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使い魔日記  作者: narrow
6/68

1 続き3

ずるずるずる・・・。

 曲がり角へ零を引っ張り込むと、スズキは手を放す。

 「ほら、一人で立てよ、零くん。」

 よろめいているのは、当然精神的なものによるから、零はふらつきながらも自分で立っていることはできた。

 「いったい・・・どうなってるんだ」

 「どうもこうもないよ!なんでわかったとか言っちゃうの?

わけわかんないよ。」

 「うぅ、…知るか。なんだかわからないうちに答えてたんだ。」

 零の答えをきいてからスズキは、少し考えた。

 「ねぇ、きみさぁ」

 「ん?」

 低くうなるようにつぶやくと、零が顔をスズキのほうへむける。

 「力がどうこう以前に、彼女に逆らえなくなっちゃってない?」

 今の時点では、仮説だ。

 が、零の眉間に深くしわが寄り、

 彼はスズキを恐ろしい顔でにらみつけた。

 「俺が、あの女に逆らえない?」

 スズキはその目つきにひるんだが、言ってしまったものは仕方がない。

 一通り考えを説明する。

 「だって…さ、一緒に住むことになっちゃってるよ?

 あきらかにおかしいでしょ。

 うん、って言わなきゃいけないような雰囲気でもなかったじゃない?」

 「ぅ…う」

 確かにそうだった。

 ただ自然に承諾してしまったように、スズキには見えた。

 零は、苦悩もあらわにその場へしゃがみこみ、膝の上で組んだ腕に顔をうずめる。

 「スズキ…俺は、どうしたら」

 「知らないよ。でも、相手が彼女なら悪いようにはならないと思うな。」

 無責任な言葉に、零は少しだけ顔をあげて、うらめしそうな目でスズキを見る。

 その姿はなんだか、哀れかつやや笑いを誘う光景だった。

 クス、とスズキは笑った。 

 「あ、そうだ、ねえ関係ない話していい?」

 何でこんなときに関係のない話ができるのか。

 そう言いたげな零だが、あいにくそれを指摘する気力もない。

 「あぁ?」

 不機嫌な声にスズキの発言がかぶる。

 「っていうか関係あるかも」

 かぶせてしゃべるくらいだから、最初から零の意見を聞く気など

ない。

 もうどうでもよくなった零は膝の上へ顔をふせる。

 「名前。レイちゃんと、零くん。どうして同じ名前なの?偶然?」

 全く関係なくもない質問に、零は顔をあげて答えた。

 「あぁ、それは・・・違うな。俺は、ないと言ったんだ。」

 「え?」

 「聞き違いだ。あいつが、レイなら同じ名前だとはしゃいで、訂正するのも面倒だから、零になった。」

 響きが気に入ったことは、言わなかった。

 「そうかぁ、じゃレイちゃんが名付け親なんだね!」

 楽しそうに言い、笑顔になったかと思うとスズキは、はたと表情を変えた。

 「って、待って。・・・それかも!」

 零は次の言葉を促すように、何も言わずスズキを見た。

 「ペットとか飼うときってさ、名前をつけるじゃない?

 で、名前をつけられるのって言うこときく側だよね?」

 ペット・・・?零が、眉をひそめる。

 「一種の、契約に入るんじゃないかな、それって。

 たとえば、言い方悪くなっちゃうけど、自分はあなたのものですよー、あなたより格下ですよ、って認める、みたいな?」

 人間の想像上の悪魔が人と契約をするように、零も契約というものにはある程度縛られる。

 この場合、契約の代価は”名前”であろうか。

 名前をもらう代わりに、言うことをきく。

 えらく不当な契約ではあるが。

 零たち”悪魔”は、契約を破った場合、無理に代価を手に入れるのは困難になり、悪くすれば自らの力をそがれてしまう。

 零は細い目を、さらに不機嫌そうに細める。

 「だったら名前を捨てればいいわけだな。」

 すっくと立ち上がる零は、自信をとりもどしたように見えた。

 音もなく、いつ出たものか、零の背にはコウモリのような黒い大きな翼。

 そんなカンタンな話なのかな、とでも思っているのか、スズキはいぶかしげな表情をしていた。

 すい、と零の体が浮き上がる。

 「ま、がんばって。」

 スズキのテキトーなつぶやきがそれを見送る。

 翼をはばたかせ、空へ去っていく零に、スズキは手をひらひらと振りながら、思った。



 たぶん、ダメなんじゃないかな、と。

 そのかわり、彼女は、レイちゃんは幸せになれそうかも。

 それは、少し切ないけど、でも僕にとっても幸せなこと。

 もしも彼女が困るようなことがあれば、ちゃんと、この扱いづらい使い魔に言うことをきかせるのは僕の役目。

 彼女の、レイちゃんの幸せのために。

 

 そして、スズキが零の姿をみることもなく、数日たった。

 いつものようにバイト先へ向かうと、

 

 零がいた。

 入り口のあたりで、周りの空気を淀ませるように暗く、うつむき、ただでさえ不気味な長い黒髪を振り乱し、それは、亡霊よりも亡霊らしい姿で。

 うわぁ・・・営業妨害。

 声にならないくらい小さく、スズキはつぶやいた。

 何も聞かなくても、契約を無効にできなかったことはわかる。

 つまり、今後一切彼はレイに逆らえないし、それがいつまで続くものかもわからない、ということ。

 スズキに気付いた零が、ぬらりとした動きで近寄ってくる。

 「気付くといつのまにかあいつの・・・あの店に行ってるんだ・・・」

 まるで幽霊か何かにとりつかれて、意思に反することをさせられた、とでもいうように語る零だが、今まで自分が人間にそういうことをしていたのには気付いているだろうか。

 うつろな目は、スズキの瞳にむけられていながらも、どこか焦点があっておらず。

 「なぁ・・・」

 低く、絶望に満ちた蚊の鳴くような零の声は、絡みつくようにスズキの耳を苛んだ。



 悪寒にスズキの目は勝手に閉じ、体には震えが。

 スズキは思わず身を引く、が、そこだけ異常にすばやく動いた零の手が腕をつかんでいた。

 「ひぃ・・・」

 裏返った、情けない小さな悲鳴。

 知ってる顔なのに、今はたぶん危害を加えてこないとわかってるのに、怖い・・・どうしても怖い。

 「なに?なになに?」

 もうやだー!早く放してー!そんな気持ちでいっぱいなスズキ。

 「なぁ・・・」

 早く用件を話してどこかへ消えてほしいのに、零は、なぁ、としか言わない。

 ここは強気にでたほうがいいのかな、とスズキは思う。

 「なぁ・・・」

 零は、それしか言えなかったのかも知れない。

 あまりの絶望に。

 殺すもの、糧となるものでしかなかった人間に、これからは従わなければいけないのだ。

 彼にとってそれは、たとえば、たった今から、豚やニワトリに仕えなければいけないのと同じなのである。

 到底受け入れられるはずもない。

 それでも、正直それはスズキにとってはうらやましいことでしかなく。

 可愛い(スズキにとっては)レイちゃんの家で一緒に暮らして、彼女の望むことをなんでもしてあげて、悔しいなあ。

 なんて思うこともあって、思い切って突き放してみる。

 いけないとわかっても、”天使”も嫉妬くらいはするのだ。

 勇気を出して、手をふりほどくとスズキは言い放った。

 「とにかく帰れば?零くん。ご主人様のところへさ!」

 ぼんやりしていた零の表情が、屈辱と悲嘆の入り混じった、なんとも言えないものに変わった。

 零が、今日は普段より色あせている唇を、強く噛んだ。

 小さな子が、涙をガマンする表情に、それは似ていた。

 ぎゅっと目をつぶると、零は一瞬にして消えた。

 もういいよ!とすねた子供が走り去るように。

 追い詰められたことないんだなあ、あいつ。

 とにかく難を逃れて、スズキはのんびりそう考えた。

 

 とはいえ零はまだレイの家を知らず。

 店に入ろうとする人間を、残らず恐怖のどん底に叩き込みながら彼女の働く店の前で、やはり亡霊のごとき立ち姿でレイを待つ。

 「あ、零さーん!」

 恋する彼女には、零の発する瘴気とも妖気ともつかぬ不気味な雰囲気も通じず、元気がないな、としか見えないようで。

 「どしたんですか?なんだか捨てられちゃった子犬みたいですよ?」

 2mほどもある大きな黒ずくめの男が子犬に見えるのは、もう心の病気としか言いようがないが、そこに気付くような第三者が、残念ながら今は存在しなかった。

 自暴自棄の零は思う。

 犬かぁ、もうなんでもいいよ俺。

 うん、犬。俺は犬なんだ。わんわん。

 「・・・わん」

 小さな声で力なく答える零を見て、レイが笑う。

 「あは!こいぬたんでちゅかー?元気ないでちゅねー?

 今日からうちの子になりまちゅか?」

 もういいんだ、赤ちゃんコトバで喋られたって、俺は犬だから。

 悩まないんだ、だって犬だもん。

 かんがえたくない。かんがえない。

 もーなにもかんがえないぞおれわ。

 「わん」

 泣きたかった。

 

 こうして零はレイちゃんちのペットになった。

 レイちゃんは、人の姿をした人でないものを飼うことになる。

 知らぬは本人ばかりなり。

 

 閉店後、レイに手をひかれて、背中を丸めしょぼくれてついていく零は、まさしく売られる子牛のようだったが、幸いその姿をスズキに見られることはなかった。

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