大賢者マイチ
「遅い、置いてくぞ。」
八道は早足で協会へと急ぐ。
協会はこの国の中枢でもあり、中心に位置する。
協会へはどの道を通っても中心部へと向かえば必ずたどり着く。
すれ違う人たちも協会に近づくにつれ八道が羽織っているようなコートを着た魔導士が増えてくる。
そんな魔導士たちの人数はおよそ十万人、この国の半分が魔導士で国外に出ているのも含めればもう少し増える。
「剣を極めし者も魔術を極めし者には敵わぬ」という言葉はこの国の強さから生まれた。
この国の技術を手に入れようと昔から多くの大国が攻め入ってきたがすべて返り討ちにされている。
そんな強さを持ちながら中程度の大きさの国に留まっているのは、魔導士達の探求心が支配欲を上回っているからだ。
「待ってよ、ハチ!」
肩掛け鞄を揺らしながらパタパタと走る三葉。
鞄の中にはマイチに会うために必要な物が入っている。
二人は大通りを行きかう馬車や人を避けながら二十分ほど歩いて協会へとたどり着いた。
協会には大勢の魔導士が集まっていた。
何かイベントでもあるのかもしれない。
ロビーには受付の魔導士が二人いて警備員も二人、常駐している。
「こんにちは、魔導証を拝見させていただきます。」
眼鏡をかけた女性魔導士が丁寧な口調で二人に言う。
八道は魔導書を、三葉は不思議な模様の描かれたペンを受付の魔導士に見せた。
魔導書は階級によって模様と装飾が異なり、高くなるほど装飾は煌びやかに、模様も複雑なものへと変わる。紙質もより強い魔力に耐えうることのできるしっかりした紙へと変わる。
だがS級魔導士の魔導書だけは少し違う。
A級に比べ圧倒的に数が少ないS級魔導士は、魔導書もオーダーメイドの特別製に変わる。
自分の使いやすいサイズ、好きな装飾、模様が選べるようになっていて、その人だけの魔導書になる。
もちろんS級の魔力に耐えることのできる特製の魔力紙が使われている。
その魔力紙も、売ってはいないが買おうと思えば一枚で一か月分の食料に換算できるほどの高級紙だ。
八道の魔導書は、A級までと同じく分厚い辞書のようなサイズで装飾も余計なものはない。
ただ表紙に大きく、中心から外側へ向く矢印で描かれた八角形のマークが金彫りされ、その横に三葉のクローバーが小さく描かれている。
数百ページある八道の書は様々な従者と契約した証であり、八道の伝説の証でもある。
「はい、八道S級魔導士と三葉B級伝導士ですね。 ご用件は何でしょう。」
「マイチに会いに来た。」
「……少々お待ちください。」
マイチは協会の最高位の魔導士、本来なら会うにも事前の連絡が必要なはずだ。
「はい、確認致しました。 ではどうぞ、こちらをお通りください。」
魔法で造られたレンガ壁の一部がガコンと動き、人間一人が通れるくらいの通路ができた。
八道と三葉は通常の入口ではなく、普段は決して開かない裏口へと進んだ。
「こんなところあるんだー。」
「マイチの部屋は秘密の部屋だからな。 大抵の魔導士はどこにいるのかすら知らない。」
「へぇー。」
その裏口は魔力を原動力としたエレベーターとなっていて、八道と三葉が乗ると無音で上昇し始めた。
大賢者マイチの部屋は最上三十階にある。
外から見せれば協会の隣にある見張り台のような塔にしか見えない。
誰もそんなところに大賢者の部屋があるなんて想像もつかないだろう。
「なんか気分悪くなってきちゃったよ……」
「戻すなよ」
「わかってるよ。」
チーンとベルが鳴る。
思ったよりも早く三十階に到着した。
エレベーターから降りると大きな扉があった。その向こうがマイチの部屋だ。
三葉がノックをしようと手をドアへと伸ばす。
「八道だ、入るぞ。」
八道はそういうと無造作にドアを開け、中に入る。
「なにしてんだ、早く来い。」
「えっ! ノックとかしないの!?」
「そんな間柄でもないだろ。」
「えー……」
中に入ると、そこは大賢者の部屋というには質素な空間だった。
ソファやテーブルもハチミツ魔導具店の共同スペースにあるものと同じようなもの、装飾も最低限しか施されていない。
これらのものは全てマイチの趣味である。
以前の大賢者の部屋は宝石がいたるところに装飾として施され、西方の貴重な絨毯、各地の名品ばかりが所狭しと並べられていたという。
「おぉ、八道か。 よく来たな。」
大賢者マイチ。
四十には見えない若々しい姿は最強を名乗るにふさわしい雰囲気を出して……いなかった。
どこにでもいるような普通の四十歳だ。
「君が家から出て、ここまでやってくるということは何かあったんだろう。 なんだい?」
マイチはソファに掛けるよう八道と三葉に促すと、コーヒーを二人分持ってきた。
「俺はコーヒー飲めないぞ。」
「あっ、私も……」
「……」
悲しげな顔をしてコーヒーを2杯とも自分のほうへ寄せると、今度はグリーンティーを入れて持ってきた。
「珍しいもの持ってるな。」
「わーい、私緑茶好き!」
「おぉ、よかったよかった。」
八道はグリーンティーを一口飲むと重たそうに口を開いた。
「店にヘルメスが来た。」
そう一言つぶやくと、マイチは悟ったように和やかな顔から真剣な顔へと変わる。
「そうか……。 で、なんと言われた?」
「"七雀"が魔族を殺して回っているって。」
『七雀』という言葉にマイチは顔をしかめた。
七雀はアカデミーでまだ若かりしマイチの教えた弟子たちの一人だからだ。
「七雀……生きていたのか。 確かに、簡単に死ぬような子ではないと思ってはいたが。」
「でも、俺たちは死体をみた。 葬式もした。 あれは間違いなく七雀だっただろ。」
「……そうだな。 きっと何かの間違いだ。」
その言葉は八道に言っているようで、自分に言い聞かせているようでもあった。
「マイチさん! 七雀さんってあの事件で殺された人ですか?」
「そうか、確か君はその時まだ幼かったね……。 そうだよ、だが彼の魔力は不思議な性質をもっていた。 生きている可能性も……あるのかもしれない。」
「これは公表しないほうがいいぞ。」
「わかっている。 この件は私と私直属の魔導士たちで調べよう。 八道、ここは任せてくれ。 」
「当たり前だ、そのために来たんだからな。」
八道はグリーンティーを飲み干すと、立ち上がった。
三葉も同じように全部飲んで立ち上がる。
「じゃあ。 何かあったらまたくる。」
「マイチさん、また会えて光栄です! ではまた!」
「あぁ、さよなら。 またな。」
八道と三葉は部屋を出た。
30分も経っていなかった。
「俺たちはいつも通りに過ごせばいい。」
「う、うん。」
「信用していないのか? マイチは最強の魔導士だ。 すぐに解決するさ。」
「そうだよね。 よし、帰ろう!」
三葉はエレベーターに乗ろうと歩き出すが、八道は魔導書をパラパラとめくっている。
「疲れたから帰りは円卓を使う。」
「えー……」
八道はとあるページを開くと手をかざした。
橙色の光が八道の手を包む。
この橙色は魔力の性質が現れた色らしく、人によって違う。
「英雄譚 円卓への扉」
魔法陣が八道の前に現れ、それが大きな扉へと変わる。
八道は扉を押して開き、中へと入る。
「早く入れ。 それとも歩いて帰るのか?」
「歩かない!」
三葉は光のあふれる扉の中へと入っていった。
そして八道が入り、扉を閉めると円卓への扉は光に溶けて消えた。
「ここは……」
魔導協会……国の中心にある組織で王政のこの国で王と同等の権力を持っているとされる組織である。王を守る軍隊の役割も兼ねており、協会に属する国内およそ十万の魔導士たちの実力は一国の軍隊を容易に破るほどと言われている。協会の役割は、国内で起こる人間ではないモノによる事件の解決、防止、世界中に散らばる全ての魔導士たちの統制である。
八道S級魔導士の一言
「協会の連中は口先の年よりばかりだ。 まぁマイチがいるから誰も何も言えねぇけどな。」
三葉B級伝導士から一言
「協会に行くとなぜか緊張してしまいます。 雰囲気が違うんです。 なんていうか……受験会場みたいなあの張り詰めた雰囲気! 用もないのに行く場所ではないです。」