスを中心に光の衝撃波が走った。

凄まじい風圧にもよく似たそれは周りのものを吹き飛ばすかの如く八道と三葉にも襲い掛かった。


八道は地面に踏ん張ってなんとか耐え、三葉は尻餅をついてよろよろと岩陰の後ろへ避難した。

剣を抜いたヘラスの体は白く光り輝き、眼は銀色の光を宿していた。


「これくらいじゃないと魔王には勝てないよ、これでやる?」


「上等だ。」


異世界の住人との契約の更新はまさに決闘である。

異世界の住人に主としての強さを従者に証明するこの決闘では、証明することができなければその場で従者に殺されることもある。

契約更新の決闘中は主と従者の関係は破棄され、人間と英雄、人間と魔族、人間と神、人間と魔物、などそのままの関係へと戻る。

従者となるべき異世界の者たちは魔導士の魔力を最高級の糧とする。

だから魔導士は従者を自由に使役する代わりに魔力を報酬として与える。

そしてその魔力の要求量は、より強い力を持つ従者になればなるほど多くなり、召喚士の階級は魔力量にも直結する。



「地獄譚 魔族ラファウ=ロウロの裁き」



八道は魔導書に手をかざし、決闘の代行者である従者を召喚する。

魔法陣はやがて禍々しい形状をした扉へと変わると、ゆっくりと開き、一人の従者が現れた。

黒いコートに身を包んだ影のような従者は唯一ギラリと光る眼でヘラスを見た。


「ロウロ……、久しく聞かなかった名だな。 魔界の王族がこんなところに来るなんてな。」


「リギリファイリア (私はもう王族ではない。ただの魔族だ。)」


「嘘つけっ! 莫大な魔力が目に見えるぜ。」


「シラギアノア (そちらこそ、伝説上でただ一人の太陽神に仕える英雄ではなかったか。)」


「それは昔のことだ。 ま、肩書より今は決闘だ。 やろうぜ。」


ヘラスは少し腰を落とし、右足を前に、左足を後ろに踏ん張り、剣を正眼に構える。



「ギリギルオウロ (主、どれくらい力を入れればいい?)


「ファリア (全力だ。手を抜けばやられるぞ。)」


「ダリア、モルドラ (承知した、その分魔力を戴くが許していただきたい。)」


「リリア (持っていけ) 」



ロウロはコートを羽織ったまま直立の状態から地面を蹴り、そして空中でさらに一歩蹴り、宙に浮く。

そして両手を合わすと、力を込めように目を瞑った。

大気が震え、地面が鳴る。

不意に太陽が陰り、暗雲が空を覆い尽くす。

薄暗くなった草原の風は止み、気温が徐々に下がり肌寒くなる。


ロウロは王族の正位継承者の証である右目を開く。

相手の能力と一瞬先の未来が視える右目はロウロを魔王にも劣らない魔人と云わせる所以(ゆえん)だ。

その右目の能力を最大限に発揮する身体能力と魔法がよりロウロの強さ。

その身体能力と魔力を発揮できるように魔力を与えることが主の八道の仕事だ。



「アイギア (では参る)」



空中を蹴ってロウロはヘラスへと攻撃を仕掛ける。


空中からの回し蹴り、勢いのある一撃をヘラスの首へ叩き込む。


へし折る勢いで繰り出した技は、一歩のところでヘラスの腕に防がれる。


だが体を捻ってもう片方の足で脳天へかかとを落とす。


それは右目で防がれるのをわかった上での攻撃であり、ヘラスの反応が間に合う速度ではない。


だがヘラスの英雄としての能力も並ではない。

またも一歩で体を後ろへそらして避ける。



「やるな……、さすがだ。」



「リギアグルム (そちらの反応速度も大したものだ。)」



宙を蹴ってロウロは一旦距離を取った。



「次は俺の番だ。」



ヘラスが手を天にかざすと暗雲の晴れ、太陽が姿を現した。

そして剣を構えて剣戟をロウロへと繰り出す。


一撃の裏にもう一撃、それを何重にも重ねた攻撃は永い年月の中で鍛え高められた技だった。


だがロウロはそのすべてを紙一重で躱していく。


一瞬でもタイミングを間違えれば太陽神に与えられた神剣により両断されるだろう。


無駄のない動きで、ロウロは反撃のタイミングを探す。


ヘラスが次なる連撃へと移行する一瞬、隙が生まれた。


ロウロはそこを見逃さず、腹部に拳を打ち込む。



「ぐっ……、よくわかったな。 技の間を見破られたのは初めてだ。」


「ギロウロウア (息もつかぬ剣戟、お見事)」



二人は距離を取り、睨み合う。

今のところ一撃与えたロウロの方が有利かと思われた。

だがヘラスは剣を鞘に収めると腰から外し、地面に置いた。



「太陽の騎士の本領は格闘術だ。 行くぜ。」


「アル (興味深い)」



二人は同じタイミングでぶつかり合い、拳をぶつけ合った。

八道の眼では既にとらえきれない二人の攻防により、地面はえぐれ、木々はなぎ倒される。


先ほどよりもヘラスの攻撃スピードは早くなっている。


防ぎきる前にヘラスの次の攻撃が襲い掛かり、躱したところに次の一撃が待っている。

今度はロウロの目が追いつかなくなっていた。


徐々にロウロの防御は崩され、反撃もままならず、後ろへ下がるようになってきていた。



二打(ふたうち)!」



右手を正拳、左手を下段に同時に突き出したその技はロウロの崩れかけの防御を打ち崩し、見事に決まる。

ロウロは数m後ろへ飛ぶが、宙を蹴ってなんとか体勢を立て直す。



「ディア (なんと早い)」


「こんなものか? 魔界の猛者は。」


「アガラガラ。 ジャグロワナ、ギギグロダグナ (なめてもらっては困るな。魔族の元来の特徴はその魔法にこそある、人間が使う魔法など紛い物に過ぎぬ)」



ロウロはヘラスに指を向ける。

ヘラスはまるで正面から殴られたようによろめくと尻餅をついた。


そしてロウロはその指を上へ向ける。

するとヘラスの体は何かに引っ張られるように宙に浮いた。


そしてロウロが指を下に向けるとヘラスの体は地面に叩きつけられる。



「くっ! 体が動かない……!」


「サラダスナ (これが"魔"法というものだ)」



人間が長々と詠唱してやっと発動できる魔法。

だが魔族は人間の中で高難度にある魔法を無詠唱で制限なく打ち出すことができる。

ロウロの強さは右目も身体能力もあるが、その魔法の扱える数の多さと強さにある。

魔賢者と云われるほどに。



「わかった! 降参だ! 契約成立だ!」



ヘラスは地面に仰向けの状態でそういった。


「やっとかよ……。」


八道は戦いが始まってからおよそ十五分、常にロウロへ魔力を供給していた。

それは一般の魔導士だと死に値するほどの量で、八道だからこそできることである。


「グロリアド、ガレリア。(八道殿、遅くなりました。)」


八道の魔力の供給が止まり、ロウロは元の姿に戻る。

右目は閉じ、ロウロからあふれ出る魔力も止まり、暗雲が晴れて聖域も元の姿に戻った。


「ハチ! 大丈夫!?」


岩陰に避難していた三葉が八道へと駆け寄る。

そして肩を持って体を支える。


「だい……じょうぶ……だ。」


「大丈夫じゃないでしょ!」


三葉が頭をゴンと殴ったことで八道の体力は尽きかけた。


「八道殿! やはりお強い!」


ヘラスも元の姿に戻り何事もなかったかのように八道へと歩み寄ってきた。

実のところ、ヘラスもロウロも実力の半分ほども出していない。

契約の更新は実力を見るためで、殺しあうわけではない。

魔王に勝つ程度、というのは実際に従者としてヘラスを召喚したときに魔王を倒せる力を引き出せる契約のことである。


「それにしてもロウロ殿もお強い。 手合わせできて光栄だ。」


「リギニア (こちらこそ貴重な経験ができた。)


「だが八道殿、ロウロ殿なら魔王程度に引けを取らないだろう?」


ヘラスは八道の魔導書にある自分のページに手をかざしながら言った。

新しい召喚陣がページに描かれる。


「ロウロは接近戦にはそれほど強くない。 相手が悪ければ負ける。」


「ロウロ殿の格闘術もかなりのものだ。 それでも負ける相手とは一体……」


「いずれわかる日が来るかもしれない。」


「来ないことを祈ろう。」


ヘラスは頭上に輝く太陽を見上げた。

ヘラスは伝説の中で太陽神を守る騎士を務めていた。

だが、仲間の一人が太陽神を裏切り、暗殺を計った。

それに一人気づいたヘラスは命を捨てて太陽神を守り、騎士としての務めを果たして死んだ。

太陽神は、彼の魂を英雄として甦らせ、この聖域に送ったという。

今ヘラスの頭上に輝く太陽は、まさしく彼を見守る太陽神である。







「ヘラス、門を開いてくれ。」


「あぁ、わかった。」



ヘラスが手を振ると、純白の扉が現れた。



「じゃあな。」


「さよなら!」



八道と三葉は扉を開くと、ヘラスに手を振り、英雄界を後にした。

ロウロもヘラスに頭を下げると影に溶けて消えた。


扉をくぐるとそこはハチミツ魔導具店のドアの目の前だった。

三葉は「CLOSE」の札を裏返して「OPEN」にし、鍵を開けて中に入った。


「なんか疲れたね」


「あぁ、俺は寝る。」


「うん。」


そしていつも通り八道はソファで寝息をたて、三葉は店の番をする。


英雄界……伝説の英雄たちが死後行きつく場所。生前過酷な運命を背負った英雄たちへの神々から与えられた楽園であり、心を休め、死後も互いに技を磨くことのできる場所である。この場所では様々な英雄が真実の伝説を語ってくれる。体験談ほど心に残るものはなく、中には、伝わっている伝承を覆すものもある。他にも英雄たちのための娯楽施設のようなものもあるため、召喚属の魔導士であればぜひ行ってみたいところ。だが英雄たちに認めてもらう必要もあるため、かなりの実力が必要となる。様々な物語の英雄たちが談笑している風景を見ることもできるかもしれない。


八道S級魔導士より一言

「英雄界はなぁ……、まぁ全員が全員俺最強って思ってる世界なんだ。 あれはあれで面倒なところだ……」


三葉B級伝導士より一言

「英雄界はとっても綺麗なところです! 景色も最高、食べ物も飲み物も伝説に出てきたものばかり! あと英雄たちはかっこいいです!」

八道「……」


三葉「また嫉妬? え? 嫉妬してるの?? ねぇねぇ!」


ゴンッ!


三葉「いったぁーー!」

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