使い魔22 (第一部 最終話) イチバン。
二部(居候日記)もあるんで、最終といいながらそんなに最終でもない。
リアルタイムでの連載中に、「面白いのかわかんなくなった」、という意見がきて消沈・動揺したあと、確かに長すぎるかも、と思って一応最終的な方向性を示して区切りをつけた。
しかし全然書き足りてなかったので一年他の話を連載して再開した。
ここでも同じ手順を踏むので続編までは少し時間がかかると思います…
レイより早く起きる零だが、体内時計だとかそんなモノが機能するわけでも、悪魔の力でもなく、単にテレビのタイマーがそうセットされているだけ。
彼の主はあまりキメ細やかな神経の持ち主ではないので、小さめにボリュームを落としたテレビの音くらいでは目をさまさない。
よって、彼女が目覚ましで起こされる頃には簡単な朝食がほぼ出来上がっている。
主が起きるまでに朝食の支度がととのっている、というのは彼女に対する思いやりのように見えるが、実際はそうではなく、狭い家の中で朝食の支度と身支度を同時にするのは効率がよくないためだ。
さっさと支度してさっさと出て行け、ということなのである。
初めのうちこそ、寝起きの素顔をさらすことにためらいを持っていたレイだが、今となっては化粧もせずにまず食事、だ。
今朝もそれは同じ。
むにむにと目をこすり定位置につくと、なにかオカズののった皿と、コーヒーが並んでいる。
彼女はまずコーヒーに手をのばす。
インスタントでない朝のコーヒーは、ブラックでもじゅうぶんおいしく、目をさますのにちょうどいい。
・・・はずなのだが、カップの中の真っ黒なソレは、いくら傾けてもいっこうに口に入ってこなかった。
ナナメになったカップを水平に戻すと、心なしか ”ぷるん”としている。
「ゼリー・・・」
朝からイタズラとは。
まぁ、零さんにしてはちょっとカワイすぎかも、と考えると、レイはついついなごんでしまう。
普通ならうっとうしいハズのことも、零のする事となると感じ方がだいぶ変わってしまう。
とりあえず、コーヒーはあきらめて、彼女はそのヨコにある皿に手をつけようとする。
目を疑う。
目玉焼きと、軽く塩コショウでいためたブロッコリー、プチトマト、そして。
まるで、うにょうにょとうごめく触手が生えているように見える、細かく先を刻まれたウインナーが、半分づつに切られて上を向いて立っている。
その、けばだった、と表現したくなるようなウインナーから、彼女が目をはなぜずにいると、ヨコからさらにトースターで温めたロールパンが出される。
「あ、ありがと、あの零さん、これ」
何ですか、と彼女が問う前に、零がその奇妙な物体のモデルを明かす。
「イソギンチャクさんウインナー。」
「・・・ ・・・ぁー・・・ なるほどぉ・・・」
そういえば、ずっと前に零のスキを見てレイが夕食を作ったとき、タコさんウインナーを作って、妙な空気になったことがあった。
これは、あれにヒントを得た彼なりのアレンジだろうか。
失敗・・・いや、似ているかどうかといわれれば似ているし。
レイは、これが料理として成功しているのかどうか、真剣に悩んだ。
答えはわからず、当然きくこともできず、まだ熱いパンをほおばると。
ぱく・・・ドロリ。
「むぎゅっ!」
口にパンが入ったまま、くぐもった悲鳴をもらす。
パンは、マーガリンが中に入っているタイプのものだったようで、かじった所からおびただしい量の、液状に溶けた熱いマーガリンがしたたる。
驚いて手を放してしまったため、手もパジャマもべたべた。
すでにテレビのほうにカラダをむけ、向かい側に座っている零が、拭くものをくれるでもなく、頬杖をついてつまらなそうに横目で見ている。
「・・・ごめん、なさぁい・・・」
彼女が謝ったのは、このパジャマを洗濯するのが零だから。
こういうパンなら、事前にそうと教えてくれてもよさそうなものだが、零にそんな優しさは期待できない。
それどころか、彼の手間をふやしてしまったのだから、機嫌をそこねたかもしれない。
そうだとしても、だいたい彼はこういうとき何も言わない。
はずなのだが。
「ごめん、のほかに、なにか言うことはないのか?」
「え?」
表情など浮かんでいないし声にも変化はない、が、このセリフは、どうやら怒らせたような気がする。
「あ、ごめんなさい!もっと気をつけますぅっ怒らないでくださいっ!」
やや必死になりながら、さらに謝るレイの耳に聞こえたのは、小さな舌打ち。
えー・・・なんでそんなに怒るかなあ、とレイはさすがに少しの理不尽さを感じ始める。
でも、もしかしたら今日は雨が降ったりして洗濯には都合が悪い、とか事情があるのかもしれないな、とも思えた。
「あ、あの洗濯別に今日じゃなくていいですよ?っていうかあたしやります!ね?」
なんの表情もなかった零の顔が、うっすら迷惑そうにゆがんだ。
「そういう事じゃない。面倒がふえる、余計なことはするな。」
彼女が洗濯をすると、洗剤は行方不明になり、干し方の問題で一日では乾かないものが出てきたり、洗った後のものと洗う前のものが同じ場所でからまりあったりすることになる。
正直、何をさせてもこの調子で、なにもしないでいてくれるほうが助かるのだ。
ふと、仕事場の彼女はどうなのだろう、と考えると、バイト仲間の不幸がありありと思い浮かび、零はほんの少し愉快になる。
自分の手厳しい言葉に、はぁい、と小さくなって返事をするレイの態度にも。
その、小さくなっている彼女には、彼がなぜイライラしているのかさっぱり見当がつかない。
つくわけがないのだ。
原因は、彼女が寝ている間のことなのだから。
コーヒーがぷるんぷるんなのも、ウインナーがイソギンチャクなのも、パンからマーガリンがとびでたのも、全部そのためのイヤガラセなのだ。
飲めないコーヒーに、気色の悪いウインナーを、微笑ましそうに見つめ、ドロドロマーガリン攻撃にも、キレることなく逆にあやまってくるレイ。
のれんに腕押し、というヤツで、イヤガラセのしがいがない。
彼女が彼女であるがゆえに、こんな遠まわしなやり方ではいつになっても不満は伝わらないだろう、と気がつくと、零は軽くタメイキをついた。
「お前さぁ、俺を一体なんだと思ってる?」
「えと、悪魔、ですよね?」
自信なさげに答えるレイに、
「そうじゃない。」
素早いツッコミ。
「違うんですかぁ?!」
そのリアクションに、そうじゃないだろ、っていうか信じるなよ、っていうか驚くなよ、と思いつつ、とりあえず
「それも違う!」
ハナシを軌道修正すべく、やはりツッコむ零。
連続ツッコミに黙り込んでしまったレイは、イミわかんないんですけどぉ、といわんばかりの表情をしている。
「・・・っ、俺が言いたいのは」
彼が問いたいのは、自分の正体が何であるかではなく、彼女が自分をどう思っているか、だ。
イラッとしたような表情がよぎったあと、彼は急にそれをおさめて目を閉じた。
「おにぃちゃん大好きぃ・・・零さんもすきー」
少し高めの甘えた声は、どうやらレイの真似をしているらしかった。
「え、ぇ?零さん、ナニそれっ」
なんとなく自分の事を言われているのがわかり、恥ずかしいレイ。
が、彼が何をいいたいのかが、やはりわからない。
「”も”って何だ、”も”って。」
詰め寄る零は、もうイライラを全面に押し出した表情をしていた。
(続)