<序章>
<序章>
遥か遠くに、かつてその壮麗さを誇った『央界城』が業火を上げて崩れ落ちようとしているのが見える。
「あ・・・」
亜貴良は力なく地面に座り込んだまま、身体の震えも、溢れる涙をぬぐうこともできずにただその様子を見つめる。
城には亜貴良の両親と姉がまだいる。__自分を逃がすために、自らを盾として。
「誰か、助け・・・」
かすれた声で亜貴良がつぶやく。
大好きな、大切な、家族が。
目の前で。
「・・よく見とけ」
目の前の光景から逃げるようにうなだれ、強く目を瞑った亜貴良に、頭上から凍えるような一声が降ってきた。
「全ておまえの力不足が招いたことだ。あいつらの死はおまえのせいだ」
亜貴良はびくりと身体をこわばらせた。止まらない涙が次々と地面に吸い込まれていく。
__亜貴良。
__亜貴良。大好きよ。
(父様、母様、姉さま)
震えたまま、亜貴良は意志を持たない操り人形のようにふらりと顔を上げた。
その視線の先、炎の勢いは衰えることなく、城が黒煙に呑まれゆっくり崩れていくのが見える。
わずかな間を置いて、地響きのような轟音。城の最後の悲鳴。
「っ!」
亜貴良は息を詰める。
あの炎とともに、家族も空に吸い込まれていく。
枯れることのない涙。ひきつるような呼吸。
亜貴良は腕の震えを止められないまま、それでも地面に着いた両手をわずかに握りしめた。
大切なものが失われていく光景から、目だけは、逸らさなかった。
「・・手」
亜貴良の傍らに立つ人物から、血だらけの手が差し出された。
そうだ。彼も、自分を護るために戦い、そして自身はぼろぼろに傷ついてしまった。
亜貴良の目からさらに溢れるように涙が流れる。
「立つ気があるなら手を貸してやる。そうでなければ・・そのままくたばっちまえ」
冷たい声音。まっすぐに城の方向を見たままの、硬質な瞳。
亜貴良は一度唇をかみしめた。そして。
「立つ・・」
視線を上げ、小さく、けれどはっきりと答えた亜貴良に、傍らに立つ青年がその表情を和らげた。
亜貴良から伸ばされた震える手を、しっかりと掴む。
「悪いな。今しゃがみこんだら、俺も二度と立てなくなっちまうんだ」
そう言って微かに笑みを浮かべた青年の名前を、『劫』という。
亜貴良の強大な守護者の、一人である。
亜貴良もその手を握り返した。
そしてもう一度、自分が何もかも失った光景を、脳裡に焼き付けた。