続き 3
「ぃや、まじソックリ。ほぼレイ。」
ランコントルのウェイトレスの一人、宇佐見瑞希、略してミミちゃん(ヒトによってウサちゃんとも呼ぶ。)の、御雷を初めて見た感想だ。
仕事をサボった兄は、そのまま妹のバイト先に現れ、彼女があがる時間まで待つつもりらしかった。
「ミミちゃーん、お兄ちゃん変じゃなかった?」
心細そうな声を出すレイは、兄がミミちゃんに不快な思いをさせていないか心配だった。
少々変わったところのある(多い)兄である。
おまけに今日はあのメールの件数からして、だいぶ様子がおかしい。
自分には優しい兄で、大好きだったが、彼が他人には冷たく、ヒトを人とも思わないような言動をたびたびとるのもレイはよく知っていた。
えー、平気だったけどぉ、とミミちゃんが言うのでとりあえず安心はしたが、バイトが終わるまで兄はねばり続け、レイを見つめ続けた。
時々、目が合うたびにレイは小さく片手でその視線を追い払うような仕草をするのだが、兄はまったくそれを意に介さず、堂々とレイを観察し続けた。
こうして、罰ゲームのような勤務時間があけ、レイは帰宅の準備をする。
「お兄ちゃん、そっくりだねー」
「愛されてるねー」
「カホゴー」
冷やかしの嵐にさらされながら。
「あは…あはは」
乾いた笑い声でそれらに答えるレイに、翔だけがみんなとは全く違う言葉をかける。
それは、レイの感じた事と似ていた。
「ねぇレイさん、ナルカミさんて、病気進んだ?」
翔にとって鳴神御雷は、レイのお兄さんであると同時に、”妹が大好きな病気”の人だった。
ちなみに、その妹のレイは”深く考えるのが苦手な病気”の人。
「あぅ・・・今日は、ほんとに病気かも。」
レイは困り果てた表情を隠そうともせず、疲れた声で返す。
「患者さん、待ってるみたいだけど・・・裏口からこっそり帰っちゃえば?」
翔は、逃げてしまえ、というのだ。
確かに今日の兄はおかしいし、ウザすぎる。
けれどレイは。
「んー、何か・・・ほっとけない気がするし、ひきとって帰るぅ。」
「そっか・・・なんていうか、お疲れ様です!」
「あはは・・・」
気の毒がる翔に、レイはなんとか笑顔でこたえて、ランコントルをあとにした。
「おにいちゃん、さすがにこれはおかしいよ。」
「んー?」
気のない返事をする御雷がうっとりと顔をうずめているのは、レイの髪。
べったりくっついたままで歩く二人は、バカップルそのものにしか見えない。
もたれかかるようにレイの腰に両手をまわして巻きついたまま、御雷は器用に歩くが、歩きにくいことこの上なく、また恥ずかしさもこれ以上ないくらいだった。
「ねーおにーちゃん、今日どーしたの?おかしいよ?」
「おかしくねーよ。」
暖かく湿った息の感触とともに、頭に声が響く。
「キモッ、まじキモい!!も無理!はーなーれーてーぇ!!」
ガマンできなくなったレイが、兄の腕をひきはがそうとする。
だが、レイよりほんの少し太いだけの、男としてはかなり頼りないその腕は、ビクともしない。
逆に、抱き寄せられてしまう。
「離れない。ぜってー放さない、し。」
耳元でささやく声は、真剣そのものに聞こえて、普段の兄の声とは少し違って聞こえた。
カンタンにいうと、カッコいい。
「おにぃちゃん・・・?」
自分を抱いている相手が、あのいつもだらしない兄だとは思えないくらい。
一瞬、状況を忘れたレイだが、道ばたで抱き合う男女には、さすがに周囲からの視線がぐさぐさと刺さり、我に帰った。
「もー!やだやだヤダー!最低!ばかー!エロ!放してっ!」
「ん、エロいよ?俺。」
レイの腰に回された腕にさらに力が入り、兄の腰が密着してくる。
「ィいやぁあああああーーー!!!」
本気で叫んだレイのカラダが、自由になる。
いつのまにか涙目だった。
どうしよう、今日のおにいちゃん、本気で超キモチ悪い。
「も大ッ嫌い!何考えてんのおにいちゃん!」
言って、兄の顔を見る。
これはいつもよりちょっとキツい冗談で、きっとイタズラっ子みたいな顔で自分を笑っているハズだ、と。
「あれ・・・?」
泣き出しそうな顔で、兄はただ黙って立ち尽くしている。
今にも潤んできそうな悲しげな目は、感情をむきだしにしているのに、なぜか無表情な零の瞳を思い出させた。
「やっぱ・・・?だよな?」
こんな震えた彼の声は、あまり聞いたことがない。
「おにい、ちゃん?」
「へぇー、おにいちゃんなんだ?」
聞き覚えのある、のんきそうな声が横から聞こえた。
(続)